第三章 悪女、呪詛!
19話 悪女、任務
「きゃあああああああっ!」
ある日の深夜、後宮に侍女の悲鳴が響き渡る。
「
慌てふためく侍女の視線の先には、寝台に横たわる一人の女。
「……う、う……っ」
呼吸は荒く、額には玉の汗を浮かべ苦しげに呻き声を上げている。
宮にぽつぽつと明かりが灯っていき、侍女たちの足音が騒がしく駆け回る。
その傍ら、苦しむ女の手がだらりと寝台から垂れた。
そこから覗く指先からは黒いかびが生えているかのように、彼女の――妃の身体をじわじわと蝕んでいくのであった。
*
「――仕事?」
「そうだ。お前に仕事を依頼したい。紅月宮、龍煌が妃――紅蘭華」
ある朝のこと。
紅月宮に珍しく来客が訪れていた。
一人は雨黒。皇太子・煌亮の側近で、先日蘭華と蝶月妃の決闘の介添え役を務めた蘭華の腐れ縁となる男だ。
そして彼の隣にはもう一人、官吏が座っている。
「これはこれは、大変ご無沙汰しております鴎明お父様」
その男を見据え、蘭華は嬉しそうに微笑んだ。
「雨黒から大まかの話は聞かせてもらったよ。私が出張で宮廷を離れている間に色々会ったようだね――まさか皇太子殿下と離縁したどころか、再婚しているとは思わなかったけれど。息災でなによりだ」
蘭華に柔らかな笑みを向ける清涼感溢れる初老の男――その名は
現皇帝の側近であり、『皇帝の懐刀』と称され絶対的な信頼を置かれている有能な官吏。
そんな彼は雨黒の父、そして蘭華の義父でもあった。
「それで、お父様が私に直々に頼みたいお仕事とは?」
「昨晩、奥の宮で緑翠妃が呪詛に蝕まれ倒れた」
その一言に蘭華はほお、と目を見開いた。
奥の宮――蘭華たちをはじめとする皇太子妃たちが暮らす後宮のそのまた奥。
現皇帝、そしてその妃たちが暮らす宮を総括してそう呼ばれている。
「緑翠妃様といえば――四夫人のうちの一人、淑妃様でしたよね」
「そうだ。緑翠妃様は最近陛下のお気に入り。緑翠妃様の呪詛を解き、彼女を呪った呪詛師を見つけてほしいんだ」
「……なぜ、そんなことを彼女に」
彼らと距離を置くように、壁に凭れながら話を聞いていた龍煌がぽつりと呟く。
「龍煌殿下。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。大変お久しゅうございます」
「…………堅苦しい挨拶はいい。どうせ俺は廃太子。偉ぶれる立場ではない」
深々と頭を下げる鴎明に対し、龍煌の対応はどことなく素っ気ない。
「こんな辺鄙な場所を、皇帝の懐刀と皇太子殿下の側近がわざわざ連れだって赴くとはただ事ではないだろう」
「ええ。これは蘭華にしか出来ぬ役目」
こくりと龍煌は息を呑む。
「龍煌殿下、貴方様もご存じでしょう。蘭華には呪詛が効かない」
「――――」
龍煌は黙った。
その通りだ。蘭華は処刑の際に魔獣を浄化し、呪われた自分に触れてもけろりとしていた。
「蘭華は『親なし』だといっていたな。そんな彼女をわざわざ傍に置き、生かしておくのはそのためか」
「鳥籠の中で生きるには、各々役割というものがあるだけですよ」
ぎろりと龍煌は鴎明を睨む。
それに対し鴎明はひるみもせず、ただ微笑んでいるだけ。
明らかな二人の険悪な雰囲気に、雨黒はいたたまれなさそうに視線を逸らし、傍にいる侍女慧はおろおろすることしかできない。
だが、やはりこの女だけは違う――。
「わかりました。お義父様のお願いならば、喜んでお受け致しましょう」
蘭華はそんな空気をもろともせず、にこりと笑うのだ。
「蘭華はそういってくれると思っていたよ。さすがは私の可愛い娘だ」
父と娘はそっくりな笑顔で微笑みあう。
「そのかわり、私からも一つ条件が――」
すると蘭華は企むように目を細め、ひしっと龍煌の腕に抱きついた。
「此度のお仕事、龍煌様をお供にさせていただきますわっ!」
「――はあっ!?」
龍煌、そして雨黒の声が重なった。
こうして龍煌は蘭華によってまた面倒なことに巻き込まれていくのであった。
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