第一話 仕事

「タツヤさん、周囲に生体反応があります。この道をまっすぐ行って3キロメートルです。」

いつ聞いてもロボットとは思えない自然な音声で、ゼロが報告してきた。

「ありがとう、ゼロ。3キロメートルだったら、30分もあれば着くだろう。」

そう答えながら、少しだけ歩幅を大きくした。

今日初めての仕事になりそうだ。



今日の気温は47℃になった。まだ5月だというのに。

「しかし今日も暑いねえ。ゼロは大丈夫だろうが」

「はい!私は100℃でもマイナス100℃でも生きていけますので!」

まったく頼もしい返事だ。こっちは既に茶碗蒸しになりそうな気分だ。

そうやって愚痴をこぼしながら、ゼロと歩いていく。

文明が崩壊しようがアスファルト舗装っていうのはしぶといものだ。

割れ目から雑草がたくさん生えてはいるが、まだ道と分かるくらいには原型を留めている。

太陽の光が反射され、わずかに空いた服のすき間というすき間から突き刺してくる。

「しかし、いつ俺の仕事は終わるのかねえ」

「進捗状況の確認ですね!衛星と通信しますか?」

「お前は変なところで真面目だなあ。何回この会話をしただろうね」

「やだなあ、冗談ですよ!ふふふ」

茶目っ気のあるメイドだなあ。

出来ればこんな蒸し器みたいな路上じゃなく、空調の効いた大豪邸で聞きたかった言葉だ。



ときおり猫や犬とすれ違いながら、気づけばもう3キロメートルほど歩いてしまった。

「ゼロ、生体反応はどうなった?」

「はい、目的地周辺です!案内を終了します!」

「お前はカーナビかよ。冗談はいいから、どこにいるか教えてくれ」

「はい!タツヤさんの右方向0.2メートルですっ」

えぇっと思う間もなく、小さな男の子にコートの裾を掴まれていた。

物陰に隠れていたのか……

ゼロめ、何かあったらどうする気だ。

しかし、6歳か7歳といったところで特に武器も持っていないようだ。まあいいだろう。



それより仕事を始めなければ。

「こんにちは、坊や。お父さんかお母さんはどこかな?」

「おじさん、いまは朝だからおはようだよ」

う~ん、俺にもこんなクソガキだった時代があったような気がする。

だが、こんなことでめげては始まらない。

「そうだね、おはよう。僕はタナカタツヤって言うんだ。君は?」

「イトウカズオ。たぶん7さい。」

そうか、多分……か。

物心ついた頃には文明崩壊後で、年を数える手段を持たないのだろう。

「そうなんだ。ところで、お父さんかお母さんはいるの?」

「いないよ。お父さんは生まれた時には死んでたし、お母さんも昔に死んじゃった。」

「そうか……それは悪いことを聞いたね。」

「いいよ。もう慣れたことだし。」

カズオ君はカッコつけたような、しかしどこか寂しそうな、そんな表情で答えた。



ところで、7歳にしてはずいぶんと口が達者だ。

もう小学校も何も無くなってしまったのに。

「ずいぶんと口が上手だね。誰に習ったの?」

「すぐそこに図書館の跡があるんだ。暇なときは本を読むし、要らない本は燃料にしてる。」

なるほど、そういうことか。

しかし誰に教わらなくても本を読む習慣を持つとは。

時代が違えば立派な学者にでもなっていたかもしれないのに、残念なことだ。



俺たちがいろいろと会話しているのを、ゼロはもじもじと聞いていた。

とうとう我慢できなくなったのか、

「あの~、喋ってもよろしいでしょうか……?」

と言いだした。もう喋ってるじゃないか、お前。

「いいよ。お前もカズオ君に自己紹介しなさい。」

「はいッ!カズオさん、おはようございます!ゼロと申します!」

「ゼロ?変わった名前だね。」

「はいッ!ゼロは生まれた時からゼロなので!」

「ふうん。ところで、数字のゼロの概念ってどこの国で発見されたのか知ってる?」

「はいッ!インドネシアです!」

シンギュラリティというのは、どうやら人類文明が崩壊するまで起こらなかったらしい。

結構なことだ。



それからはゼロも交えて話をした。

カズオ君は、親と死に別れてから自力でサバイバル生活を送っていたらしい。

近くの図書館跡で日々の暮らしを送っているようだ。

本を読み、興味の無い本は燃料にして燃やす。

そのおかげで、いろいろとサバイバル知識が身についたと話してくれた。

食い物については、雑草と虫の中から食べられるのをより分けて食べる。

寝るときは、これまた興味のない本を組んで作った寝床で寝る。

