第8話 回想:勇者と先輩

「あの男は鮎田氏や桑田氏にはない強い力を持ち、その力をうまく育ててきた。その力は何か?」


 鮎田は、直感的に浮かんだ考えを脇に置いて、少し分析したうえでの考えを述べてみた。


「……他人を踏み台にして、自分の思い通りにする意志の強さ、ですか?」

「それは力ではない。図々しさだ。しかも、細部の詰めが甘く、破綻した。他には?」


 鮎田は直感で考えた言葉を口に出した。


「イケメン……?」


 主が我が意を得たように翻った。

「そう、美しい。それは力だ。貴殿らにはない力だ。顔立ちも、身体つきも、仕草も、配慮も」

 鮎田は頭をポリポリかきながら、鈴木の隣にいるのを時々見ていた美しい男の立ち振る舞いを思い出した。


「高橋は常に美しく見えるよう立ち回った。もちろん生まれつきの資質もあるが、あの男は努力もしている」


 ……悔しいけれど、その通りかもしれない。いままでそんな風に思ったことはないけれど。

 素直にそう考えた。


「おそらく鮎田氏は、子どもの頃から親に適度に叱られながら、愛情をいっぱいに注がれて育った。悩みもそれなりにあったろう。しかしながら、だいたいうまくいって、のんびりと育った。だから弱い」


 しかつめらしい口調の主は、なんで鮎田のこと見透かしているのだ。ちょっと面白くなかった。


「顔立ちや仕草を美しいと思われたい、そういう飢えの経験がない。その結果、鮎田氏や桑田氏のような、美しさが弱い青年に育つ。これはごく普通のことで、決して悪いことではない」


 ここは腹を立てるべきところかな、と思ったが、さっきから図星が多すぎだ。


「鮎田氏は男女交際の経験は?」

 いきなり言われたせいか、ありのまま即答してしまう。


「高校二年のとき、同級生から告白されて、手をつないで河原沿いの道を歩いたりしました。それ以上に進めないまま、彼女からお別れされました」


 泥の塊が揺れるように動いたような気がするが、気のせいだろう。


 ***


 鮎田は高校時代、日本地方第二行政地区で暮らしていた。地区の中心の街ではあったが、田舎だった。両親は料理店を営んでおり、弟と妹がいた。


 通っていた高校は第二行政地区でいちばんの進学校だった。鮎田はいつも成績が最上位で、さらに陸上部でも活躍していた。

 古典文学を読むのが高校時代の趣味だった。趣味の合間、気分転換するようにさまざまな分野の書籍を毎日何冊も速読し、内容を深く学んだ。

 理系の科目では、単に知識や技術を学ぶだけではなく、応用して物事を理論的に解明することもできた。「料理は理系の学問に属する技能」と子どもの頃から思っていた。料理上手で手先が器用な親から、手仕事のコツも学んだ。

 今世紀後半の基盤技術である「超現象」の術式に関する実習もそつなくこなした。


 自分で言うのも何だが、そういう学業の諸々で発揮される賢さが、実際以上に魅力的に見えて、同級生を惹きつけたのかもしれない。


 高校の脇を流れる川沿いの道から見える夕焼けはきれいだった。そびえる山の上を茜に染まった雲がなびくのを見ながら、一緒に駅まで歩いた、長い髪を三つ編みに結った可憐な女子。


 しかし、その愛おしく思える存在のひとをどう扱っていいのか、高校時代の鮎田にはさっぱり分からなかった。

 いや、いまの鮎田もその方面に関して、高校の過去の自分に助言できるとは思えない。勉強や運動や料理のようにそつなくこなせない。


 ――怯えている彼女を楽屋に誘導して安心させることを仕事としてすることは出来るけれど、それは仕事。


 高橋とは逆の方向で、自分もクズだったし、いまもそうだ。


 高校時代のあのひとが誘ってくれた時一緒に駅まで行って、向こうからつないできた手をそっと握りかえした。


 それだけだった。


 駅の改札口で、「僕、上り方向だから、また明日」と逆の方向行きのホームから共同輸送機関に乗る彼女と別れる。そんな日々を繰り返した。しばらくして、直訳すると、もう要らない、という意味のことを言われた。当たり障りなく、かつはっきりと、決定事項として。


