第八話 自分のことを常識人だと思っている非常識人と喋ると会話が成り立たない

「マジで居たし……」


 夕日が落ちかけ、空が黒色に染まる夕刻時。

 蒼乃と俺はスーパー近くの道で、とある人物達を遠くから観察していた。


 同級生の村上ハルカさんと……例の男こと高峰 ゆうである。

 二人は少し離れた位置から見る分には仲のいいカップルに見えるだろう。


 だが、裏の事情を知っている俺達にとって、高峰の行動がいかに危険かが分かるようになった。

 遠くから彼の優しい声が聞こえてくる。


「村上さん。今日も家には行けないかんじなのかな?」


「あはは……ごめんね、高峰くん。家の手伝いがあって難しいんだ」


「俺の家も? ちょっとだけでも良いからさ。先月から教えてもらっている料理の味見もしてもらいたいし」


「ごめんね。お料理は前みたいにタッパーに入れて持ってきてくれれば味見はするから」


「そりゃ、残念」


 すげぇ……純度100%の性欲じゃねぇか、高峰さんよぉ。

 自宅に連れ込んで■■■自主規制する気まんまんじゃあないか。

しかし、彼の内面を知っていても、その甘い声と整った顔立ちで騙されそうになるのが末恐ろしい。


 呆れを通り越して凄みの感情を彼へ向けていると、一緒に尾行をしていた蒼乃が質問をしてきた。


「彰人。高峰とハルカっちの関係を知ったのって、いつ頃なん?」


「蒼乃のバイト先に行った日だから4月ごろかな。

 あの様子だと、村上さんは高峰の被害には遭っていないみたいだけど」


 いわゆる攻略中というやつだ。……そう考えると随分と遅いような気もするけどな。約2ヶ月かかっている計算になるわけだし。

 村上さんのガードが硬すぎると考えるべきか。


「そういえば、蒼乃。そろそろバイトの時間じゃない」


「電話してシフト変わってもらった。高峰がハルカっちを狙っているなんて知ったら黙ってられねーし」


「ですよね~」


 蒼乃の声色から怒りのオーラが嫌というほど漏れ出ていた。恐ろしくて表情を覗けねぇ。

 俺は村上さん達の後ろ姿の観察を続行する。


「ってかさ、彰人。なんで今日、ハルカっちと高峰が会っているって分かったん?」


「ん~。殆どは勘だね」


 本当はエロ漫画の狡猾な竿役のイメージをトレースしたら的中しちゃっただけなのは伏せておこう。

 一応、考えて当たりはつけていたのは事実だけど。


 まず、俺は蒼乃経由で村上さんに連絡を入れてもらった。内容は単純に「今、何処に居る?」的な内容だ。

 そこで、村上さんの返答から外に居るか確認を行う。


 今回は「外に居るよ~」っと村上さんは素直に返事をしてくれた。

 そうなれば次のステップだ。


 村上さんに「ちょっと話がしたくてさ。会えない?」と持ちかける。

そこで「今は難しい」的な返しをされたら、「ダチと居んの? 短い話だし、別に同行しててもいーよ」と返答。

その時、「無理かな」っと答えれば、高確率で高峰と一緒だと予想できる。


 案の定、村上さんは「今は会えない」と答えてくれた。


 何故会うのを拒否されたら、高峰と居るのだと分かるかって? 

 それは彼が以前、村上さんに、とあるお願いをしていたからだ。


”俺と村上さんが会っているのを秘密にしてほしいんだ”


