第21話


 *


 殺人茶の一件でメイド長とは仲良くなったものの、ルティはオーウェンとはぎくしゃくしたままだった。


 いつもと変わりないようだが、オーウェンの口数は喧嘩をする前よりも少ない。ルティが話しかけようにも、オーウェンは頑なに隙を見せてくれなかった。


 せっかく仲良くなりかけていたというのに、スタート前に逆戻りだ。根も葉もないの噂話のせいとはいえ、どうにもできない自分の不甲斐なさを感じてしまう。


 そんな状態が、二日間続いていた。


「メル、不寝番のかたもいることですし、朝はもう少し遅く来てもらっても大丈夫ですよ」


 オーウェンと言い争いをして三日目の昼過ぎ。


 メルは朝早くから、夕方遅くまでルティに付き添ってくれる。出歩けていた時はそれでも問題なかったのだが、部屋に閉じこもっていなくてはならない現状、ルティも多少は気を抜きたい。


 そういうこともあり、休んでほしい旨を彼女に伝えるとメルは口元を緩めた。


「不寝番もつけるなんて、オーウェン様はルティ様のことをよほど心配されているんですね」


 ルティの胸がチクリと痛む。

 彼が、ルティがおかしな噂を立てられたり、良く思っていない人から危害を加えられたりしないように心配して不寝番をつけてくれたのだとしたら、ひどいことを言ってしまったはずだ。


 謝りたいのに、オーウェンはその機会をルティにくれる気配がない。さらに王弟殿下の宮殿で当直なのも相まって、屋敷内で彼の姿を見ることさえ少ない。


(どうしよう、早く謝りたいのに)


 そう思っていたところで、コンコンと扉がノックされた。

 気持ちを切り替えながらルティがドアを開けると、そこにはオーウェンが立っていた。

 驚いて固まっていると、オーウェンはルティの手を取る。


「街へ、買い物に行く」

「えっ!? 今からですか?」


 有無を言わさない様子のオーウェンに連れられて、ルティは首都の華やかなメインストリートに向かうことになった。


 ずっと無言だったのだが、馬車に乗車したところでやっとオーウェンが外出の目的を教えてくれる。


「ドレスを購入する。既製品だが、君の好きなものを選んでくれ。それと、パーティー用のドレスの採寸も」

「フェルナンド様が来るから、『不釣り合い』なドレスは控えるようにということですか?」


 騒動のおかげで、今になって使用人たちから影でドレスが『似合っていない』と言われているのをルティは知っている。


「そういうわけではないが、たしかに、君には少々大人びたデザインすぎるとは思う」


 言われてルティは胸が痛くなる。


「だが、そのドレスは母親の形見だったな。君が似合う年齢になってから、また着ればいい」


 ルティはハッとした。


「覚えていてくださったんですか?」

「当り前だ。君はわたしの『恋人』だから」


 正しくは『偽恋人』ではあるのだが、ルティは嬉しくて頬が熱くなってくる。


「……正直なことを言えば、君と仲直りしたい。出かけたのはその口実だ」

「仲直り、ですか?」

「君を信じられなかった自分が悔しい。思えば、君は初めからわたしの素性も知らず協力をしてくれたというのに。すまなかった」


 あまりにも悔しそうにしているので、ルティは身を乗り出した。


「いえ、私こそずっと謝りたかったんです。ごめんなさい」


 頭を下げると、ルティの顎にオーウェンの手が添えられて上向かされる。そして今度は、頭をポンポンとされた。


 オーウェンは今までにないくらい優しい顔をしており、ルティも安心してふふっと笑ってしまった。


 和やかな空気になったところで、馬車の速度が落ちる。もうすぐ到着すると言われてルティは窓の外を見た。


(わあ、素敵! みんなオシャレね)


 道には、華やかなドレスを着ている貴婦人がたが歩いている。


 数多くの店のショーウィンドウには、色とりどりの服飾品や帽子、靴などがディスプレイされている。


 一瞬浮ついてしまってから、ルティはハッとする。


「……あとから自腹とか言わないでくれますよね?」


 オーウェンはぽかんとしたあとに、ぷっと噴き出す。


「衣食住は保証する約束だ。心配いらない」


 安心してドレスを買いに行ったのだが、問題はそこで起こった。


(に、似合わない!)


 店員が持ってきてくれるドレスを次々に試着していくものの、完全にドレスに着られている状態だ。


 おまけに紫金の髪色が、流行りの濃い緑と相性が悪くて顔色がくすんでしまう。


「オーウェン様、どうしましょう。ドレスが私を拒否しています!」


 ルティが絶望していると、オーウェンはため息を吐いて立ち上がり、店内を歩き始める。店員たちが一斉にオーウェンの姿を目で追った。


「こっちへおいで」


 試着室前で棒立ちになっていたルティは、借り物のかかとの高いヒールに戸惑いながら動く。


 現在着ているドレスの重みも相まってもたもたしていると、オーウェンは店内の壁際にかけられていたミモレ丈のドレスを持って来てルティにあてがう。


「どうだろう?」


 普段着ている母のドレスよりも、ぐっとオシャレで可愛らしい。動きにくさも半減されており、可愛らしい顔立ちのルティに水色が程よく似合う。


 さっそく着替えて試着室から出る。


「こんなに素敵なものを着るの、初めてです……!」


 あまりにも好みにぴったり合っていて、ルティは感無量でそのあとの言葉が続けられない。


「すごい、劇中のお姫様みたい!」


 と、ルティがオーウェンを見るなり、彼が柔らかく目元を緩めた。


(オーウェン様が笑った……!)


 ルティの着こなしにずっと困り顔をしていた店員も、やっと安堵したようだ。


「大変お似合いですし素敵ですよ、お嬢様。ほかのお色味や少しデザインが異なるものもありますので、お持ちしますね」


 試着用の高すぎるヒールに戸惑っている姿を見たオーウェンが、ルティに近づいてくる。


「こんなに君が喜ぶとは思わなかった」

「夢みたいです」


 すると、オーウェンは店員を呼び止めた。


「靴も用意してくれ。ショートブーツか、かかとが低くて歩きやすいもので」


 かしこまりましたと、店員が下がっていく。ルティはオーウェンに詰め寄った。


「まさか……お散歩してもいいんですか?」

「必ず誰か供はつけること。約束を破ったら、わたしの部屋に閉じ込めるからな」

「わかりました。……あの、なにもかもありがとうございます」


 はにかんでいると、オーウェンはふと口を開いた。


「……髪飾りも買おう」

「えっ!? 多すぎです。もう十分です」

「わたしが贈りたいんだ。人になにか贈りたいと思ったのは初めてだ。迷惑か?」


 真面目な顔で言われたので、ルティは固まった。


「でも、似合うものがわからないですし」

「君にぴったりなものを選ぼう」


 オーウェンの手がルティの髪を一房すくう。


 髪の色を確かめているだけのはずなのに、なんだか眼差しがいつも以上に柔らかく見えた。


 ルティは本当に嬉しくて、喜びで頬が熱くなっていた。

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