第十一話 希望の地
ゼロを女王とした新文明を築く。
それがプリンセス・ゼロなる名前の理由か。
「……わたし、女王様だったんですね……」
ゼロは小さな声でそう言った。
「そうよ。プリンセス・ゼロ、私とともに札幌に行き、新文明を始めましょう」
とキミヅカがゼロに語りかける。
なるほど、コイツらは北海道で新文明を始めるつもりだったのだか。
いつだったかマサトが言っていた。
気温の異常上昇が起こっても、北海道はゼロやベルナデッタ達が生き残れる気温くらいには収まるだろうと。
つまり新文明を始めるうえではもってこいの場所だということだ。
札幌を目指す人間たちがいたのは、その情報がどこからか漏れ出ていたからだろう。
札幌に行けば、新文明が存在するのだと。
そしてそれを聞いた人間たちは一縷の望みにかけた。
希望の地・札幌に行けば、まだまだ生き延びることが出来る、と。
そういうことだったのか。
だが、俺には気になることがあった。
「北海道には収束官が配備されていなかったはずだ。まだ人間が住んでいるはずだろう」
と聞くと、キミヅカが
「その心配は無いわ。北海道では、文明崩壊直後に男性型の超人類によって旧文明は一掃されたのよ」
「その『超人類』ってのはなんだ?」
「旧文明収束官補助用有機型人工知能っていうのは役所がつけた名前で、本当のゼロたちの名前は超人類。旧文明が終わったあと、新文明を築くものたちよ」
「『男性型』というのはどういう意味だ?」
「名前の通りよ。あなたをここまで案内してきた男も、ヘリを操縦していたのもそう。私の計画のために働いているのは全て男性型の超人類なの」
「男性型は格闘に長けた戦闘タイプ。北海道は、男性型の性能を試す広大な実験場だったわけよ」
それで俺たち収束官を北海道に配備しなかったのか。
日本政府と俺たちには安楽死の必要がないから北海道には配備しないと説いておいて、裏では自分の目的のための殺戮を行う。
マッドサイエンティストというのはこういう人間を指すのだろうか。
「女性型ってのはいないのか?」
「いるわ。唯一の生き残りがあなたの目の前に。」
そう言ってキミヅカはゼロを指さした。
「唯一の……ってことは、他の女性型っていうのは……」
「そう。旧文明収束官に付帯していたのは、女性型の超人類。」
そうか……
「ならなぜ破壊した?彼女たちにも北上してもらって新文明とやらに連れて行けばいいじゃないか」
「彼女たちは欠陥品だからよ。」
「どういうことだ?」
「ゼロには機械生命体としての生殖機能を宿らせることに成功したわ。ゼロはいわばプロトタイプであり、かつ女王様として特別に作ったものだから当然よね。」
「だけど量産の工程が上手くいかなかったわ。どうしても他の女性型超人類には生殖機能が宿らなかった。だから旧文明収束官の手伝い用に転用したの。メイド服はその象徴よ。まあ、ゼロが自分も任務につきたいと言ってきたのは想定外だったけど」
……。
なるほど。
文明を続けるには次世代の再生産が必要だから、どうしてもゼロが必要なわけだ。
まさしく女王アリのように。
そしてその機能を持たぬベルナデッタたちは不要だと。
文明を始めるうえでは合理的かもしれんが、全く非倫理的だ。
まあ、詐欺師に倫理を説かれたくないだろうが……。
だが、ここでピンときた。
「もしや、若者ばかり殺させたのは、人類の再生産年齢人口を狙って減らすためか?」
「そうよ、あなたもなかなか頭がキレるわね。ペアだったヨシカワ収束官とそっくりね」
要するにキミヅカは、子どもを残す可能性のある人間たちを狙い撃ちできるよう命令を出していた。
生体反応は、その目的に沿うように設計したのだろう。
そのおかげで、日本の旧文明が再興する可能性はまず無くなった。
「そしてあなたもその若者の1人よ。だからここで死になさい」
沈黙が続いていたが、やがてうずくまっていたゼロがそのまま倒れた。
「ゼロ!!」
「大丈夫よ、死にはしないわ。薬剤合成部を破壊しただけだから、痛みに耐えきれなかっただけよ」
「……タツヤさん、助けて……」
ゼロ……。
俺はゼロに問うた。
「ゼロ、お前は新人類の女王になりたいか?それとも俺との仕事に戻りたいか?」
「タツヤさんと一緒がいいです……。」
俺はその答えを聞いて、キミヅカに向き直った。
「悪いが、あんたのお姫様は嫌だそうだ。じゃあ、帰らせてもらう。」
俺はそう言うと、ゼロを抱え、お姫様抱っこをしてやった。
「タツヤさん、血がついちゃいますよ……。」
「大丈夫だ、この服は汚れにくいんだ」
この服は便利だ。
「じゃあな、ドクター・キミヅカ。あんたの計画はおじゃんだ」
そう言い捨てて、俺は出口の方に歩き出した。
お姫様抱っこのまま歩いていると、ゼロが
「これ、いらないです……。」
と言って王冠を外し、手で持っていた。
「俺が預かっておくよ。コートのポケットに入れておいてくれ」
そう言うとゼロは、俺のコートのポケットに王冠を入れた。
廊下を歩き、出口から外に出ると――
すぐに銃を持った男性型の超人類たちに取り囲まれた。
駅の出口を背にして、半径二十メートルくらいの半円をなしている。
すると後ろからキミヅカの声がした。
「タナカ収束官、残念だがここまでだ。ゼロを返したまえ。」
「嫌だ。」
「そうか、なら仕方がない。」
キミヅカが手を挙げると、超人類たちが銃を構えた。
ゼロに弾丸が当たらぬよう、俺はゼロを床に降ろし、両手を挙げた。
「ゼロには当てるなよ。では、死んでもらおうか」
ここまでか――
ゼロ、お前のことは忘れないからな。
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