 あのセリフは高峰の事情を知っている蒼乃に、村上さんと会っている事実を隠蔽するものだろう。

予想だけど、高峰は蒼乃がバイトの日だけ村上さんと会っていたはずだ。

でなければ、わざわざ17時以降という半端な時間に会合なんてする意味がない。

高峰が”桜井蒼乃”という存在を避けていると考えるなら不自然さは消えるけどね。おそらく当たりだろう。


「……あとは村上さんが高峰と居るのが分かったら、前に村上さん達を見かけたルートを辿るだけ。

 結果として大当たりだったわけだ」


「教えてくれてあんがと、彰人。どうりでハルカっちと高峰の関係が匂わないわけだし。

 アイツ、今はアタシがバイトしてると思ってるだろうし、これ以上犠牲者を出さない為にも問い詰めてくる」


「証拠品は?」


「襲われた例のダチと高峰の2ショット。それとダチがアタシに助けを求めてきたLINEのやり取り。

 もちろん、ダチには了承を得ている。高峰を追い詰めるなら使っていいってね。

 アタシが押し倒された証拠は無いし、今はこれだけっしょ」


「それで十分だよ。行ってらっしゃい」


 ここからは蒼乃と高峰の話し合い。部外者の俺は遠くから見守っていよう。

 そういう風に考えていたら、蒼乃は”何を言っているんだコイツ”みたいな顔で訴えてきた。


「彰人。アンタも来んの」


「え、いや。俺、部外者だし……」


「彰人はハルカっちのダチだから無関係ではないっしょ? それに、この話を聞いてる時点で十分に関係者。

 それとも、アタシが困ってんのに放っておく甲斐性なしなの、彰人は?」


 随分と煽るじゃないか。俺は首を横に振って、蒼乃の手を握る。


「蒼乃。連れて行ってくれ」


「りょーかい。彰人が居るだけで安心だし」


 ニヤリと笑う蒼乃の横顔が綺麗だなと思いつつ、俺達は先回りをするのであった。


…………

……


「おっす〜高峰」


 凄く緩い蒼乃の挨拶から火蓋は切られた。

 俺達は高峰達の歩くルートを先回りし、偶然すれ違う形で前へと立ち塞がる。


 肝心の高峰はというと、蒼乃の姿を視認し、頬が一瞬だけピクリと動いた。動揺しているな。

本来はバイト中で居るはずのない蒼乃が眼前に立っているのだから驚くのも無理はない。

サプライズは成功。これからプレゼント詰め寄りタイムだ。


 まず口を開いたのは高峰だった。


「桜井、おっす〜。久しぶりじゃん!!

