第二章 憧れの上京編

「この街は孤独だな——」


 宮部は、東京タワーの展望台から夜景を眺めていた。

 ここから見る景色は格別だった。ただひたすらに、美しい眺めだった。

 スカイツリーもいいけど、やっぱりこの場所に来ると落ち着く。

 お気に入りの場所で、定期的に訪れていた。

 

 夢が叶って、日本一の動画クリエイターになって、地位も名誉も全て手に入れた。

 誰もが宮部のことを「成功者」と言うだろう。

 何故なら、映像以外に、音楽・小説・不動産投資など、様々な業界で活躍していたからだ。不労所得があるので、普通に暮らしていたら、働かなくていい。

 労働から解放されていた。若い頃、努力をしたから、今がある。

 だけど、宮部の心は満たされなかった——。

 僕は静かに目を閉じた。

 そして、上京当時のことを少しずつ思い出していた——。

 

 十五年前——。

  

「母さん、話があるんだけど……」

 自信なさげな声で、僕は母親を呼んだ。

 そして、兄貴・親父の順番でリビングに集めた。

 

 家族会議の始まりだ。

 

「俺、映像クリエイターになりたいと思ってる。そのために、仕事辞めて、上京したい。東京で、自分の可能性を試してみたい」

 気づけば、周りに流されて生きてきた。自分のやりたいことなんて、何一つ見つけられないまま、社会人になって、月日はあっという間に流れていた……。

 けど……。このままだと一生後悔する。

 やっと自分の本当のやりたいことを見つけることができた。

 東京は一度だけ行ったことがある。一泊二日の旅行。友達と一緒に行った。本当にすごい街で刺激があった。無限の可能性があると思った。それから、上京を意識したけれど、仕事を辞めて、上京する勇気がなかった……。

 東京〜山口は直線距離で約七百六十九キロメートル。

 田舎者にとって東京といえば、大都会だった。

 周りの大人たちは、ほとんど地元にいる。だから地元を出たことない人ばかりだった。親父・兄貴はずっと地元で働いていて、旅行で東京に行ったことがなかった。


「なあ、孝之。何バカなこと言ってるんだ? 映像クリエイター? そんなんでメシを食べていけるのか? 仕事辞めてまで、上京する意味があるのか? なあ、孝之。頭を冷やした方がいいんじゃないか。カメラも持っていないのに……」

 親父の意見は正しい。今の僕は、一眼レフカメラを持っていない。

「上京して、カメラ屋さんに行って、カメラ買うよ。貯金も百万円ほどあるし、仕事辞めても、数ヶ月分はなんとかなる。向こうでバイトしながら、映像クリエイターを目指して頑張ってみる。環境を変えて、東京で生活してみたいんだ」

 無計画にもほどがある。すかさず、兄貴が僕に向かって、強い口調で言った。

「孝之‼ それって、趣味でよくないか? 今、正社員だろ。辞めてまで、叶えたい夢なのか? 話を聞いてるとイライラするよ」

 兄貴とは五歳、年が離れている。同じ工業高校出身で卒業後、地元の中小企業に勤めている。実家暮らし、地元愛が強くて、変化が嫌いな人だった。

「そうよ、お兄ちゃんの言う通りよ。孝之。もう一回、考え直してみたら」

 母親は優しい口調で言った。僕のことを心配していたのかもしれない。

 

 第一回家族会議は、散々なものだった……。

 

 僕の言うこと、全て否定されて、逆質問ばかりされる。

 家族関係に亀裂が生じてしまう結果となった。

 

 それから、数ヶ月後——。

 

 季節は春になっていた。

 

 やっぱり、僕は上京を諦めることができなかった。

 家族に何度も説得していた。映像の魅力を伝えていた。


Vlogブイログとは? 動画で自分の「生きた証」を残すコンテンツなんだよ」

 

 一眼ミラーレスカメラを購入して、ますます映像にハマっていた。

 写真も好きだけど、やっぱり動画が好きだった。


「今、日本ではメジャーじゃないけど。Vlog はいつか、絶対、日本で流行る日が来る。確信してるよ。この動画みて、Sam Kolderサム・コルダーのVlog なんだけど、めっちゃカッコ良くて何度も見てる。Casey Neistatケーシー・ネースタットのVlog も好きだな……」