 あのひとは優秀だったなあ。


「交際する女性の扱いを心得ておらず、ぼんやりとしていたら、フラれたと」

「はい、その通りです」

 鮎田はしょんぼりして言った。


「美しくないな。勇者と戦士は美しく強くなければならない。美しさとは、他人への配慮だ。他人が見て心地よい姿になりなさい。強くなれ。強くなるためには美しくなれ。そこだけは高橋を先輩として見習え」


 鮎田はうなずいた。

 よくわからないが、いままでの自分がかなり弱い人間であることは理解した。


「その頭をかきむしる癖もやめること」

「は、はい」

然様さようなわけで、まずは美しく見えるためにどう心がけて、どう振る舞えばいいのか、勉強してほしい。そのためには、ある言語の記法を学んでほしい」


「えっ?」

 鮎田はしばし絶句してから、気を取り直して、恐る恐る主に尋ねた。


「3属性魔法乱れ打ちとか、聖属性の防壁とか、そういうのを習うんじゃないんですか?」

「美しく振る舞えない弱い者が、そんな技を学んでも意味がない。鮎田氏は勇者になるのだ。まず美しくなる学びから始める。そのために記法を覚えてくれたまえ」


 鮎田はがっくりとうなだれた。とはいえ、記法や言語は専攻で研究主題にしていた得意分野だ。


「ほら、姿勢にも気をつけたまえ」


 姿勢は「あのひと」にも時々指摘された苦手分野だ。

 泥の塊が心なしか真っ直ぐになった。


「それと、もうひとつ忘れてはならない大事な事項がある」

 白い部屋の主は厳かに鮎田と泥の前でヒラヒラした。


「以前に鮎田氏には説明した通り、自らのナルシシズムのみを満たすことを欲することなかれ。自己顕示欲の強い花形役者は白い部屋が育てる勇者ではない。いまの素直な心根を大切に、贈りあいの大義を尊重して、かつ、強く美しい勇者。その方向で」


 ネコがヒゲをピンと立ててうなずいている。

 ――可愛い。


「それと、4属性乱れ打ちなどの習得を希望するなら、なおさら、記法を学び必要事項を理解して覚えなくてはならん。教本は記法がわからないと読み解けない。5属性まで同時に撃てるはずだ。精進したまえ」


 机の上に前時代工藝の授業でお馴染みの文房具が並べられる。書物、紙のノートと鉛筆と消しゴム。

 鮎田は机の前に椅子を移動した。書物が見える場所に土の塊がネコの手で移動される。


 ――さあ、学ぶか。


 なんとなく、土の塊からも熱が伝わってきている気がする。


 ――桑田くん、生きているのだな。


 ***


 やがて桑田は会話ができるようになり、超現象がもたらされた理由と鮎田が贈りあいに参加したい熱意を鮎田に説明されると、「おう、俺も贈り合いたい」と暑苦しく意欲をみなぎらせた。

 桑田は戦士の修行のための二刀流実技も開始した。

 桑田は鈴木に負担を掛けないことを強く希望した。


 そんなわけで、鮎田は勇者となった。桑田は戦士になった。ふたりは十分な説明を受け、白い部屋の主との契約を結んでから第六十五世界、ウルデンゴーリン王国に転移した。


 鈴木にも説明がある予定だったが、また、白い部屋の主がやらかした。


---


次、第9話 回想から赤の森のいま:主と鈴木の千尋せんじんの谷


2023-10-01 表記の揺れ(敬称)を直し、省略した主語を足したりしました。

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