 ここで何してたん? あ、そういえば村上さんと同じ高校か。学校近くだし居てもおかしくはないね」


 まるで久しぶりの再開を喜ぶといった声をはずませる高峰。

未遂とはいえ、目の前の男が蒼乃を押し倒したなんて思えない堂々とした立ち振る舞いだ。

蒼乃自身もそんな事実を感じさせない張り付いた笑顔。俺には分かる。腹の底は絶対に般若の顔になっている。


 お互いに吐き出したい本性を別の感情で塗り硬め、場が重たい雰囲気に包まれる。


 状況を知らない村上さんだけは何事かと首をキョロキョロと動かしていた。さながら大型動物の争いに巻き込まれた小動物だ。

 ごめん。後で事情は話すから今は耐えて。


 怯える村上さんをよそに、高峰と蒼乃は数言ほど適当な会話を幾つか交わしていく。

そして、場の空気が温まってきたタイミングで蒼乃が本題について切り出した。


「そいえばさ、高峰。最近、サッちん……佐藤に会った?」


「いいや。引っ越したって噂を聞いたくらいかな」


「へぇ~。アンタら、中学の時は凄く仲良かったのに、知らなかったんだ」


 蒼乃は威圧感を交えた声をだしつつ、スマートフォンの画面を高峰に突き出す。

それは蒼乃が証拠だと言っていた2ショット。1つ目の証拠だ。

それと、被害に遭った友だちの名前は佐藤さんというのか。


 高峰は失笑まじりに肩をすくめた。ここまで来れば何となく流れは読めるというのに、顔つきからは余裕が伺える。


「中学時代に仲が良かっただけだろ。最近は連絡も取り合っていなかったしさ」


「ふ~ん。でも、それって変じゃね。だって、高峰はサッちんと連絡を4月までとりあってたじゃん」


 蒼乃は”くらえっ!!”と言わんばかりに証拠品の1つであるLINEの画面を提示する。

1つ目は高峰と佐藤さんが4月にやり取りをしていたLINEのスクショ。

2つ目は蒼乃と佐藤さんのLINE会話。内容はもちろん、高峰に襲われたと相談しているやり取りだ。


 動かぬ証拠というやつである。しかも、事前に相手から嘘を言わせて矛盾を指摘する。

これなら高峰も言い訳はし辛い。そんな優勢状態に安心しつつ、彼の顔を眺めた。


 しかし、期待していた反応とは真逆の表情を彼はしていた。そう……高峰はニッコリっと笑っていたのだ。

 まるで「この程度の証拠か」と嘲笑うかのように。


「そんで、桜井は何が言いたいの? 佐藤とは仲が良かったのは確かだけど、俺は桜井とも同じくらいの仲だったと思うぞ。

 2ショットなんてお前とも撮ったしね。なんなら、今から元クラスメイトの1人に連絡でもしようか。

 俺が佐藤とも、桜井とも良い友だちに見えたかって聞いてもいいよ」


 そう告げながら高峰は自身のスマートフォンを操作し、蒼乃との写真を晒す。

 さらに画面をスワイプしていき、男女問わず笑顔な2ショット写真を続々と提出していった。


 俺には写真の人物達は誰か分からないが、おそらく高峰の元クラスメイトとの写真だろう。

 認めるつもりはないぞという表明としても受け取れる。


 蒼乃は唇を一度噛み締めた後、再び問い詰める。


「でも、LINEとのやり取りは嘘じゃないっしょ!!

 サッちんがアンタに無理やり襲われたって」


「それって俺が佐藤をやった直接の証拠になんの?」


「え?」


「だって、そのLINEのやり取りはスクショでしょ。LINE風会話を作るアプリやら画像加工で幾らでも偽装できるだろ」


「じゃあ、アタシとサッちんのLINEのやり取りは本物っしょ」


「それも佐藤の自己申告でしかないじゃん。俺と佐藤が実際にやってる写真なら証拠になるかもしれないけどさ」


「高峰、アンタ何を言ってんの? 現にサッちんがアタシに相談を……」


「その証言が本当だって裏付けはないよな?

 佐藤の発言が虚偽の可能性だってある」


「それは……」


 押し切られてしまい、蒼乃は反論する言葉が無くなってしまう。

こんなの屁理屈でしかない。しかし、高峰の言う通り佐藤さんが”真実”を話している証明もできない。

逆に高峰も”嘘”をついているのもしかり。それこそ、押し倒した現場写真でも無い限り、この話しは平行線が続くだろう。


 双方、次の言葉が出てこず、息が詰まるような沈黙へと空気が変わる。


 すると、先程まで口を閉ざしていた村上さんが震えた声で高峰に問いかけてきた。


「高峰くん。今の話、本当なの?」


「違うよ……って言っても信じてもらえないよね。あはは、参ったな」


 高峰は顔こそ優しさに満ちた表情を作っていたが、空気的に積みだと察しったのだろう。

いくら決定的な証拠が無いとはいえ、これは実際の裁判ではないのだ。

学生の考えなんて、俯瞰した客観性より空気が優先される。


 高峰は頭をかきながら「村上さんは無理そうだな」と小さく呟いた。

何が無理なのかは分からない。だけど、彼の中で村上さんが“攻略”ターゲットから外れたのは確かだろう。


 彼は空を仰いで俺達に聞かせるみたいに露骨なため息を吐き出すと、蒼乃に向かって文句を投げかけた。


 それは優しさの微塵も無い、憤怒と悪意に包まれた言葉だった。


「あ〜あ。せっかく村上さんと頑張って仲良くなったのに。桜井のせいで全部パーだ」


 開き直り。八つ当たり。高峰は認めさえしなかったが、その態度は殆ど自白に近かった。


「空気、空気、空気。なんとなくのノリと流れで人を悪って決めつけてさ。うんざりするよ。決定的な証拠なんてないのにさ」


 ペラペラと文句を垂れる高峰を前に、その場の誰もが言葉を詰まらせた。

 先程までの反論ができないという部類じゃない。ドン引きというやつだ。


 コイツは何を言っているんだ?

