第2話

「私たちは今からあの満月のように変化をするのですね。雲に隠れる時もあり。欠ける時もあり。一日でも同じ姿ではなく……。今は森の魔女の助言を聞いてみることが、国や私たちにとってもっとも重要なことだと思うのです。きっと、力になってくれるはずです」


 実は、俺は姫の恐怖をどうすることも出来ないのだ。

 自分自身はまったく怖くはない。

 死ぬことも、そして、国が滅びることすらも。

 だから、どんな声を掛けていいのか正直解らなかった。


 何故か気持ちがこもっていないように思えます……。


 いつもの声色です……。


 何も感じないのですか?


 そんなことを言われてしまうのが怖かったのだ。


「では、戦争が起きるまでに帰ってきますよ。年老いた老婆か美人な魔女を連れてね」


 俺は恐怖を軽く払拭すると、いつもの調子を保つことにした。


 それしかできなかった。


 翌朝に俺は平民に変装して徒歩で城を抜け出した。


 弱い陽光で静かな城が落ち込んでいるように見えた。

 戦争の前に騎士団長がいなくなっては、その国は滅びたも同然だが。俺にはそれよりも大切なものが出来たんだ。


 国よりも大切なものは、何か? その答えは今の俺にはさっぱり解らなかったが。俺は城を後にした。


 城下町はいつもより静かだった。


 客引きもしない露店に、噴水のある広場を人々が生気のない顔で座り込んでいた。往来を行き来する馬車も心なしか項垂れて静かに通り過ぎ去っていった。

 今頃は副団長のサルバンが真っ青だろう。でも、戦争の準備で忙しいはずだ。

 こっそりと城下町から裏門を抜ける。


 ここから歩いて森の中までは、誰にも話さないことにしていたが、一人の吟遊詩人を見つけた。俺はほんの気紛れで一曲お願いすると、吟遊詩人は場違いなほど陽気に歌いだした。


「この国は滅びる~。けれども、新しく生まれ変わる~。大勢の死は誰かの心に残り。大勢の生きる糧にもなる。死とはそういうもの~。また、生きることもそういうもの~。違いは遠くへいくか~、近くへくるか~」


 俺は大笑いして吟遊詩人にお礼を言って、森を目指した。

燻んだ空の下。

 森へ続く大橋を荷物持ちの人々や傭兵の人など沈みがちな顔が通り過ぎる。

 俺には寂しいということも、よく解らず。

 森の中へ入ってみても、やはり何も感じなかった。


 道中。

 

 森で鹿狩りをしたり、川で体を洗ったりして、4日後にやっとそれらしい場所を見つけた。

 もう国が滅びているかも知れないが、俺には姫との約束がある。

 いつの間にか、姫との約束が国よりも大事になっていた。

 質素な天幕が幾つかある森を開けた広場だった。

 中央にたき火があるので、そこへと向かい辺りを見回すと、一人の老婆が天幕から現れた。


「なんじゃ、持って来たのは首飾りか?」


 俺の顔を見て首飾りのことを言うのだから、この年老いた女が有名な魔女の一人なのだろう。


「婆さん。森の魔女だろ? 一緒に来てくれないか。国が滅びるんだ」

 年老いた魔女は首を振り、

「国はやがて滅びるものだ」

「なんとかしてくれないか」

 すると、もう一人の魔女もでてきて同じことを言った。

 それから、三人目と四人目も同じことをいうので、俺は仕方なしに4人の魔女を半ば強引に引き連れて国へ戻った。

 城に着くと、国はまだかろうじて滅びてはいなかった。

 しかし、城の周りには大勢の死骸と強国の軍勢が包囲していた。

 大橋や城壁は黒煙を上げ、自軍よりも敵軍の旗が目立った。

 俺は魔女たちを裏門から連れて、城の中へ入ると、変装した姿の俺を見破ったサリバンが血相変えて俺たちを出迎えた。


「もうこの国は駄目だ! 降伏しかない!」


 サリバンは俺がいなかったことを嘆くと、そのまま地面にへたり込んでしまった。

 俺は姫との密会に使っているバルコニーへ4人の魔女たちを連れて急いだ。


 姫はいた。

 涙を浮かべこちらに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る