最終話 絶滅の旅

「ハカセ、待ってよ!!!!!!!!!!!」



いきなりゼロが大声を出した。

まだそんな気力が残っていたとは。

「ハカセなんかには従わないもん!べー」

ゼロはキミヅカにあかんべーをした。

だがよく見ると――

舌先にカプセルが乗っていた。まさか、これは……

「馬鹿な!!ゼロ、お前の薬剤合成部は破壊したはずだ!!」

キミヅカが初めて動揺した。

「これ以上タツヤさんをいじめたら、私これ飲んで死ぬから!!!」

たしかに、ゼロたちと俺たちの構造は似ている。

だからゼロも自分で合成した薬を飲めば死に至る可能性は十分にある。

だがなぜ薬を用意できたんだ、いやそれよりも――



「今だ!!」



俺は動揺するキミヅカに飛び蹴りを食らわせた。

倒れ込んだキミヅカを抱える。

そして超人類たちが発砲してくる前に、俺は銃をキミヅカの頭に当て

「お前らが撃とうとすれば、俺もキミヅカを撃つぞ!!!」

と叫んだ。

それを聞いた超人類たちは銃を下した。

「キミヅカ、お前に聞きたいことがある」

「な、なんだ?」

「ゼロの正体はお前の死んだ娘、レイコだろう。間違いないか?」

「……部分的にはそうだ。私は熱波で死んだ零子レイコの知能をゼロに移植した。だが記憶は移植できなかった」

「おかしいと思ったんだ。ベルナデッタたちと違ってこいつはアホ過ぎる。恐らく、まだ幼かったレイコの人格を移植したから身体と脳みそが釣り合っていなかったんだろう。違うか!?」

「……そうだ。」

やはりそうか。

ポンコツロボットがこんな重要な任務をこなしていることに違和感があった。

だがこれで説明がついた。

「ゼロの名前は零子の零を取ってつけたんだな。てっきりシリアルナンバーだと思い込んでいたよ」

「……やはり君も頭がキレるな。」

「どうしてゼロ……いや、レイコを女王にしようと思ったんだ」

「死んだ娘を不憫に思ったからだ。私はレイコを失ってから、彼女を復活させる計画をしていた。だが文明崩壊が現実味を帯びてきたときに、彼女は復活したとて荒廃した世界を生きねばならないことに気が付いた。それでは彼女に再び苦しい思いをさせるだけだ。そこで、彼女を女王として新文明を築くことを計画した。その後、日本政府に国民を安楽死させる計画を持ち掛けた。日本政府の力を用いて旧文明を消失させたあと、新文明をすみやかに始めるためにね」

