083

アオネはぬるくなった麦茶を飲み干した。グラスの底から見える景色が、水面を見ているようだった。

「そうだ、プールでも行こうかな」

下町には、アオネが成長してこの町を出ていった後にできた大きな市民プールがある。いつか行ってみたいと思っていたが、それは今なのではないか。一緒に行く人がいないのは残念だが、こんなこともあろうかと水着はもってきてある。旅行鞄からプールバックを取り出し、家を出た。

玄関のひさしから一歩日なたに出ただけで、太陽が容赦なく頭のてっぺんを焼いてくる。アオネは日傘をさし、山道を歩いて下りて行った。

平坦な道になってきた辺りに看板だけのバス停がある。田舎のバスは一時間に一本というのが基本だが、幸い、10分ほどでバスが来た。バスの冷房に少し生き返る気がする。乗客はアオネのほかに地元の高校生らしき少女と、おじいさんが一人しか乗っていなかった。

窓際の適当な席に座り、流れていく車窓を眺める。まるで草原のように風になびく田んぼ、陽炎が揺らめく交差点、古い商店街には祭のぼんぼりが吊られている。やがてバスは一面のひまわり畑の真ん中で止まった。アオネの降りるバス停だった。小銭を箱の中に入れてバスを降りる。蝉の声に包まれる。

ひまわりを両側に見ながら、ひび割れたコンクリートの道をしばらく歩くと、市民プールの建物が見えてくる。ひまわりは暑さにも負けず、快活に上を向いて笑っている。

券売機でチケットを買い、すぐに着替えてプールサイドに出る。夏休みだが、田舎なだけあってちょうどいい混み具合だった。人々のはしゃいだ笑い声が聞こえる。水色と白が誘うようにキラキラと日光を反射している。飛び込みたいのを我慢して足から水に入る。そこまで冷たくもないが、涼を感じる。頭まで思い切り潜って上を見上げると、太陽がキラキラと揺らめいている。

思いつくままに泳いだり潜ったりして心地よい疲れを感じてきた後は、レンタルした大きめな浮き輪に乗って、ただ流れるプールを流れ続けた。

満足してプールから上がり、自動販売機で買ったスポーツドリンクを飲み干し、帰路に着いた。

ひまわり畑の真ん中のバス停に座ってバスを待つ。屋根のあるバス停だが、日が傾いてきたからか、日差しが斜めから入って来るせいで、全身をその影で覆ってくれることはなかった。サンダルの足先だけ日焼けするな、と考えるが、さっきまで十分全身に日光を浴びていたんだし、今更そこまで気にすることもないか、と思い直す。少し空はオレンジがかっている。

アオネはふと、隣に少年が座っていることに気付く。白いTシャツに短パン、麦わら帽子をかぶって、プールバックを持っている。まるで夏の具現のような恰好だった。

「プールには一人で来たの?」

喋らないのも不自然な気がして、思わず声をかけていた。少年は頷いた。

「うん。でも、もう何回も同じように来てるから」

「そうなんだ」

「僕、お姉さんのことを見たのは初めてだ」

少年は珍しいものでも見るかのようにアオネの顔をまじまじと見た。

「何日か前にこの町にきたばかりなんだ。でも、子供の頃はこの町に住んでた」

「ふうん」

少年はつぶやくように相槌を打つ。

「子供の時のこと、思い出した?」

ひまわり畑を遠い目で見ながら少年は聞いた。なぜかその目に大人びた気配を感じてアオネはどきりとした。

「子供の時の事、ね」

アオネは無意識のうちにカバンの中に手を入れていた。


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