 兄貴と二人。実家のリビングで動画を見ていた。

「ふーん。確かにカッコ良くて、すごいなと思うけど、孝之がこんなにカッコいい動画を作れるようになるのかな。孝之のVlog 見てみたいな」

「うーん。今、編集の途中だけど……」

「うわ、全然レベルが違うな。俺が言うのもなんだけど……」

 家族で旅行に行った時の動画を編集していた。

 無料の動画編集ソフトを使用して、動画を作ってみたけど……。

 どうやら、僕には、動画編集のセンスがないみたいだ。

 その時、一度目の挫折を味わった。

 

 そして、家族の反対を押し切りながら、僕は夜行バスに乗って上京するのだけれど……。

 

 上京一週間前——。

 

「母さん、親父、兄貴。家族会議を始めよう」

 僕は、決意で満ち溢れた声で言った。

「また、反対されると思うけど、もう反対されても構わない。退職した。来週の月曜日、夜行バスに乗って上京する。あと地元には帰らないと思う。映像クリエイターとして軌道に乗るまで、夢を叶えるまで……。今までありがとう。それだけ、伝えたかった」

 僕は、涙を流さなかった。泣くのは夜行バスに乗って上京した時と決めていた。

 ここで泣くとまた振り出しに戻ってしまう。

 何かを得るためには何かを犠牲にしないといけない。

 少し沈黙が続いた後、意外な答えが返ってきた。

「孝之、そう言うと思ってたわよ。何年、母さん達と一緒にいると思ってるの。そんなにやりたいなら、やってみればいいじゃない。最初は、心配で、理解できなかったけど、孝之の頑張ってる姿を見てると応援したくなったわ。孝之なら大丈夫よ。もし、本当に困ったことがあったら、いつでも連絡しなさいね。ちょっと寂しくなるけど……。ねえ、お父さん」

 母親は、目に涙を浮かべながら微笑んでいた。

「ああ、そうだな。本気でやりたいことがあるなら、やれよ」

 親父は、力強い言葉で僕の背中を推してくれた。


「孝之、寂しくなるな……。頑張れよ」

 兄貴は、優しい言葉をかけてくれた。


「あ⁉ 孝之、ちょっと待ってて」

 何かを思い出したかのように兄貴は自分の部屋へ戻った。

 リビングに戻ると、兄貴は微笑んでいた。

「はい、孝之、プレゼント‼」 

 兄貴は、僕に紙袋を渡した。

 中を見てみると、箱の中にレンズが入っていた。

「ああ、このレンズ欲しかったやつだ。兄貴、ありがとう……」

 涙は流さないと決めていた。けど、嬉しくて、思わず僕は涙を流してしまった。

「喜んでもらえてよかった。ほら、この前、孝之、このレンズ欲しいって言ってたじゃん。広角レンズだっけ? 標準レンズしか持ってないから、広角がほしい。それが、あれば表現の幅が広がるって……。俺は応援するしかできないけど——。お前は多分、すごい人になるよ。Vloggerブイロガーだっけ? どんな人になっても、根っこの部分は変わらないと俺は思うよ。だから、焦らず、やりたいことやってみな」

 僕の涙は止まらなかった。感謝の言葉しか出てこなかった。

 

 いろんな人の思いを背負って、僕は東京行きのバスに乗り込んだ。

 これから、どんな未来が待っているのだろうか。想像ができない。

 やってみないと何が起こるかなんて分からない。

 少しの勇気があれば、なんだってできる気がした。

 

「母さん、親父、兄貴……。ありがとう。必ず、夢を叶えてみせる——」

 

 工場を退職して、正直、不安な気持ちしかなかった。

 今は、違う。不安は好奇心に変化した。

「俺は日本一の動画クリエイターになる——」

 夜行バスの車内で宮部は決意した。

 荷物はカバンとカメラだけ。

 我ながら、思い切った行動ができたものだ。


「自分の可能性を試したい。俺ならできる——」


 上京二週間前——。

 

