ハイパー・アルティメット・マーベラス・マイホーム

ちびまるフォイ

招かれる入居者たち

「ここがその家ですか……」


「はい。気に入りましたか?」


「見た目はそんなに大きくないんですね」


「まあ中に入ってみてください」


家の玄関を開けると見た目以上の広さに客は言葉をなくした。

まるでホテルのロビーのように広い。


「広っ!?」


「驚きましたか。でもまだまだこんなものじゃありません」


「というと?」


「この物件は数えるだけで億世帯住宅。

 いくつもの家がくっついているんですよ」


「ええ!?」


「あなただけの家がいくつもありますから、

 いくら叫んでも大丈夫ですよ」


「億世帯……。それだと掃除大変じゃないですか?」


「掃除? どうしてそんなことをする必要があるんです?」


「へ?」


「一つの家に住んで、汚くなったら別の家に切り替えればいい。

 あなたは今、マンションを独り占めしているようなものですよ」


「なるほど……!」


「充実した持ち家ライフを楽しんでくださいね」


「ありがとうございます! この家に決めます!!」


「あ、それとひとつだけ」


「なんです?」


「けして、むやみに歩き回らないでください。

 この家はあまりに広すぎるので、一度迷ったらもう戻れませんよ」


「そのときは窓でも壁でも壊しますよ」


客は一軒家のお値段で、何億もの家をまとめて手に入れることができた。

無駄に広くて持て余す豪邸よりも、コンパクトな一軒家がいくつもあるほうが住みやすい。


「億世帯ぐらし、最高だなぁ」


どんなに汚しても、住めなくなったら別の家に移動すればいい。


家どうしは連結しているが、

それぞれがあまりに広すぎるので匂いもこない。


床にうんちしたって、別の家に移動すればもう気にならない。


「快適快適! めんどくさいことからすべて解放された!」


家を使い捨てるようにして暮らすこと数ヶ月。

何百件目の家に乗り換えたときだった。


家と家をつなぐ渡り廊下を客が歩いたとき、

移動先の家で一瞬人影が見えた。


「い、今誰かが横切った……?」


客は移動先の家の掃除用具からモップを手に取った。

へっぴり腰で新しい家をパトロールするが、誰も見つからなかった。


「気のせいか……。この家、いわくつきとかじゃないよな……」


怖くなったのでこの家に住むことはやめて、

また別の家に客はうつることした。


今度は人影こそ見かけなかったものの、

客の脳裏ではみかけた人影が何度も繰り返されている。


「……もし、この家に誰かがいたらどうしよう」


考え見ればこのバカでかい億世帯住宅。

人殺しなんかが身を隠すのにうってつけすぎる場所。


もし、自分が鉢合わせしたら……。


そう思うと客はもう家で眠れなくなった。


家どうしが渡り廊下で連結されている世帯住宅なので、

完全に扉を締め切ることはできない。


すっかり怖くなって何日もトイレで鍵を閉めながら眠り続け、

ついに我慢できなくなった客は動き出した。


「もう限界だ!! なんで俺の家でびくびくしなきゃいけないんだ!!」


客は強硬手段に打って出ることにした。

大量のまぜると危険になる化学薬品を買い込み、家で合成させた。


自分は玄関から外に避難した。


「ふっふっふ。名付けてバルサン作戦。

 これで殺人鬼が隠れていようとあぶり出してやるぜ」


しばらくして家に戻ると、玄関を開けても無臭なことに客は驚いた。


「あ、あれ……? おかしいな、もっとやばい匂いがするはずなのに」


自分がしかけた混ぜると危険な薬品はすべて使い切っていた。

けれど、そもそも億世帯が広すぎて、充満せずにただ悪臭が家々を渡り歩くにとどまった。


「ちくしょう。なんて広いんだ……。やっぱり自分で探すしかない」


ホームセンターで買ったナタ、もう片方の手には出刃包丁。

頭にタオルを巻き、タオルには『サーチ&キル』と書かれている。


血走った目で禁止されている家々を歩き回る作戦をはじめた。


もちろん、迷わないように玄関にはロープを巻いている。

けして切れないし燃えない素材。抜かりはない。


「どこにいやがる……このネズミめ……。

 俺の家に足を踏み入れたこと、後悔させてやる……」


何軒も何軒も家を渡り歩いては、誰もいないことを確認する。

客にとってはビクビク脅威に怯えるよりも、脅威に立ち向かう今の方が心が落ち着いた。


何百軒目かも忘れたころ。

次の家に客がやってきたとき、部屋の中央に死体が転がっていた。


「ついに! ついに人影の正体を見つけた! やったーー!!」


死体は干からびていてもう確実に生きはない。

かれこれ家々を歩き回った結果、客はついに人影がすでに死んでいるという事実を得た。


もうありもしない殺人鬼の影に怯えることはない。

すでに死んでいるのだから。


「はあ。よかったよかった。これで安心して寝れるぞ。さあ戻ろう」


客はロープを辿って来た道を戻っていった。




しかし、いくら戻っても玄関にはたどり着かない。


「はぁ……はぁ……おかしい……。

 あきらかに……このロープの長さじゃない……」


まるで途中で継ぎ足されているのか、

客がいくらロープ以上の距離を歩いてもロープの先は見えなかった。


耐えかねた客は家にある椅子を持ち上げた。


「こうなったら!! 窓から外に出てやる!!」


椅子を窓に投げつけてガラスを割った。

窓から外に出ると緑の芝生が生い茂っている。


「よし……外に出れさえすればこっちのもんだ」


芝生をまっすぐ歩いていった。


けれど、客がいくら歩いても芝生の風景はいっこうに変化がない。

どんなに歩いても芝生が続くだけ。


MAPを開いても、地図で表示される位置はいつも同じで当てにならない。

救急車や警察を呼んでも、家の玄関まででその先には助けに来てくれない。


やっと客は自分が迷ってしまったことを自覚した。


「おおーーい!! だれかーー! 誰か助けてくれーー!!」


家を燃やし、助けを呼んだが反応はない。

何百世帯にも燃え移った火もそのうち消えてしまう。


まだ何億世帯……いやそれ以上の家が連なっていた。


「誰か……誰か……来てくれ……」




一方、最初の玄関では不動産屋がまた新しい客へ物件を紹介していた。


「気に入りましたか? あまりに広いので、

 我々もどれだけ家があるか正しく把握できてないんです」


「私、ここに決めます!」


「ありがとうございます。素敵なおうちライフを!

 ……あ、それとひとつだけ」


「なんですか?」



「けし、この家をむやみにあるき回らないでください。

 移動するのは1軒、2軒程度に留めるのがいいですよ」


「……はあ」


新しい客がまた入居した。

不動産屋が本社に戻ると同僚と出くわした。


「おう、おつかれ。またあの家の営業?」


「ああ。まるでアリジゴクにでも招き入れている気分だよ」


「ははは。あれ? でも前の客、まだ入居中だったよな?

 その前の客も、前々の客もまだ入居中じゃなかった?」


同僚の言葉に不動産屋は悪びれずに答えた。




「へーきだよ。どうせあんな広い家で遭遇するわけない」

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