 あれだけ人を傷つけておきながら、非を認めず被害者面でどの口が言う。

 俺も蒼乃を傷つけた手前、人のことを強く言える立場ではない。


 だが、それでもだ。眼前で言い逃れを行う男は悪意という感情が一ミリも感じ取れないのだ。

 自分の発言は正当性がある。俺は悪くない。そんな歪んだ純粋さ。


 この場に居る誰もが思っているだろう。「ああ、コイツは何を言っても無駄だ」と。

 自分を常識人だと思っている非常識人を納得させる手段なんて存在しないだろう。


 だからこそ、絶句するしかない。立ち尽くしかない。

 煮え湯の如く沸き立つ怒りだけが蓄積されていく。


 そんな激情なんて知らんと言わんばかりに高峰は一方的に暴言を吐き出し続ける。

そして、反論がないと分かると、頭をかきながら、ため息を漏らした。


「俺について知らないくせして、偉そうにしてんじゃねぇよ」


 その発言が引き金となった。隣に立っていた蒼乃の顔面が怒りを表すみたいに赤く変わり、左手を大きく振りかぶる。

 平手打ちの構えだと咄嗟に判断できた。


 寧ろ、今までよく我慢した方だと思う。ここまで言われて手を出さないほうが異常だ。


 だけど、その暴力はキャンセルされた。



「テメェこそ蒼乃の何を知ってんだよ!!」



 近所迷惑だと思えるくらいの声が反響する。

 一体、誰が?っと他人事みたいな感想を抱いてしまう。


 だが、その言葉はまぎれもなく俺の口から出たものだった。


 喉がヒリヒリする。体が熱くて、心臓が忙しない。

しかし、心の動揺と裏腹に、お腹から口へと怒号が次々と放出されていく。


「蒼乃が今、どんな気持ちでここに立ってんのか知ってんのかよ!?

 自分だって酷い目にあってるのに、友だちの為に感情押し殺してここまで来たんだよ。

 辛いくせに、人前では笑って。皆が楽しくなるように常に笑顔を絶やさなくて。

 こんな俺でも友だちになってくれた。名前の知らない人でさえ親切にしてやれる。

 人の不幸に泣いて、人の幸せの為に笑ってやれる凄いやつなんだ!!

 それを……お前は……!!」


 自分が無茶苦茶な発言をしているのは自覚している。

 それでも、悔しくて、悔しくて、言葉が濁流の如く溢れ出てしまい止まらない。


 蒼乃がこんなヤツのせいで辛い思いをしたのが許せなかった。

だけど、俺には反論も言い包める手段も持ち合わせてはいない。舌戦をできるほど言葉巧みじゃない。


 まるで思った感情をそのまま投げかける子どもだ。

 あまりの無力さに涙が溢れ出ていた。


「彰人。もういいよ……」


 蒼乃は出しかけた手を降ろして、背後から抱きしめてくれる。

 ……役に立てなくて、ごめん。


 高峰はというと、俺の剣幕に驚きはしたものの、言葉が止まると、余裕を取り戻し鼻で笑った。


「いきなり熱くなってキモっ。ってか誰だよ、お前」


 言い返す言葉もない。苛立ちと無力感に歯を食いしばるしかできなかった。


 そんな俺を高峰は見下した後、蒼乃と村上さんにそれぞれ目線を送った。


「そんで、他に文句あるやつは? 居ないなら帰るわ」


 沈黙を確認した後、高峰は歩きだし、この場から離れようとする。

 このままだと逃げられてしまう。だけれど、止める手段が思いつかない。


 離れていく高峰の背中を黙って見つめていると、彼を呼び止める声が聞こえてきた。


「待って、高峰くん」


 オドオドとした震える声で待ったをかけたのは村上さんだった。

 その呼び止めに高峰は酷く煩わしそうな表情をみせながら振り返る。


「村上さんも文句あんの?」


「う~ん。言葉よりも伝えたい気持ちがあるかな」


 村上さんは微笑し、高峰の手を取ると、数歩ほど場所を移動する。何をするつもりだろうか?


