忌子だった聖女の私は、初恋の生け贄王子に全てを捧ぐ

花野 有里 (はなの あいり)

第1話 私の未来の旦那様①

 これは、今から九年前のお話。

 青く広い空の下。とある小さな王国の端っこの寂れた場所に、私の住んでいる貧乏な村はあった。鳥のモンスターが空をビュン飛んでいく。

 春の陽気が暖かいけれど、薄着の私は寒くてそれもありぐずる様に泣いていた

「やーい忌子! 闇のような色の髪の毛に炎の色の目! まるで悪女そのものの見た目の忌子ローザ!」

「とうとう孤児になって、さすが忌子!!」

「親殺しのローザ! 生まれた瞬間自分の母親殺してやんの」


 粗末な服を着た村人の男の子達が私を茶化す。中には石を投げてくる子もいる。

 私は暗い紫の長い髪を揺らし、太い眉毛を歪めて赤い目を何度も拭った。


「痛い! うわあああん。ヒドい、私、忌子じゃないもん。ローザ・ルーンだもん!」

「お前異常な力使えるじゃん。あ! ほら、また村が暗くなった! お前の力だろ! あ、次は光った!」


 まるで雷の前後の様に、周囲一体が明るくなったり暗くなるのは、子供の頃の私が感情を昂ると起きる現象だった。


「知らないもん! 勝手に光ったり暗くなったり物が壊れたりなおるんだもん」

「うわ、眩しっ」


 私が叫べば光や闇も強くなる。これが私の光と闇の魔力だと知ったのは、後々文献を読んでからだ。七歳だった当時は簡単な文字を読むので精一杯で、そんな能力も知識もなかった。


「あー。聖女様がこの村にいて、ローザを始末してくれないかな」

「そうそう。伝説の聖女様はなんでも救うんだよな。なら是非この村を救ってほしいぜ。こんな怖いやつ、殺してくれればいいのに」

「本当本当」


 そこに。


「こら、ローザをいじめるでない!」


 低い凄みのある声が村に響く。


「あ! 村長!」

「ごめんなさーい」


 男の子達があちこちに向かって逃げていく。

 村の中で保護者がわりになってくれている村長がやってきた。白髭を顎に蓄えた、背中の曲がった小さな優しい村長。お父さんと仲が良かったし、すごく穏やかで優しい。お父さんが事故死した時に、進んで私を引き取ってくれた人だ。


「ローザ、大丈夫だったかい」

「うん、ありがとう。村長」

「ほら、ご飯が出来てるからおいで。暖かいスープにブドウもあるよ」

「はあい」


 あの頃は、とても毎日が辛かったけれど、村長の笑顔が支えだった。自分の不思議な能力が正直怖くて手に負えなかったけれど。それでも、命をかけて私を産んでくれたお母さんへの感謝と、育ててくれたお父さんの愛情を支えに生きていた。


***


「ごめんなあ。ローザ。いつもデザートは酸っぱいブドウばかりで」

「ううん! 村長! とっても美味しいよ! 栄養いっぱいあるんでしょ?」

「まあ、そうじゃなあ、パンばかりよりは絶対に身体にいいのは確かだなあ」

「なら、食べるよ! 私、大きくなりたいし」

「ローザは小柄だもののぉ」


 小柄というかチビでガリガリというか……。

 その頃の私は、本気で酸っぱいブドウが好きだった。貧乏な村で、誰も相手にしないそのブドウは食べ放題だったのもある。他の子みたいに両親が揃ってない私は、食べれるだけで十分幸せな事をどこかで悟ってもいた。

 この国の食べ物は高い。食べ物はたくさん取れてると聞いた事があるのに……。何故だろう? 


「ローザ、服が破れてるよ」

「大丈夫、まだまだ着れるよ」


 衣服も高いし、何もかも高額で大体の村人は使い古した服を縫い繋いで着ている。唯一新しいものは各自の下着ぐらいだろう。


「よし、縫えた。ご飯も食べたし遊んでくるね。村長」

「いってらっしゃい。ローザ」


 私は笑顔で村長の家を出た。すると猫の声が聞こえる。

 そこには村の男の子達と、白い毛に青い目の毛の長いふわふわした猫がいた。


「にゃあああん」


 怯えた様子の猫は、大柄な男の子達に囲まれてバタバタしていた。

 あれ? あの赤い首輪の金色の飾りの模様、どこかで見たような……?


