16話 悪女、審判

「――この刺繍は、蝶月様に命じられ私が作ったものです」

「――っ慧ぃぃいいいいっ!」


 慧が告白した途端、蝶月は額に青筋を浮き立たせ、恐ろしい形相でその首根っこを掴む。


「恩を忘れたの! 貧乏人のアンタをわざわざ取り立ててやったのにぃいいいっ!」

「っ、ですが。この後宮では『律』こそが全て。いつものお茶会ならばまだしも、決闘が妃様ご本人の腕で競われるものでしたら……私はそれに反してしまったことになります!」

「このっ……」


 ばっ、と蝶月の手が上がる。

 そのまま慧の頬に向かって振り下ろされ――慧はかたく目を閉じた。


「第一皇太子妃とあろう御方が、この程度で取り乱すのはいけませんよ」

「侍女への暴行は、律に反する」


 蘭華が慧の体を抱きしめ自分の方に引き、雨黒が蝶月の手を止めていた。


「董慧。それは本当にお前が作った刺繍なのだな」

「……ええ。間違いありません」

「うふふっ、貴女の作品はとっても素敵でした。私は貴女に負けるのであれば本望ですよ」


 蘭華は嬉しそうに慧の手を握りしめた。


(ああ、この人は――)


 ずっと私のことを見てくれていたのか、と慧は目を瞬かせる。

 蝶月の後ろにずっと隠れて、影武者のように働いていた自分をこの蘭華という女は見つけていてくれたのだ。


「こんなの認められない!」


 髪を振り乱し、蝶月は慧を睨む。


「その女が私を嵌めるために嘘をついたに決まっている!」

「……そうだぞ。もしそこの侍女が虚偽の証言をしており、蝶月を嵌めようとしていたのであればどうなるかわかっているな」


 煌亮と蝶月に睨まれ、慧は思わず後ずさる。

 しかし蘭華は一切動じない。


「まだここまできて負けをお認めにならないのですか。潔く負けを認めるのも、よい女の条件ですよ」

「っ、紅蘭華!」


 ぎりぎりと蝶月は歯を食いしばり蘭華を睨む。

 するとそこに立ちはだかったのは三人の妃だった。


「蝶月、見苦しいですよ」

「そうそう。今回は貴女の反則負け……ふふ、律に反してまで勝とうだなんてタダの負けよりも恥ずかしい」

「ズルなんて卑怯です……っ!」


 三人に見下ろされ、蝶月は崩れ落ちる。


「アンタたち……今更裏切るだなんて……!」


 これは蝶月を勝者にし、蘭華を陥れるための決闘。

 だがこれまでの形勢逆転になれば妃たちはころりと掌を返す。後宮で生き残るためには常に有利な方へ――それが彼女達の処世術なのだから。


「雨黒、こんなことは認められん! 私の目の前で第一皇太子妃を負けさせるなど」

「律の四十五――『決闘』で定められたものはたとえ皇帝であろうとも覆すことはできない。女同士の鋼の掟である――決闘の仲介人はこの私。たとえ殿下であろうとも認められないのです」

「――っ」


 雨黒の言葉に、煌亮は言葉を詰まらせる。

 そして改めて雨黒は蘭華、蝶月両名を見た。


「決闘仲介人、雨黒の名の下に勝敗を決す――勝者、紅蘭華。その望み通り、董慧は今を持って紅蘭華の侍女とする」

「くうっっ……」

「黄蝶月は律に反したことにより決闘を反則負けとする。その沙汰は追っていいわたされるだろう」


 そして決闘の審判は下された。

 蘭華はにこりと笑って、慧の手を握る。


「さあ、これで貴女は私の物です! 今日から侍女としてよろしくお願い致しますねっ!」

「は、はあ……」


 もう慧には蘭華の手を振りほどくことは出来なかった。

 そして蘭華は傍で崩れ落ちている蝶月を見下ろし、あくどい顔でこう笑うのだ。


「うふふっ、蝶月様。とても楽しい決闘をありがとうございました! またやりましょうねっ!」

「覚えておきなさい! 紅蘭華あああああああああああっ!」


 蘭華の笑み、そして蝶月の大絶叫で悪女の決闘は幕を閉じるのであった――。

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