肩代わり 後編
怒りに任せて、キラは倉庫のドアを腕づくで開ける。
自分の身代わりを他人に任せて、なおかつ指示を怠る男に、キラは心底腹を立てている。
大きな籠が積み上がった影に、ユーリスは屈み込んでいた。体調が悪いわけではなさそうだけど、彼は壁に体を預け、ぼーっとした目をしていた。
心優しいドークロー・ヨイノやサムス・マロト、ガドロブ・ボーワが此処にいたら、穏やかな笑顔で彼に近づき、抱きしめるのだろうけど。でも、完全に怒りに溺れたキラに、そんなことは到底出来そうになかった。
性格が悪いことは、重々承知したうえで。こじ開けたドアを、大きく三回叩いてみる。ドアを開けた音にも気づかなかったユーリスが、ノックの音にやっと肩を震わせた。
「何してんノ?さっきからずっと、話しかけてるんだケド。」
ユーリスの目が、キラの顔を捉える。本当に気づいていなかったみたいで、悪い夢から醒めたような影が落ちている。
「え……、キラ……?」
いつもより数段低いその声に、キラは気づかない振りをした。自分の視界の端で輝く、赤色の石飾りが煩わしい。
「……ユーリス。キミ、今何歳?」
え、と、輪郭のない声がユーリスから聞こえる。その態度が、怒りを助長する気配がした。
あー、これ、キレる寸前だ。そう、冷静に理解している自分がいた。
「少なく見積もっても、キラの1.5倍は生きてるよネ、ユーリス。生きる長さがそのまま現れるものじゃないと分かってはいるケド、そんなに何度も一日を繰り返していタラ、自分が今何をすべきかくらい、わかるよネ。」
これでは、どちらが年上か分からない。こんなことは、実は今までにも何度もあった。
彼一人の匙加減で、一体何人の吸血鬼が死に晒されると思ってるんだ。皆を蔑ろにしているその態度が、ひどく虚しくなるんだ。
こんなやつが、リーダーか。キラたちは、こんな男についていかなきゃならないのか、と。
「何、その顔。」
何かに魂を抜き取られたような顔。これでは、『容れ物』なのか『肉体』なのか、分かったものじゃない。何度も繰り返された光景。大した驚きも、もうない。
前に、『死ぬのは怖い』と、ディロップか誰かに言っているのを聞いたことがあった。それだろうか。
「ねぇ、ユーリス。わかってル?」
キラは、じっとユーリスの目を見る。一つ溜息を吐いてから、吐き捨てるように言った。
「仮に、キミが死ぬことがあるとすれば、そのときには“俺”はとっくに死んでるんだよ。……キミの、身代わりとして。」
ユーリスの頬と、キラの背筋に冷や汗が伝うのがわかる。想像したくない未来。けれど、これが何より容易に想像できる未来だ。
ねぇ、俺の前でも、キミは死にたくないと願うの?自分の代わりに死ぬ男が、目の前にいるっていうのに。
……途轍もない悍ましさに吐き気がする。体の一部を千切ったら、痛みで誤魔化せるだろうか。
ユーリスは、キラと目を合わせずに口を引き結んでいる。その態度に、もうキラは真面にやり合うのを辞めた。
「もう、いいや。キラがその場の判断で動くネ。相当危ないと思ったら口入れて。」
まあ、こっちを見る気も無いんだろうけど、という嫌味はなんとか飲み込んだ。
物置のドアに手をかける前に、仕方ないから指輪に触れる。このままこの男を放置していくのは、なんとなく後味が悪い。
吸血鬼は、全員がそれぞれ異なる指輪を嵌めている。これは取り外しは可能だけど、この指輪がないと力を使えないので、外すヤツは殆どいない。
『
そっと呪文を唱え、小さな砂猫のぬいぐるみを生み出す。仄かな温かさを纏うそれの首を掴み、キラはユーリス目掛けて投げつけた。
ぬいぐるみは、見事にユーリスの背に当たった。驚いて後ろを振り向いたユーリスに、敢えて怒りを隠さずに言う。
「……人に自分の命を肩代わりさせてるんだから、他の所はちゃんとやってよ。」
ぬいぐるみとキラを交互に見つめてくるユーリスに、突き放すようにそう言って、ドアを静かに閉める。何度も似たような問答を繰り返して、最早罪悪感すら浮かばなくなった。
閉ざされたドアの奥、誰に聞かせる気も無かったであろう「ありがとう……」の言葉を受け取るのはキラではないと、聞かなかった振りをして靴を鳴らす。
悪魔からも吸血鬼からも、ユーリスに似ていると言われ続けてきた。
目の色も、顔立ちも、背丈も、オンオフの切り替えの速さも、声色も。十人に聞けば十通りの答えが返ってくるくらいに、キラとユーリスの類似点は多いらしい。
それだけの理由でユーリスの替え玉にさせられて、もう何百年経ったんだっけ。何度も何度も、ユーリスの代わりに自分の身が脅かされることに絶望したし、入れ替わって死んでも問題はないという扱いを受けていることに憤った。
それをユーリスが察して、入れ替わりは辞めようと言い出した時は、流石にキレた。
替え玉になったのは悪魔の指示だ。それに従わなかったら、罰を受けるのはキラになるのに。そんなことにすら思考が及ばないリーダーに、あの時は全力で呆れた。
……いや、埒が明かない。考えるの、もうやめよう。今のキラは、ユーリスなんだから。他の吸血鬼を危険に晒さないことだけ考えよう。
しばらく歩くと、焦りに揺れる、シアンの髪が目に入った。
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