「なんだこの猫! いい毛並みじゃねぇか! 猫のくせに高そうな首輪もして」

「俺らなんかろくに食べれてないのに! ムカつく! いじめてやろうぜ!」

「やめて!!」


 私は反射的に叫んでいた、そして手から何か黒い光が出る。


「ぎゃあああ!? またローザ、忌子の力を使ったな!?」

「なんか手が痺れて動かない……」

「俺も、触れた方が動かない」

「猫ちゃん!」


 男の子がわあわあ騒いでる間に私は猫を助けた。


「にゃあああん」

「大丈夫だった? 猫ちゃん」

「にゃん!」


 ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる猫。可愛い。


「よかった……」

「にゃあ、にゃああ」

「あはは、舐めないで。くすぐったいよ」


 そんな風に猫を私が抱きしめて、撫でていると。


「ピピ! ここにいたの! ピピ!」


 私は腰を抜かした。


「!? 誰!?」


 だって。

 そこに、透き通るような肌を保つ金色の髪の綺麗な男の子が現れたから。青空のような綺麗な水色の瞳で私達をジッとみている。背丈は私よりは幾分高い。でも歳の頃はさほど変わらないように見えた。


「王子様……」


 私は心の声をつい漏らす。


「え? なんで僕が王子だって知って」


 王子様(仮)は本当に王子様だったらしい。それを知った男の子達は青ざめる。


「俺たちは猫なんかいじめてませんー!」

「何もしてないですー!」


 バカみたいに自白して、その場から男の子達は逃げた。

 私も反射的に猫ちゃんを王子様の方に向けて逃すと隠れる。


「え、え。なんで逃げちゃうの。僕、この国の王子、キラージュって言います。怖い人じゃないよ? 君がピピを助けてくれたんだよね? お礼がしたいから出てきて欲しいな」

「だって、私みすぼらしいから」


 その日、初めて私は自分の姿を恥ずかしいと思った。

 目の前に立つ綺麗な王子様はカジュアルな服なのだろうけど気品のある服を着ていた。礼装ではないのだろうけど一眼で王族だとわかる。


 何より容姿も麗しく、髪や肌の艶がもう村人の私達とは違っていた。どこか清潔な香りが漂い、見つめてるだけでウットリしてしまう。


「そんな事ないし、そもそもそんなの僕は気にしないよ。お礼がしたい」

「無理です。私、忌子だから」


 私は一生懸命記憶にある限りの丁寧な口調で喋った。


「忌子? あの伝説の?」

「はい。その、あっ」

「え、今……村が光った」

「これが私の力の一部なんです。同じように村全体を暗くも出来ます。不気味でしょう?」


 私は泣きそうになって肩を振るわせた。

 知られたくなかった。何故か強くそう思った。

 出会ったばかりなのに、彼に少しでもよく見られたい、そうどうしてだか凄く凄く感じた。

 どうせこの場限りの出会いなのに。


「それが忌子の力なの?」

「はい」


 私は俯きがちに答える。

 うーん、とキラージュ王子は唸る。

 そしてしばらくしてにっこり微笑んだ。


「昔国を救った伝説の聖女様も、光と闇の魔法は使えたよ。もしかしてそれなんじゃないかな。後で調べてみなよ」

「え」


 私が聖女様? いや、いやいやいやいや。嘘だ。


「君は忌子なんかじゃないよ。きっと聖女だ。だってこんなにも心が強くて美しいから」

「!」

「男の子達からピピを守ってくれたんでしょう。男の子達結構大きかったし、すごい勇気だと思うよ。本当にありがとう」