「あの、すみません。このレンズって、このお店に置いてますか?」

 俺は一人でカメラ屋にいた。

 弟が何やら、よく分からないことを始めている。

 映像の知り合いなんて、俺の周りにはいないし、孝之が何をしたいのか理解することができなかった。

 俺は今まで、ずっと地元にいて、特に不便を感じることなく生きてきた。

 東京に憧れを持ってた時期もあった。何かに挑戦したい気持ちも少なからずあった。

 けど、地方育ち特有の「長男だから地元に戻って家族の面倒を見なければならない」という問題を感じていた。

 いや、みてほしいと言われたわけではないが、周りがそう言う雰囲気なんだ。

 環境がそうしているんだ。

 地方出身の長男ということもあって、いつの間にか、俺は環境に縛られていた……。

 

 孝之は、俺とは真逆で、熱中できることを見つけたみたいだ。

 家族会議のあと、いつも以上に孝之のことを観察するようになった。

 

 一眼ミラーレスカメラを購入して、熱心に撮ってる姿をみた時

 「ああ、こいつは本気でやってるんだな」と肌で感じた。

 だから、この場所にきた。俺にできるのはこれしかない。

「ああ。このレンズね。ありますよ。ちょっと待てくださいね」

 白髪の店員さんがレジ横のショーケースから、単焦点レンズを取り出した。

 カメラをやったことがないから。よく分からないけど、店員さんの説明を聞くとなんとなくわかった。同じレンズでも撮りたいものによってレンズを使い分けるらしい。

「おお。これですよ。お値段どのくらいするんですか?」

「そうですね……。今在庫がこれしかなくて、割引して、お値段十五万円になります」

 えぇ、そんなにするのか……。驚きを隠せなかった。

「マイクロフォーサーズやAPS-Cだと、五万円以下であるんですけど、フルサイズ用となると、ウチに置いてるのだと最低五万以上からになりますね」

「そうですか……。ちなみにこれだとお値段どのくらいですか?」

 俺は、タムロンの広角レンズを手に持った。

「それだと、五万円ですね。当店で一番安いレンズです」

 俺は、少しだけ迷った。同じ焦点距離、F値で値段が三倍も違う。

 これがカメラの世界なのか……。でも、答えは決まっていた。



「そうですか、わかりました。十五万円のレンズをください」


 2016年4月1日

 上京当日——。 

 

 ついに、この日がきてしまった。

 様々な人の思いを胸に東京にきた。

 環境が変わるって、何故、こんなに楽しくて、そして、不安なんだろう——。

 

 また、同じ夢を見ていた。

 君がいなくなる夢だ。

 顔に白っぽいモヤが、かかっている。口元でしか、表情を読み取ることができない。

「あなたは、誰なんですか?」

 宮部は、目の前にいる彼女に声をかけた。

 声をかけても、彼女は微笑むだけ……。けど、今回の夢は違っていた。

「孝之くん、大丈夫。あなたなら、この先何があっても生きていける。あなたの人生は、誰にも奪うことなんてできない。あなたは、あなた自身の為に生きていくの」

「え、それってどう言う……」 

 言葉の途中で二回瞬きをした。次の瞬間、昨日、乗車した——。

 夜行バスの車内にいた。

 周りをみるとスマホを触っている人、寝ている人が見受けられる。

 

「一体、なんだったんだ……」

 謎ばかりが深まっていく……。

 

 新山口から東京まで新幹線で行ってもよかった。

 けど……。やっぱり、上京となると夜行バスで行きたい。

 腕時計の短針は、午後二時を示していた。

 

