第4話 幻肢痛
私はベットに座っていた。
そのベットは獣の匂いのする畳ほどの薄さであった。しかしこれと言って寝心地の悪いものではなく、多少背中痛むものの、横になれるだけ十分であった。そして、獣の匂いがするもののそれはあまり不満ではなく、例えるなら革靴の匂いであったため、あまり気にはならなかった。
ただ私はベットの横に座って、ぼんやりと薄雲を眺めている訳ではない。
「さぁ、心の準備はできたみたいだな。今から君の右足の状態を確認する。」
私の右足がどうなっているのかを確認するために、こうやって座っているのだ。
私の右足に乱雑にきつく巻かれた包帯を、彼女は刃元の曲がった特殊なハサミを使用して、手慣れた手つきで裁断する。
「なんだこれは…。」
切断された直後に時間が止まったように、断面がそのままの形でそこにあった。
血は一滴たりとも流れてはいない。まるで硝子で蓋をしたように、肉厚な血管や、
突如、幌馬車での彼女の言葉を思い出す。
「まるで人体模型…。」
私は戦慄した。
足がなくなった現実を突きつけられたからではない。なぜこのような状況で存在しているのかが分からないからだ。日本では神は見てはいけない禁忌の存在とされているように、人間が触れてはならない不可思議が今、私の足にこうして宿っている。それを知覚すると、もうどうしようもなく怖いのだ。
どうしようにも堪えられない恐怖が、そこにあった。
「これはいったいどんな原理なんだ?こんな現象は初めてみる…。」
そう誰に尋ねる訳でもなく、そう彼女は独り言ちる。
彼女も明らかに困惑している様子であった。
「あ、あぁ。」
恐怖が口から零れ落ちる。
歯がカチカチ鳴り、体が震える。太股の上でぎゅっと握られた拳が震え、それを片方の手で押さえるも、余計に震えが増してしまう。
精神がパラパラと音を立てて、砕けた。
「落ち着け、心配しなくていい。お前に危害を与える存在はここにはいない。」
そう彼女は慰める。
しかし、私の耳には届かない。
私はひどく
「茶でも持ってこよう。」
そう彼女は席を外した。
今にも落ちてきそうなほどの鈍色の空の底に、執着する夜露の残りに、孤独とはどういうものなのかを感じた。
窓から小鳥がくちばしでつつくような音がする。
雨が降り出したようだ。
……あれからどれほどの時間が経過したのだろうか。
「ハーブティー。」
私は、見たままの物を無意識に呟いていた。
清涼系の甘い優しい薫りが鼻を抜ける。
両手の内には、いつの間にかティーカップが握られていた。
じんわりとした温もりが手のひらに伝わる。
それはリンゴのような透明感のある液体に、浮遊物が渦を巻くように踊っていた。私の瞳はカメラでフォーカスするようにギューッと絞られ、その甘美な
私はおずおずと口を近づける。鼻に近づく蒸気と共にぐっと薫りが強くなる。
暖かい。
最初はリンゴに似た甘い香りが鼻腔をいっぱいに満たす。それから、ほんのりとした青草の苦みと酸味が追いかけ、後腐れなくすっと消えていく。それは大輪の
「…えっ。」
いつの間にか、瞼から筋を引いて熱い涙が零れていた。
私の近くに座っている彼女を今、初めて認識する。
「お前の涙の理由は推し量れるものではないだろうが、一つだけわかることがある。」
私の頬に彼女の手のひらが触れ、そっと涙を拭う。
あの強面からは想像もつかない程の、天使のような柔和な微笑みであった。
「もしかしたら、お前の苦悩を理解してやれるかもしれないぞ?」
心の中でピンと張っていた何かが弾け、それをきっかけに、
彼女は私をぐっと抱き寄せた。年甲斐もなく、胸の中で泣きじゃくった。
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