貴方の不幸を買い取ります
しーちゃん
柴田美紀
ポストを開くと何枚も押し込められたチラシにいくつかの封筒が大量に入っていた。必要なやつだけをその場で選別しポスト下に置いてあるゴミ箱に不要なチラシを入れていく。「貴方の不幸を買い取ります」というチラシに目が止まった。胡散臭いと思いながら何故か私はそれを捨てられず家の中に招き入れてしまった。椅子に座りチラシに目を通す。「貴方の不幸を買い取ります。報酬は1つ10万円~お気軽に貴方の不幸の話お手紙に書いて見てください。」宗教か詐欺か。どちらにしても、こんなのに騙される人入るのだろうかと少し呆れる。その紙の端と端を綺麗に合わせ簡易的な紙のゴミ箱を作る。何枚も同じように作り置きして入れている棚を開け手前に差し込んだ。「はぁ」自然に零れる息に気がまた重くなる。冷蔵庫を開け買い出す物を書き留める。家からはそこまで遠くはないがスーパーへの道のりを考えるとまた溜息が出る。数年前の私はスーパーに行く時は献立を考えるのに精一杯で頭を悩ませ続けていたのに、今は色んな考えで埋め尽くされ整理すらつかない。日常にある極自然な1部にすら悩みの陰を探してしまう。スーパーで値引きシールを見つけそこから献立を考えている中年女性。国産の豚肉と輸入の豚肉の価値を必死に選定しているアラサーの女性。彼女達だけじゃない、このスーパーにはそんな人で溢れている。ここにいる人たちは、将来こんな風に商品に対する値段があってるかを見極め1円でも節約するために思考を凝らす人生を本当に見据え願っていたのだろうか。そう思うと今私が手に持っているトマトすらも『こんなもの』でしかない気もしてしまう。昨日は肉じゃがだったからそれの余りを使って、カレーにしようと決めたはいいが、カレーだけではご飯にならない。ポテトサラダと、後は何がいいか。一人暮らししていた頃はこんな事考えなかった。カレーにするならカレーだけでよかったし、足りなければサラダ1つ付ければ事は足りたのだ。きっと旦那もそうだったはず。1人でご飯を食べる時に品数や彩りなど気にしなかったはずなのに、夫婦になった途端に品数や彩り、栄養バランスなど考えることが求められる。世の中よく分からないルールが多すぎて、知れば知るほど息苦しくなる。しかし、それに文句を言っても仕方ないと諦め従うしかない。窓に目を向けると外を歩く2人のカップルが目に入った。腕を組み少し年配の男は満更でもないようにニヤケている。その光景に嫌悪感が膨れ上がる。これで何度目だろうと肩を落とす。それでも私はこの場から立ち去らず何も言わず買い物を続ける。今日もどうせと思いながら、2人分を律儀に買い家に帰るのだ。いつからこんなに気が付かないふりが得意になったのかと自分でも不思議なくらいだ。その日思った通り旦那は帰ってこなかった。用意された彼の食器は悲壮感が漂っているように思える。分かっていた。帰ってこないのではないかと確信に近いほどの予感が働いていた。だって知らない女と今日スーパーの前を腕を組んで歩いていたのだから。彼の女癖は治らない。これで何度目だろう。こんな夫婦生活になんの意味があるのか分からないが、私は専業主婦だ。おいそれと離婚を切り出すことなんて出来ない。ふと思い出したチラシ。確か棚にしまったあの嘘くさいチラシを私は丁寧に広げ直しシワを伸ばした。送ってみるだけならタダだ。この際騙されたと思って送ってみようか。そう思い毛穴と言う毛穴から何か吹き出てるのではないかと言うほど私は体にエネルギーがみなぎるのが分かった。何度も裏切られ嫌気と少しの怒りがある私は興奮に近いほど心拍数が上がっている。早速ノートを丁寧に1枚破り、書き始めた。『広告のチラシを見て初めてお手紙をお送りします。どこにでもある話だと言えば、ありきたりな話になるのですが、読んでもらえると幸いです。私は結婚して13年専業主婦をしています。私の旦那はごく普通のサラリーマンです。彼が初めて浮気をしていることに気がついたのは5年前の冬です。相手は職場の受付をしているという女性でした。彼は何度も私に謝りもうしないと誓いましたが、その3ヶ月後には別の女性と買い物をしている所を目撃してしまいました。その場で離婚を着きつければ良かったのですが、私は怖くなりその場を立ち去り見なかったことにしてしまったのです。それからというもの彼は浮気を何度も繰り返すようになりました。1度見逃すと、タイミングというものはなかなか巡っては来てくれません。今更彼に何を言えばいいのかすら分からなく私は専業主婦という肩書きに身を潜める日々です。こんな話誰もが経験する話なのかも知れません。こんな小さな不幸話でも買い取って貰えるなら、私のこの経験も無駄では無かったと思えるかもしれません。』そう書いて封筒に入れた。郵便ポストに投函してすぐに、我に返った。何をしているのだろう。不幸話をしたからと言って何が変わるのだろう。馬鹿げている。でも、もう入れてしまった。もし本当に詐欺だった?何かの犯罪に巻き込まれていたら?今更青ざめてももう遅い。そう思うと途端に手が震える。住所は書いていない。書いたのはメールアドレスだけだ。大丈夫。詐欺だったら無視すればいいのだ。そう何度も言い聞かせ家へ足早に帰る。少し走ったせいか恐怖や緊張感から来るものなのか私の心臓は音が漏れてしまいそうなほど跳ね上がり続けていた。
1週間ほどしたころ、知らないアドレスからメールが届いた。『この度は貴方の不幸の御提供ありがとございます。貴方のお手紙を読ませていただき、貴方の不幸の報酬金額が決まりましたのでご連絡させていただきました。』下にするクロールすると、50万円と書かれている。私は何度も0の数を数えた。これはどんな詐欺なのだろうか。調べてみてもヒットしない。不安が一気に押し寄せる。しかし、そのお金に期待をしつつ、私は一人暮らしの時に使っていた通帳を記入した。すると3時間ほどたった時『振込が完了しました。』とメールが届いた。イタズラだと思いながらも少しの期待で私は足早に銀行に向かい通帳記入してみる。そこには『イワタカズミ』という名前で50万円が本当に振り込まれていたのだ。私は息を飲んだ。これは何かの夢なのか。しかし、独身自体の貯金を合わせると200万円ある。これは1人で再スタートさせるには十分なのではないかと気持が踊る。すると足取りが自然と軽くなった。家に帰ったら彼に話そう。こんなに簡単なことなんだ。彼にもう我慢の限界だと言えばいいのだ。1度見逃しただけで、私は許したわけではないのだ。知らぬ間に諦め癖がついていた自分だっただけなのだと気がついた。つい昨日までの出来事なのに、それは小さな子供の頃のような昔の事の様に感じた。証拠はいくらでもあるのだ。私はイタズラを考えてワクワクしている子供のように幾つもの作戦が思い浮かぶ。ここが家の中なら確実にスキップしているだろう。でも、準備は大切だ。まずは必要な事柄を1つづつ丁寧に揃え、隙なんて作らないほど完璧に彼を社会的に抹殺しよう。今から始まる私の復讐劇は私だけの話。誰にも売ってはあげない。私の背中を押すように風が後ろから私の体を撫でて通り過ぎていった。
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