1000字短編集

藻草睡蓮

1 人間

 死刑。それが今日、俺に下った判決だった。


 夜道を歩いていた人間を3人ほど殺したらしい。被害者と俺に接点はなかったので、通り魔的犯行で極めて悪質だ、という評価だった。


 他人事みたいに言ってんじゃねーよ、と言われそうだが、俺はやってない。よく分からんうちに警察署に連れていかれて、目撃証言だのアリバイだの言われているうちに裁判所まで引っ張られてこの有様だ。

 だがもうどうでもいい。正直、生きている理由もないのだ。仕事も人間関係も別に問題はないが、何もかもめんどくせーな、という感覚が日に日に膨れ上がっていたのだ。そこへこの死刑判決だ。ある意味ちょうどいいじゃないか。


 これにて閉廷、となるところで、傍聴席の方から叫び声が聞こえてきた。人殺し!謝れ!うちの子供を返せ!

 そう言われてもと思ったが、俺が殺したことになってるんだから仕方がない。進んで有罪になるつもりもなかったから容疑はずっと否認していたし、反省の色なしと思われるのも当然だろう。


 だが、いくら生きる気力がないとは言え、人様に迷惑をかけたり、悲しませたりしたいわけじゃない。この際、本当に俺がやったことにして、謝罪の手紙でも書いてみるか。どうせ執行まで時間はあるのだ。


 独房にいる間にいくつか手紙を書いた。遺族への謝罪、親への謝罪、あとは友人、職場の上司へ。遺族に一人律儀に毎回返事を寄越してくる人もいた。許さないだ何だとさんざん言われた。騙して悪い気もするが、真実は俺が墓までもっていけばいい。あとは世間一丸となって俺の蛮行を非難すればいい。それでいいじゃないか。


 しばらくして、母親が面会に来た。上告?いやいいよ。俺がやったことにしといてくれ。そう言いたくなったが、実の息子に自分は人を殺しましたと言われるのも酷だろうと思って、やることにした。


 無罪。それが新たに俺に下った判決だった。


 マジかよ。もうすっかり死刑になる気でいたが、そう言われたら仕方ない。俺は刑務所から外へ出た。マスコミやら何やら大勢いる。その前を、一人の女性が歩いてくる。あのとき傍聴席にいたな。遺族か。

「私を騙していたのね!」

 困惑した。確かにそうなんだが俺が悪いのか?他の連中もカメラやマイクを向けてくる。今のお気持ちは?刑務所での扱い?分かりきったことを聞くな!うるせえ!

 そうか、俺はこれから世間の人間にこうしてつきまとわれることになるのか!久しぶりの感覚だった。


 めんどくせーなーー!!

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