ぶち割ってしまえよ、ベニヤ
がら がらんどう
第1話 通話
「お疲れ。夕夏もう家?」
「うん。懐かしくて結構その辺歩いてて、さっき家着いた。紗都子も家?というか大丈夫なの?」
通話しながら実家の自室に入ったわたしは、スマホではない携帯電話を耳元にあてベッドに横になる。ふと壁に掛かった時計をみると20時を少し過ぎていた。
「うん、思いっきり家にいる。さっきはごめんね、訳わからなくなって家に帰っちゃった。というかわたしの声、夕夏のクラスまで聞こえてたんでしょ?」
「紗都子さ、何回も言ってたよね。『わたしはいつゾンピが出てきてもいいように心の準備をしてる』って」
「そうは言っても実際に起こると対応できないって。これ系のね、戻ったりなんだりは自分の家から始まってもらわないとさあ。いきなり授業中っていうのは無理、それは無理」
「わたしはポケットの中の iPodで察したけど」
「あー、それはずるいよ。わたしもね『あー!なにこれえええ!なんでえええ!』って叫びながらも一生懸命机に乗ってた教科書を確認したけどさあ。名前書いてなんだよね。ねえ、高校生って教科書に名前書かないの?」
「どうだったかな。覚えてない」
わたしは手の中にあるiPodnanoをカリカリとスクロールする。
「というか田中君いたね。生きてたね」
「ああ、紗都子は同じクラスだっけ」
「そうそう。よかった、夕夏と田中君が無事で」
「これが無事なのかどうかわからないけど。今って3年だよね、高校の」
「そうそう強引に早退したときコンビニの新聞の日付見た。正直日頃1行も読まないけどタイムリープの時には頼りになるよ」
「でもなんでいきなり」
「あー、駄目だよ、夕夏。とりあえず身を任せたほうがいいよ。こういうもんはそういうもんなんだから。でもさっきは本当にびっくりした。普通に考えたらコスプレさせられてえぐいセットの中に放り込まれた!ってなるよ」
「そうだ、学校でも連呼してたよね。『なんでコスプレさせてるんですか!』って。それもわたしのクラスまで聞こえてた」
「教師の顔は覚えてなかったからさあ。なんか怖い裏社会の人だと思って。あと正直に言うけど、帰って落ち着いてからめちゃくちゃ鏡見たよ。夕夏は」
「そうだね。うーん」
ベッドから降り全身鏡の前に立ったわたしは制服を着ている自分を眺めた。
「結構見た。っていうか今も見てる」
「そうだよね!見るよね!でさー、わたしとしてはね、ぜんっぜん違う。何この10代のハリは!みたいなのを期待してたのよ」
「うん、それはわかる」
「なんていうかな。ハリやら髪やらも違うよ、違うんだけど。どれくらいかなあ。低脂肪乳と牛乳ぐらいの違いっていうか」
「そうそう。別物、とまではいかないよね」
「夕夏的にはどれぐらいの違い?」
「そうだね。うーん」
再びベッドに横たわりiPodnanoのモニターに目を移す。
「日傘と普通の傘ぐらいかな」
「それ一緒じゃない……?」
「割と違うから。UV とか防水加工とか」
「もう少し離れたの欲しかったかなあって。あ、そういえばさっき戻る前、車で話してたけど、田中君とこのぐらいの時期にわたし達一瞬仲良くなったんだよね。夕夏が写真部に入りたいって言って。あの人も写真部だったでしょ」
「違う違う、紗都子の漫画だよ。何の主張もせず自分の絵柄に寄せた背景を描く人が欲しいって。それで確かうち漫研とかないから写真部にって行ったんだよ」
「まじか。わたし結構なこと言ってるね……」
「それで田中君をスカウトして紗都子の家で漫画描いてたんじゃない?」
ポリ、スパルタローカルズ、100s、フジ、ザゼンって……。これこそオモイデインマイヘッド状態じゃ。わたしはぎりぎりで現在における現実に踏みとどまる。
「言われてみればそっちが正しい感じが。ねえ、もう一度やってみようよ。今のわたし達ならすごい漫画描けるはずだよ!」
「漫画?どっちみちわたし描けないから見てるだけだけど」
「それでいいんだよ。夕夏も結構読んでるからたまに意見貰えれば。それでね、田中君にも背景がんがんやってもらってさ。わたしたち男子高校生アシスタントを雇う女子高生漫画家になって売れまくるんだよ!ほら、今、今この瞬間に未来変わってるよ!」
「えー、漫画で変わる気しないけど」
「100万いったら人生変わるよ、絶対。よし、じゃあ明日の放課後は適当に学校近くの店で集合しよう。そして1日フルで過去を体験してみた感想を出し合おう。あえて昼休みは話さない感じでさ」
「あえての意味はわからないけど。わかった、考えとく」
わたしは慣れない手つきで携帯電話のアラームをセットした後、iPodnanoの充電器を探し始めた。
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