 夢のあと、再び目を閉じたけど、興奮して寝られなかった。

 時刻は、午前八時。東京駅に無事到着した。

 朝の東京駅は、清々しい朝だった。

 サラリーマン、バックパッカー、外国人観光客、主婦、子供……。

 様々な人たちが、この東京に集まっている。

 何より、人が多すぎて、東京駅で迷子になりそうだった。

「高層ビル、高いな……。人が多すぎる……」 

 田舎から上京するって、一大イベントで、すごい事だと思っていた。

 いざ、上京してみると、割とあっさりしていた。

 山口から広島に旅行で行く感覚に近かった。

 上京する前は不安でしょうがなかったけど、上京後、不安はあっさり消えていた。

「とりあえず、電車に乗って、あの場所に向かうか……」

 行動することにした。歯車が大きく動き出す。

 東京駅は人で溢れかえっていた、歩くのが早すぎる。

「これが、満員電車か……。やばいな……」

 満員電車は、東京の一員になるための儀式みたいだった。

 電車に乗り込むと、人に挟まれて身動きが取れない。

「いや、もう無理だろ。きっつ……。ちょっと、押さないで……」

 満員電車のストレスは想像以上だった。

「論文によると満員電車のストレス数値は兵士以上」と言う。

 海外の記事に書かれていた。

 日本のサラリーマンは、毎日この電車に乗っていて、すごいなと感心する。

 東京メトロ丸ノ内線で霞が関まで行き、日比谷線に乗り換えて、神谷町で降りた。

 宮部は、無事にやり遂げた。「ホッ」とした気持ちと、自分が挑戦者である事を自覚した。子供から大人になれたような気分だった。

「東京の一員になれた」

 駅から歩いて十分じっぷんほどで、あの場所に到着した。

「でかいな、そして、美しいな。上京してよかった……」

 青々とした空に、東京タワーは、よく映えていた。

 まるで、宮部を待っていたかのようだった——。

 窓口でチケットを購入して、展望デッキに上がった。

「すごい、これが東京か……」

 地上150m、東京都内を360度、眺められる。

 メインデッキは広いため、ゆっくりと景色を堪能できた。

 この経験は、宮部の心を大きく震わせた。

「あれが、お台場とレインボーブリッジか……。富士山だ……。いつか行ってみたいな。行きたいところが沢山ありすぎる。よし、Vlogで思い出を残そう。この瞬間を忘れないために——」

 宮部は、バックの中からカメラを取り出した。

「頼むぞ、相棒」

 カメラは「Sony α7 III」35mmフルサイズ裏面照射型CMOSセンサーを搭載している。フルサイズ機に革命を起こしたカメラだ。

 写真・動画を撮影して、展望台からの景色を目に焼き付けた。

「ライトアップ、綺麗だろうな……。よし、次は家探しだ」

 再び、神谷町に向かい、中目黒で降りた。

「ここが、中目黒か。やばい。めっちゃ、お洒落な所だ」

 目黒川の桜並木は、有名な場所みたいで、春になると約八百本のソメイヨシノがピンクのベールで取り囲む。とにかく美しかった——。

 一瞬で、この街が好きになった。

 この街に住むことができたら、どれだけ幸せな毎日を送れるのだろうか。

 駅近くの不動産会社に到着して、お店の外に張り出されている紙を見た。

 その紙には家賃が記載されていた。「十二万」と言う数字が目に飛び込む。

「えぇ、家賃が高すぎないか。ワンルームなんだけど、都内で一人暮らしは厳しいかも……」

 早く、住む場所を決めないといけない。

 不動産会社の人に色々と相談した。

 話によると、東京都内の家賃相場は七万円ほどで、なかなか条件に合う物件は見つからなかった。

 ど田舎から上京して、東京と言う街は驚きの連続だった。

 普通の人なら、落ち込んだりするだろう。

 しかし、宮部は、普通の人と違っていた。

「この状況を楽しまないと。上京した意味がない」

 ニヤリと笑った。

 ネットを使って、自分でも探してみた——。

 川崎は東京から近くて、いいなと思ったけど、都内に住みたい気持ちが変わることはなかった。

 中目黒から目黒へ歩いて向かい、三十分ほどで到着した。

 結局、目黒駅近くの家具家電付きの物件に決めた。

 家賃は六万円のワンルームで、木造アパート。静かな場所だった。

 一ヶ月後に住むことになった。それまではネカフェで過ごすことにした。

 

 次の日——。

 

 バイトの面接に行って、すぐに採用された。

 警備員、ポスティング、宅配便の仕分けなど……。

 職種はなんでもよかった、とにかくなんでもやった。

 とりあえず生活費を稼いで、映像系の仕事がしたかった。

 一ヶ月後にネカフェ生活は終了して、一人暮らしが始まった。

「やっと、一人暮らしができる。長かった……。よし、頑張るぞ」

 貯金を少しずつ、切り崩しながら、夢に向かって頑張る日々が続いた。

 しかし、現実はそれほど甘いものではなかった——。

 

 一人暮らしを始めて、数ヶ月が過ぎた。

 宮部は、孤独を感じるようになった。

 東京には、たくさん人がいるのに何故だろう?

