鬼の叩いた太鼓(短編)
カブ
第一話 白蛇との出会い
ある山に黄平と呼ばれる優しい心を持った赤鬼がいた。
鬼といえば、里に下りては人を食らったり物を盗んだり、また時々人さらいをしたりなど暴虐を繰り返すものである。だが、優しい黄平は悪さができないばかりか、ほかの鬼たちの悪行をどこか悲し気な目で見るようになった。鬼たちはそんな黄平を目障りに思って、自分たちの住む山里から追放してしまったのだった。
季節は夏であった。
黄平は、行く当てもなくただふらふらと山をさ迷った。
真っ暗で、先の見えない夜道を歩いていたら、どうして俺は独りで歩いているのだろう、と急に悲しくなってしまった。泥の中を歩くように、暗闇での足取りが重かった。涙が一粒こぼれると、とめどなく涙が溢れてきて止めることなどできなかった。誰もいない夜の山で、ただひとり声をあげて泣いた。
悪さのできない黄平は鬼たちにいじめられていた。鬼の暴力は半端ではない。それこそ、殺すすんでのところまで殴り続ける。それでも黄平はされるがまま、やり返す気力も起きないまま殴られ続けたのだった。
一度や二度は悪さをしようと思ったこともあったが、震えて身体が動かなかった。
鬼たちになじむこともできず、かといって、嫌われ者の鬼である自分はどこへ向かえばよいのか、途方にくれるばかりだった。
黄平が泣きながら歩いていると、木の生えていないぽかんとした空き地が広がっている場所に出た。見上げると、枯れ枝の隙間からみえる夜空にはお盆のような満月が浮かんでいた。
(この場所は月がよくみえる……。こんなに悲しい気持ちなのに、月はこんな時でもきれいに照ってくれるんだな)
そんなことを考えながら、ぼんやりと月を眺めていると、
「こんな所で鬼がなにをしているのだ」
と後ろから声が聞こえた。黄平はぎょっとして、後ろを振り返ると思わず尻もちをついた。
丸太のような太さの、三丈(9メートル)ほどもある白蛇が黒光りする瞳でじっと見つめているのだった。
「く、食わないでくれぇ!」
大きな白蛇を目の前にして、黄平はすっかり腰をぬかしてしまった。
頭を抱えてがたがた震える黄平を前にして、白蛇は舌をちろちろさせながら笑った。
「そんな大きな図体をしてなにをいうのだ。お前こそ、わたしのことを食べそうな風貌をしているが……。鬼が一人でここにいるというのは、なにかワケがありそうだな。私で良かったら話してみないか?」
黄平はきょとんとしてしまった。他人に優しくされたことのない境遇だったので、どのようにしてよいかわからなかったのだ。
白蛇のやさしさを感じて、また涙が溢れてきてしまった。
白蛇は、「おぉ、泣くやつがあるか」と慰めてくれたが、とめどなく涙が溢れながら、黄平は今までのことについて、つかえながらも白蛇に語りだした。
白蛇は、言葉を挟むこともなく黙って黄平の話を聞いていた。
黄平が語り終えると、白蛇は「お前の名はなんというのだ」と問うた。
「俺は黄平だ」と答えると、白蛇は「私についてきなさい」といって、くるりと背中をむけると、森の奥へと這っていった。黄平はどこに連れてゆかれるとも知らず、だが話を聞いてくれた白蛇の後ろを黙ってついていった。
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