鬼姫さま奮闘記 〜たった一人の地すべり対策ギルド員〜

ハマハマ

第1話「夫婦でござる」

 なぜじゃ。

 どうしてこうなった?


 わらわはお供に長月ながつき一人を連れて婿探しの旅に出ておった筈だ。


弥生やよいさま、これで我らは晴れて夫婦めおとでござる」


 だのに何故、その妾が……このに嫁入りを――?




◇◇◇◇◇


 そう、あれはふた月ほど前のこと。

 妾は生まれ育った島を飛び出した。


 妾に当てがわれた入り婿殿がどうしても好きになれぬと、父へ直談判に及んだのじゃ。


『妾が自ら婿を連れて戻る故、あの様な半端なを婿に取るなど撤回して頂きたい!』とな。


 妾の言葉には首を縦に振った。


 もともと父にも思うところはあったそうな。

 父や妾とてずいぶんと血の薄まった鬼ではあるが、入り婿殿はさらに輪を掛けて血の薄まった鬼。ほとんど人と変わらぬ、ただ金儲けが巧いだけの一族のぼんぼん。

 そんな男に嫁ぐことを、なぜ妾が「かしこまりました」などと頷こうか。


 妾の言葉に頷いてくれた父ではあったが、条件を出された。しかし当然の条件だ。


『どれほど待てても二年。二年たっても戻らぬ時は、奴めらがこの島の当主となると心得よ』


 妾もすでに二十。老いた父と幼い弟に代わって皆をまとめ上げる責も、いい加減で跡取りを儲ける必要もある。

 妾はその条件で良いと返して旅に出たのだ。



 妾よりふたつ上。旅に出る寸前に二十二となったこの長月という男。

 青い瞳と、光の具合で銀糸かと見紛う灰色の髪。榛色の瞳と黒髪の妾らとは根本的に産まれが異なる。


 十の頃に鬼ヶ島へと唯ひとり漂着し、父上に拾われ臣下となった、故郷も家族も持たぬ男。


 そうだ。この男の容姿のせいで妾らはおかしな事になってしまったのだ――



 本土を目指して島を出て割りとすぐ、嵐に見舞われ見事に座礁した妾らの小舟は砕け散った。

 浮いた板にしがみついた我らはどれほど波間を漂ったのか、ようやく陸に辿り着いた、らしい。


 けれど目覚めた妾の目には、思うておった目的地とは露ほども似ても似つかぬ場だったのじゃ。



「こ、ここは……? ……長月……無事であったか……」

「は。それがしも姫さまも、確かに生きておるようでござる」


 片手で布団をねて起き上がり、妾の枕頭に侍る長月の頭をかき抱いた。


「長月! よくぞ無事に生き残った! そしてよく妾の身を守り通した! 妾はヌシを誇りにおも――、おも――? お――、おぉ?」


 辺りを見渡せば、碧眼! 金髪! 銀髪! 碧眼碧眼碧眼! 金髪銀髪!


「な……な……なが――長月……? おヌシ……分裂したがか――?」


 長月を老けさせた様な銀髪碧眼の男。

 長月を女にして老けさせた金髪碧眼の女。

 幼くさせたような男。

 同じく女。


「Lui demander――」


 長月を老けさせた男がなんぞ言いよるが、ちぃとも分からん。ここは言葉も通じぬ異国だとでもかすか?


「いえ、ですから―― Je l’ai dit plusieurs fois」


 ぬ? 長月こやつ……異国の言葉を発しておるのか? 

 妾に分からぬ言葉でさらにやり取りする男ども。けしからん。


「おい長月。ヌシらは何を話しておる。妾をほおっておくでない」


 妾が発した言葉にぴたりと話すのをめると共に、いくつもの碧眼が妾を見遣る。なんか知らんがくすぐったい。


「これは申し訳ない。その、なんと言いましょうか、こちらの御仁――ジァンヴィエ殿と申されるこの御仁がですな――その……それがしを養子にしたいと申されるのでござる」


 ほう? 養子とな?

 まぁ、見た目もよう似とる。分からんでもない提案じゃな。


「そうか。それでヌシはどう答えた?」

「それは決まっておりましょう。それがしは臣下の身、主君である姫さまの旅を放り出して養子になるなどもってのほか、そう答えたでござるが……」


 が?


「諦めてくれんのでござるよ」


 ほうか……諦めんか。


「のう長月」

「はっ」


「ヌシには悪いが…………実は妾はな、あの島に帰る気はない」


 ………………


「――はっ? いまなんと仰られたでござる…………?」


 沈黙が怖いのう。

 黙って睨むのは止してくれろ。


「妾は帰らんと申しておる! これは父上も承知のことじゃ!」

「いや……しかし、我らの鬼ヶ島が……」


「心配いらぬ。弟の卯月うづきが数年もすれば元服じゃ。跡目は卯月が継ぐ」

「いや、それでは二年の刻限には間に合いませぬぞ……?」


「若かりし父上は腕っぷしも強かったが、今の父上は弁も立つ。のらりくらりと口八丁でかわしてみせるとの仰せだ」


 驚きと不満が綯い交ぜになったような、そんな表情で呆然とする長月。


 確かに妾は傍目に見れば放逐された様なもの。

 しかし実態は違う。

 妾は進んで島を出た。この長月を共にくれろと懇願して。


 これがどういう意味か分からんのか。このにぶちんが。


「そ――それではそれがしはどうすれば……」

「ヌシの好きにするが良い。その――ジャン何某とかいう御仁の申し出を受けるも、島へ帰るのも。全てヌシの自由だ」


 騙して連れて来てしもうたのは間違いない。ヌシは好きに生きてくれれば良い。

 ただな、これは口には出さぬが――


 どうか、どうか妾のもとから去らんでくれ。


 妾の思いや願い、色々あるにはあるが顔には出さぬ。

 そして長月はスンっと無表情を作り、先ほどの男に妾には分からぬ言葉で何事かを告げた。


「Elle l’a dit,tout gratuit」

「Est-ce une épouse?」


「Semble bon」

「c'est incroyable! parfait!」


 ジャン何某がどうやら歓喜らしい雄叫びを上げるのと同時、長月はこちらを向いて言ってのけたのだ。


「ジァンヴィエ殿の提案はこうだったのでござる」


 ――私の養子になって、鬼姫さまその娘を妻に娶れば良い――と。


 ……は? その娘、とは、妾の事……か?


「それについても、それがしの自由にさせて頂いたでござる」


 いや、ちょっと待て……願ったり叶ったりではあるが……いや、でも、その……

 どう取り繕うてもぶっちゃけ頬がにやけるが――


 なぜじゃ。どうしてこうなった?


「姫さま――いや、弥生やよいさま、これで我らは晴れて夫婦めおとでござる」


 ………………まぁ……良いか!

 長月の妻になれるのならば!


 鬼ヶ島の姫たる妾はお仕舞いじゃ!

 妾はこの地で長月の妻として暮らすぞ!





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 異国語表記のとこ、次話からはありませんのでご安心下さいませ。

 特に無くても大丈夫かと思いますが一応今回分の訳を以下に。


「Lui demander 」→聞いてみてくれよ

「いえ、ですから…… Je l’ai dit plusieurs fois」→だから何度も言ったでしょう


「Elle l’a dit,tout gratuit」→自由にせよと仰せだ

「Est-ce une épouse?」→嫁取りも?

「Semble bon」→好きにして良いらしい

「c'est incroyable! parfait!」→素晴らしい! 完璧だ!


作者なりに調べて書いてはいますが、文法とか男性名詞がどうだとかあんまり考えておりませぬ!

ご容赦下さい!

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