四つの贈り物
主道 学
第1話 四つの贈り物
燭台の仄かな明かりでここから寝室が見える。
俺は今までもう何年と寝ているローラ姫に何も言えなかった。
廊下の曲がり角で佇み。回れ右して自室へ戻った。
姫は眠り続けた。
あれは数年前のローラ姫との密会の場。
玉座に座る王の重税に苦しむ民と戦争を何とかしようと姫が考えていた時だ。
バルコニーに現れた4人の有名な魔女は、それぞれ姫に贈り物をした。
一番目は祝福を。
二番目は名声を。
三番目は美を。
四番目は永遠の眠りを。
「いやー、騎士団長は剣の腕はピカイチですなー」
禿げ上がった副団長の騎士はサルバンという名だ。
俺は剣の腕を磨くのが子供の時から案外好きだった。
甲冑の下に収まりきれない筋肉に、均整のとれた顔立ち、長髪が流れる長身の俺の姿はまさに騎士たちの憧れの的だった。
「そうだな……」
俺は独り言のように言うと、訓練場を見回した。
広い訓練場には他の騎士たちも本気で稽古をしている。
皆、超重量の大剣で打ち合っていた。
俺はここグルジョンツの中で一番好きな場所は実は台所だったが、ここ訓練場は二番目に好きなところと言えた。
グルジョンツは1231年、ドイツ騎士団が城を建設した場所で、それから戦争を繰り返し100年余りが過ぎた。
埃の臭いが漂う訓練場から、木枠の窓の外には、城下町とヴィスワ川を挟んだ広大な森林が広がる。
そこは有名な4人の魔女たちが住まう森だ。
昔からの言い伝えでは、城や国民になんらかの災いがもたらされる時に、いつの間にか現れて助言や力を与えてくれるのだそうだ。
だが、戦争の多いこの時代で、今まで一度もその姿を見た者は一人もいなかった。
魔女の姿は世にも恐ろしい老婆とか、この世のものとは思えない絶世の美女の姿だとか色々と噂を耳にするが、俺は戦いと飯があればそんな噂も魔女も気にすることはなかった。
あの日までは……。
城は南西130キロのところにある国からの侵略を受けていた。
王は即座に戦争の準備をしろというが、相手は強大な国だった。
武力で敵うわけもなく。
かといって、無条件降伏もしたくない。
王は考えた。
傭兵や徴兵。隣国の援助ととにかく金のいる戦争の準備を整えた。
そのため、国民にかなりの重税を課すことが通例となり始めた。
貧困と犯罪が問題視され。
人々の不安と緊張は頂点に達した。
それから。戦争と民の為に、騎士団長の俺は王の12番目の娘。ローラ姫に度々密会をすることになった。
ローラ姫は才覚のある白鳥のように美しい肌を持つ人だった。
若い年齢を感じさせない。王と変わりがないほどの思慮深さがあった。
12夜の日。
12の鐘の鳴る夜。
俺とローラ姫は口づけを交わした。
まもなくこの国は戦火の中に消える。
俺も姫も死ぬことを覚悟したその夜。
一つの希望がでてきた。
それが、森に住む4人の魔女だった。
いつものバルコニーで姫と密会した。
ここは姫と二人だけで出会う秘密の場所だった。
「ラルフ様。騎士団長のあなたにお願いがあります」
ローラ姫は首に飾られた宝石をはずし、俺に渡した。
それは輝くエメラルドやダイヤでできた首飾りだった。
「これを、言い伝えの森の魔女に渡してください。きっと、助言や力を与えてくださるでしょう。でも、例え森の魔女がどんなに美しい娘だったとしても、心を奪われないでくださいね」
姫は悲しみの顔だが、仮初めに悪戯っこのように微笑んだ。
俺はニッと唇を吊り上げて首飾りを懐にしまうと、明日の晩まで寝ている間も肌身放さないことにした。
「まもなく新しい風が吹きます。それはこの国を大きく変えることになるでしょう。民草も。王も。騎士も。ですが、これから変わることをどうして恐れることがありましょうか?確かに変化は時に恐怖です。でも、きっと生まれ変わることは素晴らしいことだと思います。私たちに出来ること……それは、変化を迎えることだと思います……私も正直、怖いです。眠れなくなるほど怖いです」
ローラ姫は涙を流し、天空を指差した。
そこには満月が佇んでいた。
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