実は至高の魔術師である公爵令嬢は、嫁ぎ先でようやく力を貸したい相手に巡り会えたようです。

はねまる

カナヤの嫁入り

1、カナヤの秘めごと

 いつも通りのことである。

 当然、いつも通りに心が動くことなどなかった。


「あらまぁ、またお一人で」

「相変わらず陰気なこと」

「立派なご姉妹がありながらに情けない」

「どうしようもお方ですね、まったく」


 これらが、屋敷の廊下を歩くカナヤ・エルミッツの耳に届いたものである。

 すれ違った侍女たちの露骨な囁きだ。

 もちろんのこと、それらはカナヤへの侮蔑であるが、当人に思うところは無かった。

 いつも通りのことなのだ。

 そして、当然のことでもあった。

 カナヤは小さく頷く。


(それはそうでしょうとも)


 とにかく進む。

 緋色ひいろの絨毯の敷かれた、豪奢ごうしゃな廊下を歩いていく。


 たどり着いたのは廊下の突き当たりにある扉だ。

 ここがカナヤの目的の場所であった。

 重たい扉を押し開く。

 乾いた紙の匂いと共に、見慣れた光景が視界に広がった。

 そこは書庫だ。

 薄暗うすぐらく広大な空間に、数え切れないほどの書棚しょだなが整然と並んでいる。

 

 なじみの場所だ。

 いつも通りに窓際へ向かう。

 そこには丸椅子が1つ置かれていた。

 燭台しょくだいの手入れなどに使われるものだが、カナヤの用途は椅子本来のものである。

 腰を下ろす。

 同時に、わずかに首をかしげることになった。

 座った拍子にあるものが目に入ったためだ。

 今日の空模様は、厚く雲のたちこめた曇天どんてんであった。

 天候による外の暗さが窓をわずかに鏡のようにしていた。カナヤの顔をおぼろげに映し出していた。

 

 カナヤは納得の頷きだった。


「……そうよね」


 映っていたのは若い女性の顔だ。

 若い以外に見るべきところの無い女の顔。

 眉目びもく秀麗しゅうれいなどとは冗談でも言えない。

 低い鼻筋に、醜く浮かんだ多くのそばかす。

 栗色の長髪にはツヤも何も無い。

 そして、濁った藍色の瞳、その目つきである。

 どうにも眠たげであり気だるげであり、活発さとも賢明さとも無縁に見える。


 やはり納得しかなかった。

 自らは──カナヤ・エルミッツはしかるべくしてこの状況にある。


 カナヤはエルミッツ家の3女である。

 ノルヴァ公爵として知られる名家エルミッツの3女だ。

 本来であれば、侍女たちが平然と嘲笑出来るような立場には無い。

 だが、現状はこれである。

 原因は容姿だ。

 器量きりょう無しなのだ。

 姉妹たちとは天と地ほどの差があった。

 

『屋敷に閉じ込めておくほかなかろうな』


 10歳の頃である。

 父親から、そう憎々にくにくしげに告げられたほどである。

 実際そうなった。

 正妻では無く、妾の生まれであるということも影響したかもしれない。

 カナヤは屋敷に閉じ込められた。

 無能、無用の烙印らくいんを押され、使用人たちの侮蔑を浴びながらに17の今日まで生きてきた。


(……まぁね)


 ここでもカナヤは納得だった。

 片膝を抱きながらにひとつ頷く。


 一応のこと貴族の娘ではある。

 よって理解出来るのだ。

 容姿に優れず、性格も社交的ではない娘に何の利用価値があるのか?

 着飾らせて家の権勢けんせいを示させることも出来ない。

 社交界での人脈作りにも使えない。

 婚姻に活かすことも、かえって両家の関係を悪化させる可能性もあればためらわれる。


 非常に理解出来た。

 こうして大人しく書庫にこもる道を選ぶぐらいには納得出来た。

 

 しかし、


(役立たず……ね)


 その点については少しばかり異論があった。


 貴族の娘としての無能さについては自認じにんするところだ。

 だが、貴族の娘としてではなければ?

 カナヤは窓から視線を外す。

 薄暗い書庫へと目を移す。


 それはたわむれだった。

 トンと窓枠を指先で軽く叩く。

 変化はすぐに訪れた。

 薄闇に浮かび上がるものがある。

 それは火の粉だ。

 虚空に浮かび上がったそれは、またたく間に数を増して広がった。

 煌々こうこうと燃えて、薄闇の中にあった書庫を燦然さんぜんと浮かび上がらせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る