21話 悪女、作戦

「――律の三十 後宮内で身分を偽ることなかれ。お前は自分がなにをしているのかわかっているのか」


 


 翌朝、奥の宮へ続く門近く。


 蘭華に呼び出された雨黒は不愉快そうに眉を顰めた。


 


「至って正気です。私たちが奥の宮に入るにはこれが一番手っ取り早いではありませんかっ!」


「……窮屈だ」


「…………帰りたい。なんで私がこんなことを……」


 


 楽しげな蘭華の背後で、げんなりしている龍煌と、青ざめている慧が立っていた。


 


「曲がりなりにも元皇太子殿下とその妃が、官吏と侍女に変装だなんてなにを考えている!」


「お声が大きいですよ、雨黒様。作戦開始前にバレてしまうではありませんか」


 


 飄々としている蘭華に雨黒の眉間の皺が深くなっていくばかり。


 今の蘭華は慧から借りた侍女の恰好をしており、龍煌に至っては長髪をまとめ官服に身を包んでいる。


 蘭華の作戦は至って単純。


 ずばり、変装して潜入――というわけだ。


 


「あははっ! 依頼しておきながらどうやって潜入の手引きをしたものかと思っていたけれど……悩む必要はなかったわけだ! さすがは我が娘!」


「父上っ!」


 


 同席している鴎明は蘭華一向の恰好を見て腹を抱えて笑った。


 


「このことが露見すれば貴方だってタダでは済まないのかもしれないのですよ!? この一大事、本当にこの女に任せていいのですか!?」


 


 雨黒が幾ら声を荒げても、この父娘にはなんの意味もなかった。


 


「それに……もし廃太子である龍煌殿下が奥の宮に足を踏み入れたことが露見すれば――」


「タダではすまないだろうな。それこそ、今度こそ処刑だろう」


 


 ちらりと雨黒は心配そうに龍煌を見る。


 


「そこまでわかっているのに、この女に付き合う必要はないと思いますが」


「……俺も緑翠妃の身を案じている。これは俺の意志でもある」


「大丈夫です。愛する夫をそう易々と殺させるわけには参りません! 龍煌様はこの私が必ずお守りしますゆえ!」


 


 淡々とした答えに、雨黒はこれ以上いっても無駄だと大きなため息をついた。


 話が纏まったところで、よし、と鴎明が手を叩く。


 


「改めて依頼内容をまとめよう。蘭華に頼みたいのは緑翠妃の呪詛の解呪とその原因の究明。陛下の寵愛を受けている緑翠妃様の命を失うわけにはいかないんでね」


「承知致しました。第一目標は緑翠妃様への接触。私と慧、そして龍煌様と雨黒様の二手に分かれて奥の宮を探りましょう」


「はあっ!?」


 


 二つの声が重なった。慧と雨黒だ。


 


「やっぱり私も行かなきゃいけないんですか!?」


「どうして俺も巻き込まれる!?」


 


 爆弾発言に二人は騒ぎ立てた。


 


「雨黒様は龍煌様をお支えくださいませ。奥の宮で唯一顔が知られている貴方様と官吏が一緒にいれば怪しまれないでしょう?」


「……っぐ」


 


 雨黒はぐうの音も出ないようだった。


 


「わ、私は!?」


「慧は紅月宮に一人で残っていても寂しいでしょう? それに侍女らしい立ち振る舞いを私にお教えくださいな!」


「あ、あわわ…………」


 


 あまりの無茶振りに慧は今にも倒れそうなくらいに顔を青ざめさせていた。


 


「今回の依頼はあくまでも私個人のものだ。くれぐれも露見しないように頼んだよ――期待しているからね?」


「お任せ下さい」


 


 そうして鴎明は蘭華の肩をぽんと、叩くと「あとはよろしく」とその場を去っていった。


 


「――本当に行くんだな」


「ええ。私、頼まれごとは断れないタチですので!」


 


 呆れたように雨黒がため息をつくと、奥の宮の門を開こうとする――前に、なんと門が開いた。


 


「――あ」


 


 全員が固まる。


 そこに立っていたのは――煌亮だ。


 門の前に立つ四人を見て、彼は目を点にする。


 このまま彼に騒がれたら潜入前に作戦が破綻してしまう。


 沈黙すること数秒――。


 


「雨黒!? お、お前たちそこでなにを――」


「えいっ!」


 


 刹那、蘭華はなんの迷いもなく煌亮の首筋に手刀を食らわせた。


 すると煌亮は白目をむいてその場に倒れてしまった。


 


「ここで騒がれても面倒ですから! ささ、参りましょう!」


 


 皆に向きかえりにこりと笑う蘭華。


 


「お、おま……な、なにをしていたかわかっているのか!?」


「皇太子殿下に手を上げるなんて!! り、律違反です! 殺されてしまいますよっ!?!?」


 


 騒ぐ雨黒と慧の横を通りすぎ、門をくぐろうとする。


 


「――蘭華」


 


 それを制したのは龍煌だった。


 比較的常識人の彼ならなにかいってくれる――雨黒たちは期待を込めて彼を見る。


 そして龍煌は煌亮を指差し――。


 


「ここに放置しておいたらすぐに見つかってしまう。どこかに隠しておいたほうがいいんじゃないか?」


「流石ですっ! 龍煌様っ!! そうですね、近くの納屋にでも寝かせてさしあげましょう!!」


「――――――」


 


 この妻にして、この夫あり。


 軽々と俵のように煌亮を持ち上げ、門をくぐる龍煌とその隣に並ぶ蘭華。




 ある意味似た者夫婦。


 こうして奥の宮潜入作戦の幕が開けたのである――。

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