 彼女は高峰を適当な位置に立たせて、「うん、ここがベスト」っと彼の両肩をポンポンと叩いた。


「高峰くん。そのまま直立で動かないでね。あと、目をつむって」


「……?」


 彼女の意図が分からないが、言葉以外の方法で気持ちを伝えるらしい。

 高峰も半信半疑で目をつぶり、直立姿勢で待機をする。


「これが私の気持ちだよ」


 村上さんが一言呟くと、大きく深呼吸をする。そして、2~3回ほど小さな跳躍をし始めた。

 小柄な体が揺れ、絹みたいな長くて綺麗な髪が上下になびく。何とも可愛らしいなと思った刹那。


 彼女は膝をグッと曲げて、大きな跳躍をしてみせる。そのまま体を右回転させると、高峰の顔めがけて、勢いある回し蹴りをお見舞いした。



「逃げんじゃねぇよ、ゴミ野郎ぉ!!」



 その回転蹴りは、透き通るような可憐な声にど汚い暴言を乗せて見事に炸裂した。


 流線のごとく靭やかな打撃は、高峰の美しい顔にクリーンヒットし、体ごと勢いよく吹き飛ぶ。

 そのまま、彼の肉体は脇道に設置されたゴミ捨て場へとダストシュートされた。ゴミはゴミ箱にだ。


「「はぁ?」」


 眼前の光景に、蒼乃と俺は脳の処理が追いついた後に月並みなリアクションをしてしまう。

 いや、待て? 村上さん、今、凄い動きしませんでした?


 呆気に取られる俺たちを他所に、村上さんはゴミ捨て場に倒れる高峰へと近づいていく。


「……ひぃ」


 恐怖の顔色をみせる彼に、村上さんは仏の微笑みを向けて、胸ぐらを掴んだ。


「高峰くん。蒼乃ちゃんが言ったのは本当かな?」


「あ、それは……」


「ん? 聞こえないよ? いつもの明るくて元気な高峰くんは何処かな?」


「本当です。全部、事実です!! 許して下さい!!」


 先程までの威勢はどこへやら。

 村上さんの圧に押されたのか、高峰は随分と情けない姿を晒していた。


 最早言い逃れする気のない彼に対して、彼女は人差し指を自身の頬に当て、わざとらしく考える仕草をする。


「ふ~ん。どうりで私を自宅……人気のない場所に連れ込もうとしたわけだ。

 体を動かしたかったのかな? いいよ、相手してあげる。ベッドじゃなくて、道場にある畳の上でだけどね」


 ”お前をボコボコにしてやるぞ”という、強い意思を高峰は感じ取ったのか、彼女の手を勢いよく振り払った。


「あああ……うあああああ!!」


 そして、情けない声を空へと響かせながら尻尾を巻いて逃げ出していく。

 絵に描いたへっぴり腰での逃亡。まさか現実で拝めるとは思わなかった。


「随分と情けない人だったな~」


 村上さんは”ふぅ”っと一息つきながら背伸びをする。

 この華奢な体から回転蹴りが炸裂したんだよな……。すげぇ。


「はぁ……なんだか疲れちゃった。

 影島くん、蒼乃ちゃん。アイツの思惑を知ってて止めてくれたんだよね。ありがとう」


「あ、うん……どういたしまして」


 今でこそ夢ではないのかと戸惑う俺たちに対して、村上さんは変わらない優しい笑みを浮かべた。


「そろそろお家の門限だし、私は帰るね。バイバイ~」


 彼女はお別れの挨拶として片手を小さく振り、そのまま曲がり角へと姿を消した。

 取り残されるのは蒼乃と俺の二人きり。


「とりあえず、終わったのか?」


「そーみたい……。ハルカっちの蹴り、エグかったね」


「うん、凄かった……」


 まるで嵐が過ぎ去った後みたいだ。それくらい村上さんの旋風を思わせる回し蹴りは語彙力を失わせるのに十分すぎた。


 俺たちは立ち尽くし、ただひたすらに「すげぇ」と言いながら、余韻に浸るのであった。

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