「王子様」


 私はキラージュ王子を見てつぶやいた。

 キラージュ王子は首を横にふる。


「ねえ。僕の事キラ、って呼んで」

「え」

「僕は君と友達になりたいな、また会えた時、遊ぼう」

「滅相もない!」


 王族と平民が遊ぶなんて、そんなの無理だ。

 でも、ドキドキした。心臓が高鳴って止まらなかった。胸も苦しい。何コレ。

 私、もしかしてキラ王子の事……。


「わかったよ。残念だけど、今日はこの辺で。本当に、ピピを助けてくれてありがとう」

「いえ!とても可愛い猫ちゃんでした! お、お元気で!」

「ありがとう」

 キラ王子の笑顔は私には宝石より眩しかった。

「いつか、また会えますように」


 ナチュラルにそう言って王族に頭を下げられて、私は腰を抜かしそうになったの覚えている。しばらくは頬が暑くて高熱があるみたいでその場から動けなかったっけ。

 これが、私とキラ王子との運命的な出会い。


 そして数日後、十年後にキラ王子は王国のために魔女の生贄になるという噂が流れた。


 子供だった私は、パニックになりながら聖女になればその力でキラ王子を助けられると思った。どの本にも聖女は全てから大事なものを救える存在だと書いてあったから。


 それが、私が聖女になるべく本気で魔法を頑張り出した理由だ。


***


 そして現在。昔と変わらない青い空の下。あれから九年経った。


「ねえ。村長、私も十六歳になったよ。今年も元気に頑張るよ。今日も国の図書館行ってくるね」


 私は背が伸びた、子供のような体つきだけどもうそろそろ結婚しててもおかしくない年頃だ。

 村長のお墓にお花を添えて、私は目を瞑り手を合わせる。さっきお父さんとお母さんのお墓にも手を合わせた。

 あれから私は国の図書館に通い詰めて、魔力をどんどん上げた。


「ローザ、洗濯物を乾かしてくれないかい。光の力で」


 村のおばあちゃんは申し訳ない顔で洗濯物の桶を差し出してきた。


「いいよ、おばあちゃん。はい!」

「おお、凄いのぉ、すぐにふかふかカラカラだ。ありがとうねぇ、この木のみをあげよう、甘いよ」

「いえいえ。木のみありがとう、ん、美味しい」


 赤い木の実は、果汁がいっぱいでどこかりんごに似ていた。

 こんなふうに、魔法を頼ってくれる人中には増えた。かなり嬉しい。

 けども。


「おい! また聖女ぶってんのかローザ」

「ウザいんだよ」

「忌子のくせに」

「私、忌子じゃないから」


 最近は攻撃的な村の男の子の言葉も痛くない。無視できる。だって私はいつか聖女になる女の子。そして、あの日好きになったキラ王子にまた会うために頑張る女の子なのだから。


 キラ王子。どうしてるのかな。ちゃんとご飯食べさせてはもらえてると思うけど……心配だなあ。王族のイベントとかは、私じゃ平民すぎて縁がないし。

「なあ。そういえば、この前もレイフ王子が綺麗な女の子と遊んでたってよ」


「王子様なのにそれってどうなんだよ」

「さあー。お貴族様の女の子しか相手にしないらしいけど」


 弟のレイフ王子は、こうやって噂になるのに。

 キラ王子の噂は、いいも悪いも何もない。今のお姿も、公表すらされていない。レイフ王子たちの肖像画はいっぱい作られているのに。太っているらしい王様や怪しげな美貌と噂の王妃様は、豪遊の噂ばかりを聞くけれど、どこにそんなお金があるのだろうか。年々税金が上がっているけれど、まさかその税金?


