夜明けの行き先
ななゆき
1 - 到着
二両編成の古びたディーゼル車から駅のホームへと降りた乗客は、私と優子しか居なかった。朽ちてぼろぼろになり、あちこちにヒビが入っている細いコンクリート製のプラットホーム。そばにある木製の小さな駅舎には自動改札など当然無く、駅員が居る様子も無い。駅舎のさらに向こうは、街灯がぽつりぽつりと光っている以外、暗闇しか見えない。
私たちを降ろして今日の仕事を終えたディーゼル車は、けたたましい音を立てながら夜の闇へと消えてく。寂しい駅を煌々と照らす蛍光灯の下に、私たち二人だけが取り残された。二月の終わり、晴天に恵まれていた昼間は少し暖かく感じられた空気が、今は肌寒い。
「なあ、紗弥ぁ」
駅舎の壁に張り付けられた時刻表を見ながら、優子が私を呼ぶ。
「さっきの終電やわ」
「えっ」
慌てて私も時刻表を見て、並んだ数字と自分の腕時計を交互に見比べる。今の時間の後に来る電車は、無い。来た方面へ戻る電車も、この先に行く電車もない。身体の血の気が引いて、小さな震えを感じた。
「嘘でしょ」
思わずつぶやく。
「どうしよかぁ」
焦る私に反して、優子は呑気な調子で背伸びした。
「近くにホテルとか……」
「絶対無いやろ~」
望みは薄いが、スマートフォンの地図アプリでホテルを探す。
見つかった最寄りのホテルは、ここから徒歩……一時間二十分。示されたルートは、明らかに人が夜に徒歩で歩けるルートではない。もちろん、駅前にはタクシーが止まるところなんてないし、この時間に呼んでも来てくれる可能性は低いだろう。そもそも、この駅の外の暗闇に人の営みがあるのかどうかすら怪しい。
まさか、野宿するしかないのか。
得体の知れない恐怖が脳裏をよぎった瞬間、優子が私の手をぎゅっと掴んだ。
「ええやん、ここで待てば」
心なしか楽しそうに言った優子は駅舎の中に入り、年季が入った木製の引き戸を開けた。そこは小さな待合室になっていて、三人ほど座れそうなベンチが備えつけてあり、壁にはすっかり色あせて薄い水色になったポスターがいくつか貼ってある。
幸い、引き戸があるおかげかこの待合室の中は暖かくて過ごしやすい。自販機は駅前にあるから水分は問題ないし、お腹もそんなに空いていない。不審者がいきなりやってきて襲われる、なんてこともこの場所なら確率はかなり低いだろう。最悪スマホがあるから、充電を切らしさえしなければ警察に助けを求めることはできる。
そんなことを考えていると、優子に頬を指でつんと突かれた。
「紗弥、心配が顔に出てるで」
私を覗き込んだ優子は、にっと歯を見せて笑った。
「五時には電車来るんやから、起きて喋ってたらすぐやって」
その笑顔を見ると、私の中で渦巻いていた不安が不思議と消えていくように感じた。
優子は私の手を両手で包み込んで、ぐっと顔を近づけて私の耳元でささやく。
「それとも、二人きりでしかできへんこと、する?」
「し、しないっ」
優子の手を振り払って、壁際のベンチに腰掛ける。つまんない、と優子は唇を尖らせて、私の右隣に座った。
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