第23話 学院生活もこれで最後です

“ユリア…ユリア、本当に君はよく頑張ったね。偉かったよ”


穏やかな声に大きくて温かい手。誰かが私の頭を撫でてくれている。その手の温もりが、とても気持ちいい。それになんだかとても心地いい空間にいる。


これは夢?


ゆっくり瞼を上げると、そこには金色の髪を腰まで伸ばした、美しい男性が私の頭を撫でていたのだ。この人は一体誰だろう?


“あなた様は一体?”


“私かい?それは内緒だ。ただ、もうすぐ君を迎えに来るから、待っていてくれ。私の可愛いユリア”


私のおでこに口づけをすると、そのまま姿が消えてしまったと思うと…


パチッと目を覚ますと、見慣れた天井が。


あれは夢だったのかしら?それにしても、とても綺麗な男性だったわ。もうすぐ迎えに来ると言っていたけれど…


おっといけない、そんな事を考えている場合ではなかった。そう、今日は私が学院に通える最後の日。後悔しないためにも、色々とやっておきたいのだ。



着替えを済ませると、私は厨房へと向かった。そして料理長に必死に頭を下げ、クッキーを焼いてもらったのだ。やはりお世話になった友人たちに何かしたい、そんな思いが伝わったのか、文句ひとつ言わずにクッキーを焼いてくれた料理長。綺麗にラッピングまでしてくれた。


本当は自分で作りたかったが、既に体が思う様に動かない私には、さすがにクッキー作りは無理だったのだ。


料理長に作ってもらったクッキーをバスケットに入れ、馬車へと乗り込む。こうやって学院に向かうのも、今日で最後なのね。そう考えると、なんだか涙が込みあげてきた。ダメよ、泣いたら。最後の最後まで、笑顔でいるって決めたのだから。スッと涙をぬぐい、笑顔を作る。


馬車から降りると、いつもの様にブラック様が待っていてくれた。ブラック様の姿を見た瞬間、再び涙が込みあげてくるのを必死に堪えた。


「おはようございます、ブラック様」


「おはよう、ユリア。今日はいつもより顔色が悪い気がするが、大丈夫かい?特製ジュースだよ。すぐに飲んでくれ」


もうすぐ私は死ぬ、でもそんな事を知らないブラック様がいつもの様に、ジュースを手渡してくれた。それがなんだか申し訳ない。それでもせっかくブラック様が準備してくださったのだ。しっかり味わいながら頂く。


「本当に美味しいジュースですわ。ブラック様、いつもありがとうございます」


笑顔でブラック様に挨拶をした。いつもの様に私を教室までブラック様が運んでくれた。教室に着くと、私の元に友人たちが集まってきてくれる。


「ユリア、おはよう。今日も一段と顔色が悪いわ。大丈夫?最近授業も辛そうだし…」


「皆、おはよう。私は大丈夫よ。それよりこれ、いつも皆にはお世話になっているから、料理長に頼んでクッキーを作ってもらって来たの。よかったら食べて」


「ありがとう、美味しそうなクッキーね。明日から1週間のお休みに入るのよね。ユリア、この1週間のお休みの間に、亡くなったりしないわよね…」


「ちょっと、縁起でもない事を言わないで。ユリア、授業が辛かったらいつでも言うのよ。無理して受けることないからね」


友人が言った通り、私はきっとこの1週間休みの間に命を落とすだろう。本来なら友人たちにその事を話して、しっかりお別れを言いたい。でも、私が治癒魔法を使っている事は、誰にも言ってはいけないと言われている。だから、そんな事は言えない。


「皆、いつもありがとう。私と友達になってくれてありがとう。私、皆と一緒に過ごして、とても幸せよ。私、みんなの事が大好き」


そう言ってほほ笑んだ。私にできる精一杯の思いを、友人たちに伝えた。


「もう、急に変な事を言わないでよ。まだまだこれからもずっと一緒よ。そうでしょう?ユリア」


「ええ、そうね…」


ごめんね、皆。私はもう生きられないの。心の中でそっと謝った。やはりきちんとお別れ出来ないのが辛い。


そしてお昼休み、ブラック様と一緒に朝食を頂く。


「ユリア、随分と食が細くなってしまったね。ゼリーなら食べられるかい?」


「はい、食べられそうですわ。ブラック様、いつもありがとうございます。私、ブラック様のお陰で本当に楽しい日々を送らせていただきましたわ。あの、これ。ほんの感謝の気持ちです」


昨日完成した刺繍入りのハンカチを手渡した。

「これを俺にかい?開けてもいいかな?」


「はい」


ブラック様の反応が気になる。そもそも彼は、公爵令息だ。こんな死にかけの女が入れた刺繍入りのハンカチなんて、貰っても迷惑なだけかもしれない。

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