14話 悪女、茶会

 ――一週間後。いよいよ、決闘の審判を下す日がやってきた。


(何故俺がこんなことに……っ)


 そんな中、雨黒はぎりりと奥歯を噛んだ。

 それもそのはず。雨黒は今、後宮で三人の美女――皇太子妃に囲まれているからだ。

 目の前にはずらりと並んだ豪華な茶菓子。そして良い香りを漂わせる茶――ここは茶会。皇太子妃たちの集いの場所。


「雨黒様、そんな怖い顔なさらずに」


 おっとりと微笑む緩やかな黒髪の美女――第二皇太子妃・孔青麗こうせいれい


「そうですよ。せっかく私たちの茶会にいらしたのですから、もっと肩の力をお抜きになって」


 豊満な肉体に艶やかな衣装を纏った赤髪の美女――第三皇太子妃・秋赤陽しゅうせきよう


「今日はとっても楽しい日になりそうですね!」


 明るく陽気なもっとも年若い茶髪の少女――第四皇太子妃・白花葉はくかよう

 蘭華が抜けた今、蝶月を含めたこの四名が皇太子妃として君臨しているのである。


「妃の茶会に招かれることなんて滅多にないのだから、其方も楽しむとよい」

「は、はあ……」


 面白そうだからと決闘の成り行きを見に来た皇太子・煌亮に笑われ雨黒は小さく息をついた。


「政務を放ってこんなとこに来ている場合ですか、殿下……」

「いいだろう! なにせあの蘭華の敗北を拝めるのだからな! この勝負、蝶月が勝つに決まってる!」


 龍煌は三人の妃たちを侍らせながら鼻の下を伸ばし、げらげらと笑っていた。


「そう。今日は私たちも楽しみにしていたのですよ」

「なんたって、今日は私たちは『お題』に参加せずともこうして美味しいお菓子とお茶を楽しめばいいだけなのだから」


 青麗と赤陽が顔を見合わせてにやりと笑う。

 そう。今日の本題は、蘭華と蝶月の決闘。

 彼女たちが丹精込めて作ってきた刺繍をこの三人の妃たちが審査し、勝敗を決すのだ。



「お待たせ致しました――」


 そこに待ち人がやってきた。

 慧を侍らせ自信満々に蝶月がやってきた。


「皆様方、貴重なお茶会の時間を割いてしまって申し訳ありませんわ。ですが、今日はいつもの勝負を忘れゆったりとお楽しみください」

「ふふ……第一皇太子妃になって随分と偉そうな口を叩くようになったのね」

「そんなことありませんわ。私はただ煌亮様のご期待に添えるよう邁進しただけ。皆さま方の上に立ったなどというつもりは毛頭ありませんわ」


 にこりと笑って受け流す蝶月の態度に、赤陽は不満げに舌打ちを零す。


「それで? 紅蘭華はどこに?」

「まだ来ておりません」


 雨黒が告げると、蝶月がははっと声を出して笑った。


「あはっ! 私と戦うのを恐れて尻尾巻いて逃げ出したのかしら――」

「お待たせ致しましたわ!」


 そんな期待を裏切るように、あの悪女がやってきた。


「皆さまお久しゅう御座います! お元気そうでなによりですわ」

「相変わらず変わらないわね、蘭華様は」

「皇太子様を退けて再婚だなんてとんだ度胸だこと」


 いつもと変わらぬ蘭華を見て青麗と赤陽は呆れ顔で笑うが、そこに一応敵意はない。


「お、お一人でいらっしゃったのですか? 侍女などは……」

「生憎私侍女はおりませんので! 今勧誘しているところですの!」

「ひっ……!」


 気弱そうに言葉を漏らす花葉に対し、蘭華がにこりと慧を見る。

 慧は悪寒が走るのを感じながら、さっと目をそらした。


「遅いから逃げたのかと思ったわ」

「まさか。蝶月様との決闘、楽しみにしておりましたもの! 暗いなかで夜通し針を刺しておりましたので、いつもより時間がかかってしまっただけです!」


 嫌みを嫌みと受け取らず、満面の笑みを浮かべる蘭華に蝶月の顔が歪んだ。


「まあいいわ……皆さまのお時間を奪うだけ無駄ですもの。さっさと刺繍を見せ合いましょう」

「私の作品はこちらですわ!」


 我先にと蘭華が傷だらけの手で刺繍を広げた。


「まあ……これは」


 布一面に泳ぐのは赤い目を持った黒龍。背は金色でなんとも雄々しい。

 その完成度の高さに妃たちは感嘆の声を漏らした。


「私は龍煌様を想像して刺繍を施しましたの! 野性味が溢れ、大きく、逞しく……強い姿はまさに黒龍そのもの!」


 うふふ、と頬に手を当てながら蘭華は顔を赤らめる。

 元夫とその妻たちの前で惚気るとはまさに大胆不敵。だが、彼女の目には龍煌しか入っていないようだ。


「黒龍なんて邪神だろう。どこまで俺を侮辱したいんだ」

「あら、私は龍煌様を描いただけで皇太子殿下のことなど一言も申し上げておりませんよ? 自意識過剰さんなんですね」


 煌亮が顔を引きつらせながら刺繍から目をそらす。


「……まあよい、次だ蝶月」

「はいっ、煌亮様! さあ、慧。見せてあげて!」

「――は」


 すると慧はさっと前に現れ、刺繍を広げた。


「――これは」

「美しい」


 その刺繍の美しさに、思わず雨黒までもが息をのんだ。

 夜空に見立てた漆黒の布に浮かぶのは美しい満月。その傍を飛び回る、立派な白龍。


「白龍は煌亮様の象徴。美しい満月が浮かぶ夜空を飛び、殿下が都の安寧を見守っているのです!」

「さすがは蝶月だ……相変わらず素晴らしい腕だ」


 ここまで負け無しの蝶月は自信満々に胸を張る。

 図らずも対称的になった二作。妃たちはじっとその刺繍を見つめた。


「どちらも素晴らしいけれど……勝敗を決めなければいけないわね」

「決闘は投票制で決します。皆さま、よいと思った作品を私の耳元で囁きください」


 雨黒の指示で一人一人、彼の耳元で投票者を選ぶ。

 時間はかからなかった。

 緊張感が流れる中で、雨黒は至って冷静に口を開いた。


「この決闘の勝者は――」

 

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