二十八夜目 祖父母

 前夫と同居をしながらも離婚について協議をしていたころの話になるので、十二年ほど前の話となる。


 夜中、私がふすまを締め切って和室で横になっていると、隣の居間からブツブツと前夫の独り言が聞こえて来た。

 誰かと電話でもしているのだろうか――そうは思うが、普段から彼が友人と仲良く電話で話しているような覚えもない。まして夜中である。そんな時間に誰と話しているのか――気になって、私は一センチほどふすまを開いた。隙間にそっと顔を近づけ、居間の様子を伺った。


 彼はソファを背もたれにして座り、こたつで暖をとっていた。両手にゲーム機を持って、なにやら操作しているようだった。

 イヤホンはしておらず、スピーカー機能を使って、誰かと会話をしている気配もない。


 ただの独り言――そう思った私は、彼の言っていることを聞いて奇妙な気分になった。


「だから俺に言うなって言ってるだろ!」

「そんなことは本人に直接言えよ」

「俺を巻き込むな」


 誰かと言い争いをしているのは明らかだが、一体誰としているのかわからない。

 このころ、私は彼が高い霊能力があると疑いながらも信じていた。

 少なくとも、霊を視ることができる体質の人である。

 それくらいの認識でいた。

 つまり、この会話は自分は見聞きできない相手とのやりとりなのだ。

 そう思ったら、一気に全身が寒くなった。


 気づかれないようにそっとふすまを閉じた。

 その後もなにか言っているようだったが、あえて聞こえないフリをした。

 怖くて聞いていられなかったからだ。


 後日、あらためて誰と話をしていたのかを聞いてみたところ、亡くなった私の父方の祖父母がやってきたのだという。

 私のことについて文句を言ってくる。あの子は間違ったことをしているんだから、あの子をしっかり叱れだの、まっとうな道へ戻せだの、言いたいことを一方的に投げつけてくるのだと彼は語った。


「俺には関係ないって言ったら、俺がしっかりしていないせいだとか、祖父さんが言ってくるんだよ。そんなもんは直接言えって言ってるのに、伝わらんから俺から言えってさ」


 祖父は離婚に反対しているらしい。

 大好きだった祖父が亡くなったのは、これよりも少し前のことだった。私のことをすごく可愛がっていた祖父が私のことを心配してくれているのはうれしいと思った。


 結果、それが本当だったかどうかはわからない。

 私自身、それ以上詳しくは聞かなかった。


 その後、彼は通信を切ったと言った。

 霊たちとの周波数を合わせることをやめたと言うのだ。

 一方的に責められるのはうんざりだとも。


 ただ、こういう話があったかもしれないと思う一方で、どうにも腑に落ちないのも事実だった。


 果たして本当に、見える人間だから、聞こえる人間だから……と言った理由で、彼の前に現れたのか。


 前夫はほとんど祖父と顔を合わせたこともなければ、話したこともない。祖父母の顔などわかるだろうか。祖父母も彼の顔を覚えていたのだろうか。自分たちはこういう者だと名乗ってやってきたのだろうか。


 そして今の疑問はさらにそれよりも深い。

 私が前夫と不仲になると祖父が現れ、私を諭すような話をするのである。

 これは今年の五月にもあった。

 彼との縁が切れそうになると祖父が現れる。

 今度は祖母は付いてこなかったと言った。

 リアルタイムで前夫は私と祖父の思い出についても語った。

 だから私は彼を通して本当に祖父と話しているつもりで、いくつもの思い出話を語った。


 しかし、彼との縁を完全に切った今となっては疑わしくて仕方がない。

 どう考えても前夫側に都合がいい話なのである。

 私の祖父への思いを利用したのではないかと思えてならないのだ。

 

 真実はわからない。

 ただ、仮にそれが前夫による自演自作だったとしたら……

 そう考えたらあまりにも怖い故、それ以上は考えないようにしている。

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