私のかみさま

猪口怜斗

いつから

「どこまで、あるの」


目の前には終わりの見えない階段が続いていて、私と彼はそこの頂上を目指していた。

もう何時間歩いたかどうかも分からないけれど、どうしてだか上までいかないといけない気がしていた。

太陽に真上から照らされはじめたのはどれくらい前からだっけ、あたりが木々に覆われ薄暗く、涼しくなってきたのはいつからだっけ。

未だにセミの鳴く音が私を覆っていて、その音の中からふいになじみ深い音が聞こえてくる。


「きーちゃん、かえろぉよぉ。俺もう、疲れたぁぁ」

「…はーくんだけ帰ってもいいよ」

私がそう言ってまた上り始めると、いつも見たく「えっっ!!きーちゃんひどいよぉ!!」なんて大げさに言いながら引っ付いてくる。彼の腕に思ったより強く引かれて、足を止める。

彼の酷く冷たい手を引きはがし後ろを向くと、さらり、と自分の髪が下りてきて風で視界が埋まる。


私にはがされた手にはもう力は込められておらず、上目遣いをしてくるはーくんのいつものつっている目じりは下に下がっていて、かわいい顔だな、なんて思う。

なにか負けた気がして鼻をつまむと、大げさに痛がるはーくん。背筋をぴん、と伸ばして離れた彼の背は高く、数段下にいるはずなのにあまり差が感じられなかった。


「きーちゃん帰ろうよぉ」

「やだ、上までのぼる」

かたくなに曲げない私の顔を見ながら、彼はそのまま言葉を紡ぐ。


「だってさぁ、今夏だよ?しかも汗だくだし、ずっと上ってるじゃん」

そのまま不機嫌に顔をゆがめて言う。


「きーちゃん水分取ってないし、倒れちゃうよ」



そういう彼の言葉に酷く納得してしまった。だって、いつからか分からないけれど頭にもやがかかっているみたいだし、今は木々に囲まれてるとは言えどずっと太陽は真上から私たちを照らしているし、正確な時間は分からないけれど数時間は立っている。


汗も、沢山かいた…



「あ、れ」

「ん?どうしたの」

「あせ、まったくかいてない…」



顔を急いであげて、目の前の彼を見る。彼も汗の一つもかいていない。先ほどまで腰に回っていた手は、いつも通り、すごく冷たかった。

はーくんも初めから一緒に歩いてきた…初めから?


「はーくん、私たちどこから登ってきたんだっけ」

「んぁ?」

「ここは、どこ。はーくんは、いつからいっしょに、」


とどめなく自分の口からあふれ出す言葉と一緒に頭の靄が消えていく気がした。

私の頭の中には、何もない。いつの間にかここにいて、でも、上にいかないといけない気がして、。

それまで私は何をしていたんだっけ。



おもい、だせない。



その私の考えをあざ笑うように、蝉の声がひどくなる。うるさい、


「きーちゃん、こっちおいで。日陰のほうが涼しいでしょ」

腕を引かれて日陰に行く。いつの間にか木々の間から日が差していたようで、まぶしい。


上を見ると、ずっと変わらず太陽が上から覗く。日があんなに照っていたなんて、全然熱くないし気付かなかった…あれ、これも、おかしい。


どうして、不思議に思わなかったんだろう。さっき気付いてもおかしくなかったのに。あつく、ない。日が、落ちていない。…いいや、温度を感じてなくて時間がたってない。



その事実に気付いたとたん、血の気が引いた。ここはどこなの。だれか、だれか、




「きーちゃん、かえろ?」



ふと、うずくまった私に声が降ってくる。また、彼のことを忘れていた。

差し出してくれたはーくんの手を握る。いつもは頼りない彼が、どうしてか、神様のように見えた。





彼女は、人ならざる者によく好かれるらしい。今回だって、偶然のことだった。


いやぁ、焦ったなぁ。



彼女が連れていかれそう、と思った時のことを思い出しまた血の気が引く。今は目の前ですやすやとバカげた寝顔をさらしている彼女には、あの瞬間の焦りを体験させたい。死ぬかと思った。

でも、今回ばかりは本気で焦った。


いつものなら、俺の持つ“ちから”に負けてこんなことにはならないのに、今回は所謂『神』と呼ばれるものだった。彼女に異変を自分で気づかせないと、彼女の精神が一生こっちに戻ってこない可能性だってあったわけだから『きっかけ』をあげるのにも精神をすり減らした。



まぁ、でも、彼女のためなら。



何度人ならざる者に好かれても、何度連れていかれそうになっても、何度世話をかけられても、彼女の、きーちゃんのためならいい。


気持ちよさそうに眠っている彼女の頬を撫でる。彼女は警戒心のかけらもないから、いつのまにか俺が記憶にいたとしても気付かない。

現に、気付いていないし。



こういうところが『俺たち』みたいなのに好かれるんだろう。まぁ、そのたびに俺が守るから。それが神に仕える『白狐』と言われたおれの役割じゃなかったとしても。

「…んや、俺の役割であってるか」


撫でていた手をそのままずらし、彼女の前髪をよける。

そして、彼女の額にそっと唇を落とす。

おれを、捨てないで。拒絶しないで。気付かないで。


おれの、神様。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私のかみさま 猪口怜斗 @choko_reito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