事の起こり/成れの果て
ナツメ
12月某日
絶体絶命だ。
トイレマットにへたり込み、便器にしがみつくような体勢になって、ああ、トイレ掃除をまめにやっていて良かったなどと場違いなことを考える。極端なストレスを受けると、人間の脳味噌はそのストレス源を認識しないために別のことを考えると前に何かで読んだような気がする。
ダンッ、とひときわ大きな音がして、ドアが
ドンドンドンドン、と絶え間なく響く扉を拳で叩く音に混じって、時折ガッと硬いものが当たる音がする。きっとそれは、握りしめたナイフの
先程チラリと見た鈍い輝きを思い出し、全身が総毛立つ。それが刃物だと認識した瞬間、とっさに鍵の掛かる場所――トイレに逃げ込んだのだ。
冷静になると――まだ全く冷静ではないのだが――完全に失敗だった。スマホはリビングに置いてきてしまったから誰にも連絡できない。同棲している彼氏は昨日から出張で、帰ってくるのは三日後だ。
そう、家を出る時彼は噛んで含めるように私に言ったのだ、一人になるのだからくれぐれも用心して、決して油断するな、と。それなのにこのザマだ。
またダンッと大きい音。狭いトイレの部屋全体が揺れたように感じた。体当たりをしているのかもしれない。鍵があるとはいえ、いつまで保つだろうか?
ドンドンガンガンの合間に、別の音があることに不意に気付く。多分ずっとしていたのだが、これも脳味噌が勝手にないことにしていたようだ。金属音か機械音のようなそれは、よくよく聞くと叫び声だった。何を言っているのか聞き取れないが、私を罵り、責め立てているようだった。
涙が出そうになった。
これまで生きてきて、他人からこんなに害意を向けられたことがない。簡素な鍵がついただけの、木製のドア一枚挟んで、そんな相手と対峙している。
どうしてこうなった。いったい私が何をしたというのか。あの日――
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