「ていうか、なんか旅人が村に来てて村長が相手してるってよ」

「どんな奴だよ」

「なんか地味で貧乏そうな」

「案内料ももらえねけなら観光客は興味ねぇや」

「オレも」


 どんな人かな。みんなが相手にしてくれなくて困ってないかな。

 私、その旅人さんの所に行こうかな。心配だから。きっと寂しいに決まってる。


***


 そこにいたのは、綺麗だけど目の死んだ黒髪の青年だった。

 着古しているけれど、品が良さそうな服。昔は裕福だったのだろうか。どこかで見た刺繍が気になるけれど、思い出せない。


「あなたが旅人さん? これ、この村で作ったもので料理したご飯。歓迎の印に食べて」


 私はバスケットに入った手作りの食事を突き出して尋ねた。


「ほっといてくれ、僕はひとりで大丈夫だから」


 そう言いながら旅人はお腹を鳴らす。


「食べないと廃棄することになるし、お願い。食べて」

「そこまで言うなら……ありがとう」


 旅人からはお風呂に数日入っていないような匂いがした。

 旅の間、ずっとどこにも止まらず野宿してきたのかもしれない。


「お風呂は一応あるから浴びてく? 服は魔法で乾かせるよ」


 貴族が使うような豪華なものでない、たまに水しか出なくなる自家製シャワーにドラム缶のお風呂だけど。この状態ならないよりはマシだろう。


「こんな僕に優しくする意味なんかないのに。何も渡せるものはないんだよ」


 旅人は申し訳なさそうに俯いた、少し顔色が悪い気もする。体調が悪いと言うレベルではないけれどもしかして病弱なのだろうか。


「物なんかいらないし、意味なんか、必要ないよ。優しくしたいからするのよ」

「え」

「頑張りたいから頑張るし、笑いたいから笑うのよ」

「自由でいいね、羨ましいよ」


 そこで旅人は初めて笑った。


「あ!」

「?」

「私、ひとりで暮らしてるから泊まっていくといいわ」

「え、君って女の子だよね?」

「そうよ?」

「…………」


 どこか困惑した様子の村人。何か言いたげだ。

 私男の子に見えるかしら。おかしなことを聞くのね。

 私が首を傾げていると、旅人はため息をついた。


「寂しいから、絶対一緒に泊まっててほしいわ。私、本当いつもひとりだから」

「はあ」

「お願い一晩だけでいいから泊まって、私の話し相手になって! 旅人さん。あ、それよりお風呂ね。家に帰ったからご飯を食べていてね。その間に準備するから」


 凄く私は楽しかった。久しぶりに人と交流できたから。

 ご飯をご馳走してみると、旅人は全て美味しそうに平らげた。


 人参のジャムとバゲッド、優しい味のつもりのコーンスープ、私が自分で頑張って作ったチーズ。そんなシンプルなものだけど凄く幸せそうに頬張ってくれた。

 そしてお風呂が準備できて、旅人にタオルを渡すのを忘れたと気づく。


 慌ててタオルを用意してお風呂のある野外に向かう。

 けれど、そこにいたのは。


「ごめん、タオルを忘れて、きゃああ!?」


 ……半裸になったキラ王子だった。間違いない、あの金髪(黒い髪に一時的に染めていたらしい)に空色の瞳。整いすぎたお顔。背は伸びて大人になっているけれど、間違いなく憧れのキラ王子だ。そんなキラ王子が目の前で、私に気が付かず服を脱ごうとしている。


 当然私は逃げるようにタオルだけ置いて部屋に戻った。


「はわわわ」


 そして両頬を押さえテーブルに顔を埋め足をバタバタさせるしかなかった。

 なんでキラ王子があんな姿で? 従者もつけず? 完全お忍びだよね。何か訳ありなんだろうなあ。そう思うとあの日の私ですなんてとても言えるわけがなく。


 しかし、それにしてもやっぱり美しい。でも、異常なぐらい痩せていた気がする。肌の色も青白い。まるで病人のような……?


 心配だ。せめて明日できる限りのご飯のおもてなしをしよう。あちらでは高級なご飯を食べているだろうから、素朴でもここでしか食べれないものを。

 そう思って腕を振るおうと妄想するうちに、私は眠ってしまっていた。


「ん……? 朝?」


 目が覚めるとそこにキラ王子はいなかった。


「え、あれ!? キラ王子!?」


 反射的に名前を呼んで、私は家中を探し回る、すると、一通の書き置きが見つかった。


『ありがとう、楽しかったよ』

「はわわわ、家宝―!」


 私はその書き置きを持って飛び上がる。なんて綺麗な字なの! 品のいい便箋なの! 流石はキラ王子。浮かれて書き置きに頬擦りしてしまう私。


 でも、よかった。なんであんな姿なのかはわからないけれど、キラ王子は生きている。

 後はどうにかしてキラ王子を救えるようなるだけだ。方法は全く浮かばないけど。


 浮かれた気持ちにとろけそうになりながら私は鼻歌を歌う。

 そして村に旅人が帰ったと伝えにいく。

 朝も村は賑やかで、ニワトリや雑魚モンスターが歩いている。


 すると。いつもの村の男の子たちがニヤニヤして私をみた。

 そして、


「なあ、あのダサい旅人男と時自称聖女のダサダサローザってお似合いじゃね? 絵になるよな、ギャハッ」

「わかるー。ってオイ、なんでローザにやけてんだよ。不気味なんですけど」


 なんて言うから。

 私はその日の間ずーっと緩んだ顔で魔法の勉強に励む事になったのだった。

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