月と太陽、僕と君。

空一

第1話

「月影?

 フフッ 君と私は正反対だね」

 月と太陽は正反対なんてよく言われる。

 ただ、面と向かって、いや、面と向かわずともそんなことを言われたのは初めてだった。

 でも、数年に1回、太陽と月は出会う。そんな日は“日食”や、“月食”なんていわれたりするけど、君が今行っているのは“侵食”。陰にいるものを陽の世界へと引きずり入れ、痛み付けて陰に大きなダメージを与える侵食。

 そうやって君は、僕の光を奪っていくんだろう?まるで、日食の日の太陽のように...

 

 

 僕は決して陰キャなどではない。先生に愛想よく接することが出来るし、人に頼まれたことはちゃんとやる。ちゃんと朝ご飯も食べて、夜は日付が変わるまで起きていることなんて一度もない。

 えっ?名前が月影紫苑なのに、夜には早く寝るんだ~、いがーい。

 うるせえ。こんなやつは消えてしまえって思う。人を名前で判断するやつは、自分を陽キャだと思っている、クソイキリ陰キャだ。

 ただ、そんなやつらは、自分はそんなやつとは違うとか思って、自分を愛し、守り、自己肯定をする。

 結局あいつらはそんなやつらなんだよ。

 僕は、そんなことを思いながら、僕の席の斜め前方に固まって群がっている奴らを見てた。

 高校生だからといって、朝からあいつらはよくあんなに騒ぐことが出来る。

 僕は、相手の名前を覚えることが出来るスーパーmanだから、あのクソッタレの奴らのことは全員知っている。

 向かって左の金髪から、剛堂,村上,本井,前園

 女子は向かって左のマニキュアから、

 新名,宮藤,前山,そして、陽ノ日はられ。

 なんだなんだ?最後だけフルネームなんて、なんか特別な感じがするんだけど?

 とか、今僕と心がつながっている人は思っているんだろう。あ、ちなみに僕はテレパシーとか、『こんなこと考えている俺。もしかしたら、誰かに聞かれてるんじゃないか?』とかいう戯れ言を真剣に信じているタイプだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 なぜ、僕は陽ノ日をフルネームで読んだのかというと

 .........。

 特に意味はない。

 「え~何それ?!」

 新名の甘甘のねだり声を聞いた僕は、体がビクゥッってなった。

 いや、ほんとまじで。ほんとまじで聞かれてるかと思ってた...

 キーンコーンカンコーンキンコンカンコンキン

 8:25分、予鈴のチャイムが鳴った。僕はこの予鈴のチャイムが、最近ファミリーマートの入店音に聞こえている。

 というか、特殊だ。絶対この高校、日蔭高等専門学校のチャイムは。普通、キン、で終わらないだろ。普通は。

 話しは未来に飛ぶが、その日、陽ノ日はられは、僕をずっと見ていたらしい。それを僕が知るのは、まだ先になるのだが...

 

 キーンコーンカンコーンキンコンカンコンキン

 ふあーっ、あっあっああああ!

 やっと今日の授業が終わった。終わりのチャイムも、ファミマの退店音だ。

 知っているだろうか、ファミマの入店音と退店音は同じ音なんだぜ?知らなかっただろ~う?

 「月影」

 ふわい!僕はさっと、後ろを振り返った。聞き馴染みのある声。僕がこの世で逆らえないのは、法と秩序とこの女だ。

 分かってはいたのだが、僕を呼び止めたのは、2年2組副担任の、山之内桜先生だった。

 「何ですか、師匠。」

 「その呼び方は止めろと、君には言ったはずだが?23番目よ。」

 「何人弟子いるんですか...」

 僕は卑屈そうに笑みを作った。この顔なら、僕の次に名の出るものはいない。

 「トゥエントゥースリー、お前に頼み事をしたい。」

 .........。

 帰ります。そうして僕は、肩にバックを乗せた。重い。重いなあー。きっと僕は真面目だから、教科書全部を背負っているんだろうなあ。じゃないと、こんな肩にくる重みは体感できないはずだ。

 恐る恐る、自分のバックを見る。両手に押しつぶされていた。その手はピンクのマニキュアが塗ってある。新名?!顔を上げると、老けていたので、それは違うことに気がついた。

 「月影~、逃がさんぞ~」

 ひいいい、怖い怖い。

 師匠の顔がみるみるうちに、僕が唯一逆らえない顔に変化していく。何でこの人は、こうも人を威圧することがうまいのだろうか。キャバクラの裏方でもやってたのか?

