084

ひゅるるるる――。

花火の音がして顔を上げる。町の向こうの山から花火が上がった。光の花は夜空にぱっと咲いて散った。一瞬、辺りが明るく照らされる。少し遅れてお腹の底に響くような大きな音。

「綺麗……」

思わず口に出している。

「綺麗だね」

それに答えるような声がした。アオネの目の前のガードレールに、高校の制服らしき半そでのワイシャツとスラックス姿の青年が腰掛けてこちらを見ていた。周りには他に誰もいない。アオネのつぶやきも、青年にとってみれば、自分に話しかけられたととらえても仕方がない。

青年の肌は夜の闇の中でもぼうと浮かび上がるかのように白く、身長はあったが、手足は細く、華奢な印象を醸していた。穏やかな微笑みをたたえた顔は整っていて、どこかはかなげだった。

「もしかして、第一高校?」

制服に見覚えがあったので、思わず聞いていた。青年は頷く。

「最近はあまり行ってないけどね」

「夏休みだから?」

「夏に限らないけれど。実は僕は入院してるんだ。この通り、抜け出してきちゃったけどさ」

青年がガードレールから立ち上がって歩き出したので、なんとなくアオネも隣を歩く。

「抜け出してきて大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。これが初めてじゃないんだ。花火を見たかったからね。花火を見れば、全部楽になる気がするんだ」

また大きな花火が上がる。

「一瞬で消えてしまうものだから花火は美しい。その一瞬をずっと見ていたい、そんな気分になることがない?」

「ずっと見ていられたら、きっと綺麗だろうね」

アオネは返す。今度は小さな花火がいくつも空を彩る。

アオネの家の前に着く。

「それじゃ」

青年は山道を下りていく。

アオネは家に戻り、縁側に腰掛けた。祖父の遺したこの家は、この花火のために残っていたんじゃないかと思った。アオネは梅酒の瓶を持ってきて、透明なグラスに注いだ。家の電気を点けたくなかったので、暗がりの中、瓶を探した。完成した梅酒に氷を浮かべると、カランと澄んだ音がする。グラスは花火の光を柔らかに反射して色づいた。


039へ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る