日本政府には自分の計画を隠したまま、国民を安楽死させようと持ち掛けた。

その過程で超人類を作り出し、不要になったベルナデッタたちを安楽死の補助用に転用した。

その結果、俺たち旧文明収束官はまんまとキミヅカの計画を手伝うことになったわけか。

結局俺も騙されていたというわけだ。

たしかに、詐欺師としてのプライドは傷つくなあ。

お前の気持ちがちょっとだけ分かったよ、マサト。

「だが、キミヅカ。お前のやったことがどんなことか分かっているのか」

「……ああ。とんだ親バカさ」

「そうか。では死ね」



どん。という音とともに、俺はキミヅカの頭を撃ちぬいた。



次の瞬間――

超人類たちが一斉に俺に向かって射撃した。

服のおかげで急所は外れたが、体中に穴が開いた感じがした。

俺も思わず仰向けに倒れ込む。

超人類たちが俺にとどめを刺そうと近寄ってきた。

するとゼロが、

「やめなさい!!女王様の言うことが聞けないの!?」

と大声をあげた。

すると、皆銃を下げた。



間もなく、背中じゅうに温かい感覚が広がった。

見なくともわかる。俺の血だ。

これが死か――

「タツヤさん!!!!死んじゃだめですッ!!!!!!!」

ゼロが大泣きで叫んだ。

なんだ、もう元気じゃないか。流石は女王様だ……

「なあ、ゼロ。俺はこの仕事に就く前から悪いことをたくさんしてきたんだ。そして収束官としてもたくさん人を殺した。こうなることは分かってたんだ」

「けど……、けどぉ……!!」

ゼロは俺の体にすがりついた。

「タツヤさん、一言謝りたいことがあるんです……。」

「なんだ、ゼロ?」

「レイナさんのとき、私はつい嫉妬しちゃって……ちょっと暴走しちゃいました」

「ああ、あのときか。」

俺はレイナのとき、もっと穏やかに安楽死させるよう考えていた。

実行の直前、俺は「カプセルか注射器かこっそり手渡してくれ」という意味で右手を挙げたのだが、ゼロは首に咬みついてしまった。

結果的に、レイナは半ば無理やり殺されるような格好になってしまった。



「もう、いいんだゼロ……お前はよく頑張ったよ」

「タツヤさん、ありがとうございます……。さっきのお薬、レイナさんのために作っていた分なんです」

そうか、さっきあかんべーをして見せていたのはレイナの分だったのか。

だがつい暴走して首咬みで実行したから、不要になった。

それが余っていたのか。

俺はゼロにそっと語りかける。

「ゼロ、頼みがあるんだ。」

「なんですか、タツヤさん……?」

「どうせ死ぬなら、お前の手で殺してほしいんだ。」

俺は生を渇望していた。

今まで生きるために仕事をやってきた。

だが死が間近に迫った今、初めて殺してほしいと思った。

この愛する相棒――ゼロの手によって。



かつて、ゼロとともに崩壊直後の東京を歩いたことがあった。

まだ居住可能地域で気温もそこまで高くなかった。

東京は、俺の故郷だった。

文明崩壊によって、子どもの頃に住んだ家は破壊されていた。

かつて遊んだ公園も焼け野原になっていた。

だが、なんとか形を残したままのものがあった。

両親の墓だった。

「ここにタツヤさんの『親』が眠ってるんですか……?」

「そうだ、ゼロ。俺の両親はここに眠っている。」

俺の両親は、幼いころに死んだ。

俺は両親への感謝の気持ちなど微塵もない。

そのせいで俺は詐欺師という道を選ばざるを得なかったのだから。

それでも俺は、墓参りをしようと思った。

恐らく、二度と東京に足を踏み入れることは出来ないと思ったからだった。

俺は墓に向かって語りかけた。

「悪いな、こんな詐欺だの人殺しだのする親不孝な息子になっちまってよ。」

「けど、なんとか生き延びてこられたんだ。これからもしばらくは死なねえでやるから、それで親孝行ってことにしちゃくれねえか」

そう言って俺は、水筒の水を少しだけ墓にかけた。

ゼロもそれを真似して、少しだけかけた。

そしてゼロと共に、手を合わせた。

それから、二度と両親の墓に参ることは出来なかった。

俺は親孝行のつもりで、今の今まで人生を全うしたつもりだった。

もういいよな、仕事も済んだんだ。

俺の中で、生への渇望というものが消えていた。



「殺してくれなんてひどいです、タツヤさん……。」

ゼロはただ泣くだけだった。

俺は残る力を振り絞ってポケットから王冠を取り出し、ゼロに被せてやった。

「ゼロ、お前は女王になるんだ。俺たち人類とは違う、新しい文明を築くんだ」

「でも、でもぉ……!」

「……これが最後の命令だ。立派なプリンセスになれよ」

「……はいッ!分かりましたッ!」

ゼロは涙目になりながら、元気にそう言ってくれた。

今まで命令した時と、同じように。

「では、やってくれ」

「はいッ!」

そう言ってゼロは、ゆっくりと顔を近づけ――



俺に口づけをした。



俺とゼロは舌を絡めた。愛おしく、別れを惜しむように。

そして俺は、ゼロの舌からカプセルを絡めとり、目を閉じた。

もちろん、薬が全身にまわる前に俺は失血死するだろう。

けど、そんなことは言わなかった。



だんだんと意識が遠くなる。

眼前に広がる暗黒な世界。

微かにゼロのすすり泣く声だけが聞こえてきた。

それでもゼロは力を振り絞り、静かに口を開いた。






「タツヤさん、お仕事お疲れ様でした」






絶滅の旅は――終わった。

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