後編

 ***



 ローズマリーはエリスを愛している。それはもうジェスチャーなどではとうてい表現しきれないほどに。


 そしてローズマリーはそれを隠そうとしない。いつなんどきでもローズマリーはエリスへの愛情を隠さない。


 考えたくはないが、運命というものは理不尽だ。すなわち、ローズマリーの前からいつエリスがいなくなるかなど、神にしかわからないわけである。


 ローズマリーは当たり前だと思っていた日常が、ときにたやすく壊れてしまうことを身をもって知っている。


 だから、ローズマリーはエリスへの愛情を隠したりはしない。


 けれどもエリスに対して自分と同じようにせよとか、して欲しいとまでは思わない。


 考え方とは――不思議でありときに悲しくもあるが――ひとりひとり違うもので、その考えをどれだけ表に出すかということも、当人が選ぶことであり、他者が強要するものではない……とローズマリーは思っている。


 だから、エリスがローズマリー以外の人間の目がある前では、ついついつっけんどんな態度を取ってしまうことについて、ローズマリーはなにか物申したいことはなかった。


 ローズマリーはエリスを愛しているから。


 そして、エリスからの愛を疑ったことはないから。


 それでもその思いはなかなか第三者には伝わらないもので、ローズマリーは自身が心配されているという自覚はあった。


 けれどもローズマリーはそのたびにエリスへの愛を語る。


 ローズマリーはエリスを愛しているから。エリスからの愛を疑ったことはないから。


 ローズマリーはエリスを愛し、愛されているという自信があるから。


 だから、他人になにを言われようとも平気だった。


 エリスだって好きでああいう態度を取っているわけではないことを、ローズマリーは知っている。


 エリスは長らく、ああして強ぶる必要があったのだ。弱みを見せれば、たちまち食いつくされる。エリスは、そういう場所で生きていた経験がある。


 今はそんなことをする必要性はないのだということを、エリスがわかっていないわけではない。


 ローズマリーがいて、セレストという師もいる。エリスはそのことをちゃんとわかっているが、どうしても反射的につっけんどんな態度を取ってしまうことがある。


「イヤにならない?」


 エリスの態度を指してよく聞かれるその言葉に、ローズマリーが返す言葉はいつだって決まっている。


「どうして?」


 ――わたしたちは愛し合っているのに。


 それが第三者に伝わりづらいことだけは、ローズマリーももどかしくは思っている。


 けれどもエリスに「他人にもわかりやすく愛を伝えろ」と言うのは、なんだか違う――というのがローズマリーの意見だった。


 エリスは今だってじゅうぶんにローズマリーに愛を伝えている。……ふたりきりのときだけの話で、そこが最大のネックだということもローズマリーは理解はしている。


 エリスが、自身のふるまいについて悩み、気にしていることも。


「別に、気にしなくていいのに」


 ローズマリーは他人になんと言われようが、エリスを愛している。


 ローズマリーが弱い部分をさらけ出せるのはエリスで、そして痛みを共有することができるのも、エリスだけなのだ。


 愛があって共感できたのか、共感から愛が派生したのかは、定かではない。


 けれども今現在、ローズマリーがエリスを愛していることは、たしかだ。そしてその逆も。


 そしてその愛を第三者に証明する必要性なんてない。


 ローズマリーはそう思っているけれど、エリスはそうは思っていないようだった。


「マリー、明日の自由飛行パレード見に来いよ」

「言われなくても行くよ!」


 あわただしい学園祭の一日目を終えた帰り道、エリスはいつになく真剣な顔でローズマリーから約束を取りつけた。


 ホウキなどに騎乗して、学園の大通りを生徒が飛行する目玉イベント。それに魔法の腕もあり、運動神経も良いエリスが参加することは前々からローズマリーも知っていた。


 愛するエリスが出るのだから、当然、見物しに行かないという選択肢はない。


 エリスはローズマリーのいつも通りの明るい返事を聞いて、どこかホッとした様子でうなずく。しかしその目にはどこか緊張が帯びていた。



 ――ということをローズマリーは思い出しながら、目の前に降りてきたエリスを見やる。


 エリスは空飛ぶホウキを保持しているのとは逆の手にバラの花束を持ち、真っ白なタキシードを着ていた。


 パレードの喧騒なんて気にもならないほど、ローズマリーはエリスに釘づけだった。


 空からは紙吹雪と花びらが舞い散り、エリスのうしろでは自由飛行パレードが続いている。


 ローズマリーの友人たちは、これからなにが起こるのかを察して、きゃあと静かに、しかし興奮した様子で声を上げた。


 エリスはローズマリーの前まで近づくと、おもむろに片膝をつき、バラの花束を差し出す。


 それはとてもとても絵になる――プロポーズの風景だった。


「マリー、愛してる。一一年前のあのときからずっと、お前だけしか見えない。……これからも、お前しか見ない。だから、オレと結婚してください」


 ローズマリーの周囲で男声女声入り混じった歓声がどっと上がる。


 ローズマリーはエリスの言葉に返事をしようとしたが、声に詰まった。


 だから、代わりに耳まで赤くしているエリスを、花束ごと抱きしめた。


 エリスはおどろいた様子で息を呑んだが、すぐにローズマリーを抱きとめて、抱きしめ返す。


 ローズマリーはそのぬくもりを感じながら、エリスへの愛を改めて感じたのだった。

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