義理の娘の恋人がツンデレすぎて心配
やなぎ怜
前編
思春期というものは厄介である。
セレストはつくづくとそう思う。
頭上でシャンデリアが輝く華やかな夜会の場で、べらべらと「自慢の息子」について話す中年の男からそっと視線を外し、ちらりと横目で半歩下がった場所にいる弟子――エリスを見やった。
エリスはいたってクールな表情である。
今まさにセレストと相対している男が、セレストの義理の娘――ローズマリーへの縁談を迂遠な言葉で勧めているというのに、いたって冷静で、まったく揺らぎのない顔をしている。
ローズマリーはエリスの、ほかでもない恋人だというのに――。
セレストは内心でため息をついた。
自我というものが肥大し、自立心が芽生え始める思春期というものは厄介である。
まだまだ未熟な思春期ゆえの「失敗」というものは、大なり小なりだれにだってあるものだと、セレストは思っている。
そして今セレストは、エリスがまさしくその「失敗」へと向かって邁進しているのではないか、と危惧しているわけだった。
「失敗」することはだれにでもある。しかしそれを進んで経験して欲しいとまでは、セレストはあまり思っていない。
「失敗」を糧にすることもときには大事だろう。しかしセレストはエリスを大事に思う、親心ならぬ師匠心とでも言うべきもの持っていたので、やはり大いに「失敗」して欲しいとまでは思わない。
けれども、セレストの隣に控えているエリスはそんな師匠心など知らぬように見える。
「先ほどの男……マリーに縁談を持ってこようとするなんて、エリスのことを知らないのかな」
「さあ?」
セレストは、ローズマリーの恋人であるエリスを大いに気にしてそんな風に話しかけたものの、彼の態度はやはりクールだ。
それはいつものことだ。師匠であるセレストが、そんなことをわからないわけがない。
エリスにだって血の通った面はあるし、律儀で優しいところがあるということも、セレストはよく知っている。
セレストの義娘であるローズマリーを、心の底から愛していることだって。
けれども、エリスは人目のある場では決してローズマリーに愛をささやかない。そういう態度も見せない。一切。
ローズマリーがにこにこと笑顔でエリスへの愛を表現しても、彼はクールな態度で受け流す。
セレストは、エリスのローズマリーに対する愛の深さを知っている――つもりだ。
つもりだが、エリスのクールな態度を見ていると、不安にもなる。
彼が、「失敗」へと向かって走っているのではないか……と。
「考えすぎだよ」
セレストが自らの恋人であるレスターにそんな不安を吐露すれば、彼は笑ってそう言った。
「エリスのほうがマリーにぞっこんなんだから」
「……そうか?」
セレストは義理の娘と弟子の、普段の様子を思い返す。
引っつくのはローズマリーばかりで、エリスはそれをちょっと迷惑そうな顔をして、しかし受け入れている――。
ローズマリーが愛の言葉を口にすれば、エリスはそれをクールな表情で受け流す――。
ローズマリーの手料理を前にしても、エリスは無表情にそれを喫食する――。
……そんな光景ばかりが思い浮かんだ。
「そうか……?」
セレストは首をかしげて己の恋人であるレスターを見た。
レスターはセレストが下賜された屋敷で、セレストの義娘であるローズマリーや弟子であるエリスと共に暮らしている。ありていに言ってしまえば、現在同棲中の恋人である。
ひとつ屋根の下で暮らしているのだから、当然レスターもセレストの弟子であるエリスのことは知っている。
レスターとエリスは同じ男性同士。セレストは、異性である自分にはわからないものがあるのかもしれない、と思った。
真剣な顔をして思案するセレストを見やり、レスターは困ったように微笑んだ。
「他人の目があるところじゃ恥ずかしいんだよ」
「しかしな……限度というものがあるだろう」
「まあね。その点に関しては僕も思わないところはなくもないけど……。たぶん、マリーはエリスに愛想を尽かしたりしないんじゃないかなあ」
「……そうだといいんだが」
セレストは、エリスのことを信用していないわけでも、ましてや嫌っているわけでもない。
その逆であるからこそ、こうしてあれこれと想像を巡らせては心配をしてしまうのだ。
だが親として、師匠として、ふたりの関係に口を出すのは野暮だということも承知している。
だからこうしてセレストは、己の恋人であるレスターに愚痴めいた話をこぼしてしまうわけだ。
セレストは恋愛経験が乏しい。レスターこそがセレストの初めての恋人であるから、恋人同士の関係の平均値というものが実感としてわかっていない。
逆に、レスターはそれなりに女性経験がある。ゆえにセレストはついついレスターの意見を仰いでしまうわけであった。
不安顔のセレストを見かねてか、レスターはさらに言葉を重ねる。
「エリスは叔母さんにマリーを紹介しているんでしょう? 肉親と会わせているんだから、少なくとも『本気』はいくらかあるでしょ」
「……そのほかでもない叔母がエリスの態度を心配していると言ったら? 電話で心配されたんだ……」
「あらら」
レスターは眉を下げて笑った。
「エリスの態度を心配しているのは私だけじゃない」
「だろうね」
「マリーのことだって、エリスのことだって、わかっているつもりだが……あの態度はどうにかならないものか……」
セレストは額に手を当て、深いため息をついた。
しかし対するレスターはどこかわけしり顔で薄ら笑いを浮かべている。
「心も体も大人に近づいてきて、女の子にはカッコイイところ見せたいって思いだしたんだよ」
「好きな女の子に冷たい態度を取るのは別に格好良くはないだろう」
「正論~……。――まあそれがまだわかんないか、わかっていても実践できないか……だから、エリスはまだまだ子供なんだよ」
「それは、わかってる」
セレストはそう答えたあと、心の中でエリスが早くあのクールな態度を改めてくれることを祈った。
あとで絶対、消したくても消せない過去――黒歴史になるだろうから、と。
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