 僕は嫌々、「はいはい、話しぐらいなら聞いてあげますよ、師匠。」と言った。ちなみに、嫌々な声も、僕の声の右に出るものはない。調査・提供は僕。

 「はっ~、お前は昔からそう、頼み事がいやだよな。誰がお前をそんな風にしたんだ」

 お前だよ。と出そうになる言葉を、僕は必死に押さえた。

 「トゥエントゥースリー、私がお前に頼み事をしたいのは、他でもない。この子の手伝いだ」

 そう言って、山之内先生の後ろから、ひょこっと顔を覗かして、僕を虐めそうな目で見てきたのは、陽ノ日はられ。見事なフラグ回収だった。

 陽ノ日は、何も言わない代わりに、僕に近づいてきて言った。

 「君、面白いね!名前は?」

 名前?もしかして、知らないなんて言わないよね?同じクラスだよ、僕。

 でも、陽ノ日はほんとに分からないような顔をしている。僕は君の名前を覚えているのに、君は覚えていないなんて、僕が馬鹿みたいじゃないか。

 「月影...。月夜の月に、陰キャの陰って書いて、《月陰》...」

 僕は、少しでも抵抗しようと、自分の名前の漢字を間違ったもので教えるという、自分でも卑屈で、意味が分からないことをしていた。

 でも、陽ノ日は、腹を抱えて、ケラケラ笑っている。なにか、ツボに入ったのだろうか、過呼吸になって、机を叩いた。

 えっと、救急車の番号は...

 「ヒーッ、ヒッヒッヒッヒッ、陰キャの陰って...プフッ、アハハハ!反則、だよ~」

 彼女はそう言って、まだ過呼吸が収まりそうにない。やはり、115番に電話した方がいい気がする。115は、俺が導き出した、救急車の番号だった。

 「で、先生。俺は何を...」

 「ああ、君か?君はなあ、彼女と文化祭実行委員をして欲しいんだ。」

 ふえ?思わず、素っ頓狂な声がでた。

 「ふえ?ふえって...ップフ、アハハ!ヒヒ」

 そう言って、彼女はまたツボにハマった。彼女は、笑いやむことはあるのだろうか。

 それにしてもだ、僕が文化祭実行委員?死んでもやるわけないだろう。というか、いつ決まったんだ、そんなの。僕は他の陰キャとは違う。授業中は寝たりなんかしないし、休み時間も決してうつ伏せになったりしない。静かに、クールに外を眺めている。クール陰キャとも言うんだろうか。

 そんなこんなで、僕は一つたりとも、聞き逃しなんてしない。でも、文化祭実行委員なんて、初耳だ。文化祭という言葉も、今の時期、早すぎて聞いたこともない。今は、6月。文化祭は、11月22日。まさかまさかの、僕の誕生日だ。なのに、この女は、僕に実行委員をやれとか言う。頭おかしいんだろうか?

 「悪いがなあ、お前がどう足掻こうが、これは決定事項だ。簡単に覆すことなんて出来ない。」

 「そうです、君は面白いから、きっと文化祭実行委員はお似合いだよ!」

 そう言って、彼女は思い出し笑いで、また腹を抱え始めた。もう、リアルにこいつを病院に連れて行った方がいいんじゃないか?

 面白いとか、面白くないとか、そんな話しじゃない。僕が単にやりたくないのだ。僕には自己決定権がある。それは最高法規で定められて...いや、新しい人権の中だっけかな...

