お姉さんの、傘の中

直井千葉@「頑張ってるで賞」発売中

ビニール傘

 昨夜から降り出した雨が今日になって勢いを増していた。

 それは天気予報通りで、そのままであれば明日の午前には止む。

 皆「明日になれば」と思っているのだろう。すれ違った人はいない。


 河川敷の上に伸びる道路をひとり歩いていた。

 傘もなく雨に打たれていた。

 不意に雨の音が変わった。


「キミ、こんなところでどうしたの? 風邪引くよ」


 見上げると、知らないお姉さんが頭上に傘を差してくれていた。

 安っぽいビニール傘だった。


「ふうん……傘も持たずにこんなところでフラフラ……ま、そんな日もあるよね」

「ねえ。キミが良ければだけど、お姉さんとちょっと話、していく?」

「ちょっとそこの階段にでも座って……ね」


 そう言って河川敷に降りていく階段を示す。


「……ふふ。お姉さん、別にいい人ではないけど、悪い人でもないよ」

「キミは何か話してもいいし、話さなくてもいい。お姉さんの話を聞いてもいいし、聞かなくてもいい。ただ一緒にいるだけでいいから」


「んー? 意味? ないけど?」

「嫌ならいいよ。キミの好きなようにすればいいわ。どっちみちキミがいてもいなくても私はそこに座ってるから」

「まあ、来たくなったらいつでもおいで」


 そう言ってお姉さんは本当に去っていく。

 差してくれていた傘がなくなって、雨が再び肌を濡らし始める。

 服が先ほどよりも少し重く感じた。


「あ、来たんだ。じゃあ、入った入った」


 何も言わずに隣に座り込んだ僕に、何の感情も見せずお姉さんは言った。


「ほら、おいで」

「ほら、もっとそばに来なよ。別に濡れていてもいいから」


 誘われるままに距離を詰めて傘に入る。

 僕の身体が完全に傘に収まったのを見ると、お姉さんは優しく微笑んだ。

 そして、何も言わなかった。


 ビニール傘が立てるパラパラという雨音。

 お姉さんの呼吸。

 道路を車が通り過ぎた。


「……ん? 私? 別に何もしてないよ」


「座ってるだけって……ひどいなあ」


 お姉さんはなぜか楽しそうに笑った。


「ぼーっと何かを考えたり、考えなかったり。後は雨の音を聞いたりしているのよ」


「ううん。こうしているのは雨のときだけ」

「みんながあまり外に出てこないような天気のときだけ」


「うん? そうね……私がいつもいるかは、はっきりとはいえない」

「雨の日じゃなければいないけど。こんな天気の日だったら、私はいるかもしれないし、いないかもしれない」


「……もしかして、キミはまた私に会いに来てくれるの?」


「……ふふっ。可愛い顔だね。からかい甲斐がある」


「まあ、また会えるかどうかは分からないけど」

「見かけたときに、また私と話したければ、話しかけにきてよ」

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