辿り着きし神髄

そうざ

Get to the Essence

「作家のなにがしかが書いた文章にこういうのがありましたな。〝神髄を極めた仏師は木塊に御仏を刻むのでない、木塊に埋め込まれた御仏を彫り出すのみである〟と」

 今、大振りなり株を前に、老仏師がしわがれた声音こわねで切々と語る。

 人間国宝と相成あいな幾年いくとせが過ぎた事であろうか。長く黙して語らずであったその御仁が遂にその重い口を開く時が来たのである。

 インタビュアーは畏まり、神妙に問い掛ける。

「遂に神髄を極められたのでございますね?」

「左様……恥ずかしながら百齢ひゃくれいにしてようやく」

 洋の東西を問わず数多の賞賛を勝ち得、既に不動の地位を築いた老仏師である。その彼が、老いて尚万丈ばんじょうな魂をして如何なるたくみへと結実せしむるのであろうか。

「いざ……」

 鑿と木槌との鬼気迫る躍動は瞬く間に木肌を削ぎ落とし、年輪の核へと微塵の躊躇ためらいもなく彫り進んで行く。

「老いて、行き着く処は……野鄙やひな虚飾の、一切を剝ぎ取りし……童子の所為しょいと……悟りたればっ」

 大小様々な木片が散華の如く辺り一面に降り積もると、つい先刻まで武骨な木塊に過ぎなかった伐り株が真の姿をあらわにした。

 それは、天を衝かんばかりに凛として屹立するおよそ三寸の棒杭ぼうくいであった。単純明快にして大胆不敵、 豪放磊落且つ威風堂々としたその佇まいに、インタビュアーは心ともなく感嘆の吐息を洩らした。

 精も根も尽き果てた様子の老仏師は、息も絶え絶えに満足気に言う。

「題して『往時の夢』。画竜点睛には焼き印を用いて〝アタリ〟と記す」

 インタビュアーは飽くまでも畏まり、唯々神妙に問い掛ける。

「〝アタリ〟は……彫らないんですね」

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