 そんなことを思っていると、山之内先生は、ドアノブの手前まで来ていた。

 「じゃあ、後は二人で頑張ってくれ~」

 「え?っ、おい!」

 ガラガラガラ

 無情にも、古びた鉄がすり減る音が聞こえた。

 ...やられた。やられた、やられた。

 こうして僕は陽ノ日と二人きりになってしまった。こうなってしまっては、抗う方が、おかしい気もしてきた。

 ギイッ イスを床に滑らして、僕は自分の席に座った。はあっ~。あのクソババア、絶対いつか復讐してやる。三十路過ぎたババアが、今ごろ僕の青春を邪魔したって、お前の失敗した青春は取り戻すことができねえんだよ。

 そのとき、陽ノ日が僕の前の席、千景俊弥の机を引っ張ってきて、僕の机と、ピタッと向かいあわせた。

 「それでは、今から、文化祭の実行委員会を始めます!気をつけ、れえい!」

 「お願いしま~す!って、私だけ?!なんかはずい~」

 ...うるさいなこいつ。こいつと絡んでるやつはみんなこのテンションなのか?

 俺はそんなもんに抗って、陽ノ日を無視した。こいつと僕は違う。そんなの見れば明らかだ。

 「月陰くん!なんかさあ、私と君は正反対だね!“陽”と“陰”で、水の電気分解みたい!」

 あのお、水の電気分解だったら、陽極から出る気体より、陰極から出る気体の方が多いんですけど、それは、僕が君より勝っている、ということで、いいんですか?いいわけないですね。何言ってんだろ俺...

 「あ、また面白そうなこと考えてる感じしてる!君の独り言は、テレパシーじゃなくてさ、音で聞かせてよ!」

 はあ~っ。僕は大きく息を吐いた。

 「陽ノ日さんは、水素と酸素の違い分かる?酸素は、勢いよく燃え上がるだけだけど、水素は、ボンッと音を立てて爆発するんだよ。てことは、僕の方が陽ノ日さんより、勝っているってこと」

 僕は、嫌々に言葉を連なれた。

 さすが、世界随一の卑屈だなと自分でも思った。これで、大抵の人間は僕に話しかけることも、近づくこともしないはずだ。やっと一人きりに、楽な独りになれると思った。

 それでも現実は違っていた。

 「ヒーッヒヒヒ、ハハハハハ!やっぱり、君、意味分かんなくて面白いね!」

 ...意外な、思いがけない、思いもしない、陽ノ日のこの反応に、僕は少し驚く。

 「あと、私を呼ぶときは、陽ノ日さんじゃなくて、君って呼んで欲しいな。なんかなんか、そっちの方が、独り言っぽいじゃん?!」

 「...はいはい、分かったよ。君君君。」

 僕は半ば諦めていたかもしれない。どれだけ独りになろうと抗っても、こいつはひっつき虫みたいにくっついてきそうだと思ったから。

 だから僕は、陽ノ日を受け入れた。

 「その卑屈さは、goodだね!」

 そう言って、君は僕に親指を立てた。知ってる?その親指を下に下げると、万国共通の死の魔法になるんだよ?いけないんだよ?

 そんな感じで、僕と君は出会った。正反対な月と太陽が、混ざり合っちゃいけなかったんだと気づくのは、もうちょっと、先だった。

 

 「ねえ、ちょっと!真剣に考えてる?!」

 っ...ん?ふわあああ、あれ?空が明るくない。どちらかというと、赤い。夕焼けだった。

 夕焼け?僕はあの後、家に帰って、ベットで横になって...

 「まさか、君さあ、寝てたの?」

 あっ、そうそう、僕は寝てたんだった。第1回実行委員会から寝る僕は、なかなか度胸があっていいだろう。

 というか、眠くなるのも当たり前だ。

 僕は、これまでに出た、文化祭発表案に目を落とす。

 《嵐を呼んで、一緒にライブ!》

 《学校でケイドロ!》

 《大型ケーキを作ってみんなでパーティ!》

 《逆に何もしない》

 ... うるさいやつの思考は、ほとんどこいつのような思考なのだろうか?特に4つ目なんて最高だな、僕と意見が一致している。

 「4つ目、いいね」

 「もしかして、君、ジョークとか分かんない感じ?」

 「あいにく、アメリカ生まれではないんでね」

 そんなことを言いながら、僕は時計に目を移した。

 第1回文化祭実行委員会が始まってから、1時間を過ぎ、塾の時間が近づいてきた。僕は、塾なんて行ってないのだけれど。

 そこはかとなく、聞いてみる

 「あのさ、もう6時になるし、僕はそろそろ帰らなくちゃいけないんですけど...」

 「塾?」

 くっ、やはりそうきたか...

