第10話 俺の中から消えない女の子~ブラック視点~

「あの…あなた様はブラック・サンディオ様ですよね?私の為に素敵なスーツが濡れてしまいますわ。私は大丈夫なので、どうか上がってください」


必死に俺に訴えてくるユリア嬢。


「俺の事は気にしないでくれ。それよりも、君の従姉妹は酷い事をするね。大切な物を池に投げ捨てるだなんて」


「私は居候の身なので…それにきっと、私にも至らない点があるのですわ」


そう言うと、悲しそうに笑ったユリア嬢。どうしてこの子は笑っているのだろう。あんなに酷い事をされたのに、どうして怒り狂わないのだろう。もし母上や姉上がこの子と同じことをされたら、きっと顔を真っ赤にして怒り狂うだろう。


それなのに、どうして?


不思議に思いつつ、ブローチを探した。ふと彼女の方を見ると、不安そうな顔で必死に探していた。その真剣な顔が、とても美しくてつい見とれてしまった。この子、よく見るととても美しい顔をしている。


おっといけない、彼女の大切なブローチを探さないと!ユリア嬢を横目で見つつ、ブローチを必死で探した。すると


「あった!ユリア嬢、あったよ。これだろう?」


「そうです、これです。ブラック様、本当にありがとうございました」


ブローチが見つかった瞬間、ぱぁぁっと顔が明るくなり、それはそれは嬉しそうに笑ったのだ。その笑顔を見た瞬間、急に鼓動が早くなるのを感じた。何なんだ、この可愛い生き物は。


そもそも令嬢は、こんな風に笑うものなのか?彼女の笑顔に見とれてしまった。て、俺は何を見とれているのだ。令嬢なんて、興味がないんだ!そんな思いから


「見つかってよかったね。それじゃあ俺はこれで」


そう伝え、さっさと池から上がり、その場を後にする。後ろでユリア嬢が何か叫んでいた声が聞こえたが、無視してそのまま屋敷を後にしたのだった。


ただ…


家に帰ってからも思い出すのは、彼女の弾けんばかりの笑顔。俺は彼女の笑顔が頭から離れなくなってしまったのだ。


きっと一時的なものだろう、そう持っていたのだが…なぜか彼女の事が頭から離れない。もう一度…もう一度彼女の笑顔が見たい。


そんな思いから、俺は定期的にお茶会に通う様になった。でも…意地悪な従姉妹はちょこちょこ目撃するが、肝心のユリア嬢には会う事が出来なかった。


「ブラック、最近お茶会に頻繁に参加している様だけれど、もしかして気になる令嬢でも…て、ごめんなさい。私ったらまたいらぬことを」


母上が俺に話しかけて来たのだ。ただ、あの日以降、俺への干渉を極力我慢している母上。すぐに口を押えていた。


「別に気になる令嬢はいません。そう言えば元パラスティ伯爵家のユリア嬢、最近姿を見せない様ですが、何かあったのでしょうか?」


しまった、こんな事を聞いたら、俺が彼女に興味があるみたいじゃないか?


「友人たちが彼女の事を気にしていて。まあ、俺には関係ない話しですが」


すぐにフォローを入れた。きっと情報通の母上なら知っていると思うのだが…


「ユリア嬢なら、どうやら病気に掛かってしまった様よ。それでほとんど屋敷から出られないと、夫人が言っていたわ。可哀そうに、両親を事故で亡くしたうえ、自分は病気になるだなんて。伯爵夫人も亡き義兄夫婦の忘れ形見でもあるユリア嬢を、必死に看病していると、涙ながらに訴えていたわよ」


大病を患っているだって…あんなに元気だったのに…


俺もお見舞いに行きたい、でも、急に俺がお見舞いに行っても、びっくりされるだけだろう。


病気の為家で療養していると聞いても、もしかしたら今日は社交界に顔を出すかもしれない、そんな淡い期待を抱いた俺は、それからも社交界に顔を出し続けた。ただ、彼女に会う事は一度もなかった。


会えない時間だけ、彼女への思いが募っていく。そんな俺の気持ちとは裏腹に、母上も姉上もすっかり大人しくなったこともあり、なぜか令嬢たちが俺に群がる様になったのだ。胡散臭い微笑を浮かべながら俺に近づいてくる令嬢たち。


違う!俺が求めている笑顔は、そんな偽物なんかじゃない。俺は太陽の様な弾けんばかりの笑顔が見たんだい。そう、あの時見た、ユリア嬢の笑顔の様に…


でも…ユリア嬢と初めて会ったあの日から、6年が経とうとしていた。もう彼女には、会えないのかもしれない。俺の中で、諦めに近い感情が生まれ始めていた。

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