2-5

「ぷぷぷ……」


 話している間マーヴィ―はずっとこの調子だった。


「ぷぷ……という訳であの子送ってあげてくれない」

「関わってもカネになりそうにねえからな。やなこった」

「そう、送ってあげたら“こううん”を呼ぶ魔法の石をあげようって思ったのに」


 不細工な笑い顔から、一転。

 マーヴィ―は突然クールビューティーな表情でそう言った。


「おい、そりゃお前……」

「そう、コウスケが勝手に私の名前を使って売ってるインチキ魔道具。面白そうだから本当に作ってみたの。」

「だから俺はそんなの売ってね……」

「これがその“こううん”を呼ぶ魔法の石よ」


 変な模様が描いた石を出してきた。

 なにやら魔力が込められている。

 遊び半分で呪いでもかけてあるのかも知れない。

 だが、賢者、マーヴィ―・キュアノスが本当に作った幸運を呼ぶ魔法の石には大変な価値がある。

 突然降って湧いた儲け話に、コウスケは儲け話に有頂天になった。


「大量に作る予定だからコウスケにまとめて売ってもらおうって思ってるの」

「ほ、本当に良いのか!?」

「もちろん……ぷぷぷ」


(笑ってやがる。やっぱし呪いをかけてやがるのか。でも、そんなにやべえのはかけてねえだろうから売っても問題はねえか)





「先生、有意義な時間をありがとうございました」

「こちらこそ楽しかったわ。気をつけてね」


 玄関先で深々とおじぎをして、ヴィオレはマーヴィ宅を後にした。


「おい、泊まってるっていう宿まで案内してやるからついてこい」


 乱暴な言い草に腹が立ったが、男に自分を宿まで案内するように頼んだのはマーヴィ先生だ。仕方なく、ヴィオレは男の後をついていく。


「さっきと全然私への対応が違うのね」

「だってもうおめえに媚売ってもカネ儲かりそうにねえもん。てかお前も俺への言葉づかい変わってんじゃん」

「どうしてあなたみたいな下衆な輩に、いつまでも礼を尽くさなければいけないの?」

「へへ。ゲスなヤカラって呼ばれたのは初めてだな」


 男の下衆な態度や口調がヴィオレには不快でたまらなかった。

 だが、ここで追い払ってはマーヴィ―先生の顔まで潰すことになるので、グッとこらえる。


「おい! ここで買い物するぞ」


 男は古びた魔道具屋の前で足を止めた。


「呆れた。買い物なら私を送り終えた後ですればいいでしょ?」

「なに言ってんだ? 買い物すんのはおめえだよ」

「私は別に……」

「マーヴィ―からカネはもらってる」


 思いがけない男の言葉に、ヴィオレはビクッとして身震いした。


「ゴミみてえな魔道具使ってんのが不憫だからだとよ。で、おめえプライドが高そうだからあの場で自分のをあげるって言っても断るから、俺にパシリをしろだそうだ」



「あと、俺はこの買い物に付き合う事でマーヴィ―に商品を卸してもらう約束をしたから、してくれなきゃ非常に困る」

(先生、私のことを、そこまで気にしてくださったなんて……)



(しかし、どういうつもりなのかねえ。このカネは自分が払うけど、俺が買ってやったことにしろって)


 魔道具を選ぶヴィオレを横目に、マーヴィ―に言われたことを思い出していた。


(あのプライド高そうなガキ相手にそんなのめんどくせえじゃねえか)


 当初の予定通りなら恩を売るためにそれもありだったが、事情が変わった今、そんな手間はかけたくなかった。

 ヴィオレは商品を選び店主の老婆にもっていく。


「このローブはエルフ専用のものだよ。お嬢ちゃんは買っても使えな……」

「失礼ね! 私はエルフよ!」


(今でもエルフ専用のローブ置いてんのか。すげえなこの店)


 魔族との戦争前、人間との交流が乏しいエルフは種族が独自に発展させた魔法のローブを使用していた。

 しかし、戦後人間たちとの交流が活発になると、エルフたちは機能性やデザインが多彩な人間が使うローブに魅了されてしまいそちらを主に使い始める。

今ではエルフ専用のローブを使うのはごく一部の年配のエルフだけだった。


「いや、お嬢ちゃんはハーフエルフ……」

「短命種の血なんて混じってないわ! いい加減にして!」


 短命種とは、人間の2倍の寿命をほこるエルフから見て人間をバカにする差別用語だった。

 早死にするから人生経験がない、物事を知らないバカという意味だ。

 コウスケ自身は言葉そのものには怒りを覚えないが、

 差別用語を大きな声で言うような奴と同類に思われてはたまらない。


「いい加減にすんのはてめえだ」


 ヴィオレの胸ぐらをつかみ持ち上げた。

 ヴィオレは苦しそうに足をバタバタさせる。



「色んな人種がいる王都でよくそんなこと言えるな。てめえはどんな僻地から来たんだ?」


 王都ヴェルジュは世界的な大都市で、色んな国や地域からの移民や出稼ぎを種族問わず沢山受け入れていた。

 そんな王都で差別用語を公然と口にするのは良いとか悪いとか以前に、田舎者丸出しの恥ずかしい行為だ。

 コウスケは連合王国外にある、言葉の訛りが酷く、文字すらも独特のものを使うド田舎出身の田舎者であるため、その反動で田舎臭いことは徹底的に嫌っていた。





 自分がどんな思いで毎日過ごしているか知らないこの男に、自分の全てを否定された気がした。

 ヴィオレは声を荒げる。


「あなたみたいな下衆な輩になにが私のなにが分かるのよ!」

 

 力強くにらみつけて、腹の底から声をだす。


「なんも分かんねえし興味もねえ。堂々と差別語使うアホと一緒にいるのが恥ずかしいからやめて欲しいだけだ」


 返す言葉がない正論たっだ。

 こんな下衆な男の言葉に自分の非を認める事は悔しかったが、どうしようない。


「……分かったわ」


 男はヴィオレを降ろし、老婆と交渉を始めた。


「ばあさんそのローブいくらだ?」

「3000Gだよ」

「エルフ専用ローブなんて、今はエルフでも使わねえだろ。ゴミになるだけだから俺が無料で引き取ってやる」

「やめとくれよ」

「あと買ったヤツどれも相場より高けえな。適性価格はこんなもんだろ」


(そう言えば叱られたことなんてあったかしら……)


 物心ついたときには、両親はヴィオレをいないものとして扱っていた。

 褒められたことは勿論、叱られた記憶もない。

 さっきまでは腹を立てていたはずのコウスケの言葉が再び脳裏に蘇り、不思議と胸の奥が温かくなった。


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