 「いや、違う。僕の家は、独学で家庭教師やってるからさ。ほら、二重人格ってやつ?」

 しまった。陽ノ日が、僕の顔を睨み付けてくる。

 さしずめ、意味分かんない~、月影君キモーい。とか、思っているんだろう。でも、僕にはそんな攻撃は効かない!さあ、罵ってくれ!今こそ、培ってきた耐性力を見せつけるときだ!

 しかし、陽ノ日は意外にも何も言わず、ただもう一回時計を見て、何か分かったように、机にばら撒いてあるプリントたちを集めて、席を立った。

 「そういうことなら、一緒に帰ろうか。ね?“厨二病”くん?」

 う、う、うわあああ

 僕の耐性に厨二病という言葉は無かった。

 

 僕は厨二病ではない。ただの陰キャでもないし、厨二病でもないのは、少し欲張りすぎかも知れないが、僕はどちらでもない。

 目に眼帯なんて、気持ち悪くて、付けようとも思ったことはないし、手に包帯も、どこか怪我した以外は、付けたことがない。それなの...

 「厨二病くん、何で、そんなに髪を伸ばしているの?」

 くっ、う、うわあああ!

 僕は厨二病なんかじゃない。この長い髪も、髪を切るのが面倒くさいだけで、『髪切らない俺って、ミステリアスでかっこいい~』とか、そういうわけじゃない。僕は厨二病なんかじゃない。僕は、キラじゃない...

 「ハハ、アハハ!君、痛いとこを突かれると、体がビクンビクンなるのが面白いね!

 ヒヒヒ、アハハハ」

 そう言って、陽ノ日はまた、ツボにハマった。

 こいつは、笑うのが仕事なんじゃないのかって思ってきた。1笑い=100円とか

 「まあまあ、陰厨くん」

 なんか、一括りにされた

 「空を見てみよぉう!月が、出てますね?ということはですよ、ということは、これから君はもっともっと面白く、覚醒状態に入ってくるんじゃあないかと、私は思っているわけです!」

 は?ソシャゲのインフレかなんかか?

 「だからさあ、なんか、面白いことやってよ!」

 ...この人は、何を言ってるんだろうか。知ってる?『何か面白いことやってよ』は、人によっては、死の魔法なんだよ?

 こいつは、僕に、今、死の宣告をしている。

 でも、僕はそんなのは、破って捨てる派だ。

 やってやる

 「ふとんが吹っ飛んだ

  菊をキック

  妖怪になんかようかい?」

 ...... 僕は、決して、やってるときに後悔なんてしない。終わった後に後悔するタイプだ。

 これは、やってる。

 「...ッ、プフッ、イヒヒ、ヒヒ、ハハッアハハハ!ハ~、やばいっ...うけるっ...ップフ、

 アハハハ!妖怪になんか、ようかい?...ップフ、やばい、下らなさすぎて、スベりすぎて、逆におもろい...っ、はあ~、癖になりそう」

 意外にも、反応は悪くなかった。手応えは、悪すぎたが

 「はあ~、あっ、私ここだ。この道だ!危ない、危ない。君のせいだよ?もー」

 少なくとも、僕のせいでは、1㎜もない。

 「じゃ、また明日。バイバイ!」

 陽ノ日が手を振ってきたので、僕も何となく手を振り返した。

 「あれ?スベり魔くんは、ちゃんと返してくれるんだ...」

 あのう、10秒毎にあだ名を変えるのはよくないと思いますよ。けっこう、心に、キてるんですから。というか、手ぐらいいくらでも振り返しますよ。

 なんたって僕は、陰キャでも、厨二病でも、陰厨でも、スベり魔でもなくて、

 クール陰キャですからね。

 ...あれ、結局陰キャか?

 そんなことの内に、陽ノ日は街路樹の方へ消えていった。もう、この木の葉っぱは、緑色に色づいている。夏は、そんなに好きではないのだが、葉っぱたちが、それぞれ同じ色に変わっていく様子は、なぜが、なにか、

 成長を感じさせた。

 そして、月は、綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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