腹を壊さぬよう、水はよく沸かして飲む。

7歳にしては、じつにたくましく生きているみたいだ。



一通り話した後、カズオ君は少し不安そうな声で愚痴をこぼした。

「最近、手足の自由が利かなくなってきたんだよね。よくしびれるし。」

「そうなんだ。心当たりはある?」

「ここの医学書を読んだら、脚気と書いてあった。多分そうだと思う。」

たしかに、虫と草ばかり食べたらそうなるか。

俺も旅の途中で何回か経験がある。

「あの、カズオさん!」

とゼロが割り込んできた。

「その病気、治るって言ったらびっくりしますか?」

とゼロは続けながら、俺にウィンクを送ってきた。

「仕事を始めてよろしいでしょうか?」の合図である。

了解、の意味で俺はずいっとカズオ君に顔を寄せ、補足した。

「実はコイツは医療用ロボットなんだ。何でも注射で治せちゃう、優れものでね。」

するとカズオ君の目の色が一気に変わり――

「本当!?これ、治せるの!?」

「ああ、治るさ!約束するよ!」

喜ぶカズオ君に、俺はそう言った。

よほど手足のしびれがこたえていたのだろう。



カズオ君を寝床に寝かせ、俺とゼロは準備を始めた。

ゼロは体内で薬剤を合成し、俺は万一の事態に備えて腰に銃を忍ばせる。

「おじさん、ゼロはなにをしているの?」

「ああ、君の薬を作っているんだ。全部体内で合成できちゃうんだ」

「へえ、すごいや!」

カズオ君はすっかりウキウキしてしまっているようだ。

そもそも、人と会うのも久しぶりだろう。

初めて会ったときよりもずっと気分が高まっているようだ。



カズオ君に薬剤注入について説明したあと、

「ゼロ、薬剤の準備はどうだ?」

とゼロに尋ねると、

「順調です。まもなく注射可能になります!」

と答えた。こういう会話は堂々とした方が怪しまれないものだ。

数分が経過し、ゼロの準備ができた。

「コマンド、モード変換。注入モード」

「はいッ!平常モードから移行しますッ!」

「すごい、おじさんカッコいいや!」

「俺はまだ25だ。おじさんじゃないぞお」

と興奮するカズオ君を落ち着かせながら、目配せでゼロにコマンドを送る。



実行せよ。



「カズオさん、痛いけど我慢してくださいねッ」

そう言うと、ゼロはゆっくりとカズオ君に近づき――

首元を咬んだ。

騒がしかった図書館跡に、静寂が訪れる。

カズオ君は、どこか緊張した面持ちで痛みに耐えている。

ゼロは目を閉じ、その歯からゆっくりと薬物を注入していく。

俺は周囲に気を払いつつ、その行く末を眺めた。



注入が終わった。

「カズオさん、気分はどうですか?」

とゼロが尋ねる。

「うん、なんだか疲れちゃった」

カズオ君は目をこすりながら、眠そうに答えた。

「そうかあ。カズオ君、今日はゆっくり寝ると良い。その方が治りがよくなる」

「そうだね、おじさん……」

「ははは、俺はおじさんじゃないぞお。じゃあ、おやすみ」

「カズオさん、おやすみなさい。」

「うん…、おやすみ……。」

再び、静寂が訪れた。



……カズオ君の顔が、年相応のとても安らかなものになった。

「コマンド、モード変換。平常モードに移行」

「はいッ、移行しました。」

「バイタル状態確認せよ」

「はいッ、確認します。」



「――呼吸、脈拍とも確認できません。瞳孔の拡大もありません。」

「では、終了とする。お疲れ様、ゼロ。」

「……はい。お疲れ様でした。通信出来次第、衛星に報告します。」



職名を言っていなかった。

旧文明収束官。

急速な文明崩壊により、我々人類が自立的な生活を行うことは不可能になった。

人類から科学は失われ、野生動物に怯えながらただ死を待つ惨めな生活を送っている。

そんな生活を行うかつての同胞たちを安寧の地へと送る。それが仕事だ。



ゼロの正式名称は旧文明収束官補助用有機型人工知能。

その体内で致死性の薬剤を合成し、人々を安楽死へと導くのが役割らしい。

別の目的で作られたものを転用したらしい。

医療用ロボットか、軍事用ロボットだったのだと思っている。



俺だってこんな残酷な仕事はしたくない。

だが、しなければならない理由がある。

いや、理由と言うより言い訳に近いかもしれない。



それでも進み続ける。次の仕事を始めよう。












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