 冷たい人間関係、誰にも認めてもらえない日々……。

 誰も味方がいなかった。

 宮部は、たったひとりで、夢を叶えるために努力を続けていた。

「夢を叶えるために、上京したはずなのに、現実は甘くないな……」

 

 映像系の仕事をしたくて、都内の映像制作会社に片っ端から応募した。

 ほとんどが書類審査で落ちてしまう。運良く面接に行けたとしても、未経験、高卒の宮部を誰も雇おうとはしなかった。

 孤独は人を強くすると言うけれども、極端な孤独は精神を蝕んでいく。

 そんな生活が、続いた——。

 

 ある日。宮部は決意した。

「よし、海外に行こう。海外Vlogを撮って、YouTubeに動画を投稿しよう」

 本当に唐突だった。とにかくこの現状を変えたかった。

 旅行の舞台は、台湾。初めての海外旅行だ。

 上京してから、新しい場所に行くのが、楽しくてしょうがなかったのかもしれない。 そうと決めたら、その日のうちにネットで航空券を購入して、旅行の計画を立て、ホテルの予約を済ませた。行動力がとにかくすごかった。

 

 2016年6月1日——。

 

 羽田空港に到着した。時刻は、午前八時。

「これから俺は、台湾へ行くんだ。一人で……」

 三泊四日のひとり旅。

 何が起こるか全くわからない。

 言葉も文化も違う場所に行くのは、多少、不安な部分もあった。

 旅行の思い出を残すのも、理由の一つとしてあるが、何より自分の生きた証を残したかった。

 

 今回の旅を通して、成長したかった——。

 

 海外に行くのは大変と思っていたけど、上京した時と同じだった。

 ネットで調べれば、いくらでも情報が出てくる。

 グローバル化、情報の民主化のおかげだ。恩恵を受けていた。

 

 午前九時の便に乗って、俺は、日本を飛び出した。

 そして、あっという間に、台湾桃園国際空港に到着した。

 

 まず初めに、スマホに入っているSIMシムを海外SIMに交換。

 これで、海外でもスマホを使うことが可能になる。

 次に、日本円から台湾ドルに外貨両替した。

 台湾の交通系ICカードを利用して台北駅へ。

 予約していた駅近くのホテルにチェックインした。

 驚くほど、スマートに物事が進んでいった。

 寧夏夜市、龍山寺、士林夜市、辛發亭冰店……。

 台湾の観光スポットを巡りながら、その様子をGoProゴープロで撮影していた。

 

 実は、入国の三日前、新宿のカメラ屋で購入していた。

 ミラーレス一眼も、持ってきたが、旅行VlogはGoPro《ゴープロ》の方が、広角で臨場感が出ると思い、ほとんどこのカメラで撮影していた。

 

 ジブリ映画「千と千尋の神隠し」のモデルと言われる「九份きゅうふん」は美しかった。

 

 ハプニングもなく、順調に旅は進んでいた。そう思っていた——。

 

 旅の最後は「台湾のウユニ塩湖」と呼ばれている。高美湿地に向かった。

 しかし、電車トラブルがあって、到着が遅れてしまい、夕方になってしまった。

「風が強すぎる……。風車がたくさん並んでいるな」

 高美湿地を撮影していた。言葉にならない美しさだった。

「ここが、高美湿地か……。美しすぎる」

 撮影に夢中になってしまい、気づけば、当たりは真っ暗になっていた。

「やばい‼ もうこんな時間か。バスに乗り遅れてしまう‼」

 僕は撮影をしていると夢中になって、周りが見えなくなってしまうみたいだ。

 急いでバス停に向かったが、ギリギリ間に合……わなかった。

 途方に暮れて、駅まで歩くことにした、もうこの時間帯だとタクシーはいない。

 駅までは徒歩で一時間、明日の朝、出国しないといけない。

 二十分ほど歩いていると、原付に乗った台湾の人が、僕に声をかけてきた。

 もちろん、言葉がわからない。けど、相手の表情を見てると、なんとなく想いが伝わった。

 Google翻訳アプリを駆使しながら、なんとか思いを伝えると、駅まで送ってくれることになった。

 僕は、ヘルメットを貸してもらい、原付の後ろに座った。

 日本じゃあり得ないと思いながら、GoProで撮影していた。

 

「この日を忘れたくない。感謝を忘れない——」

 

 人の記憶は曖昧なんだ。だからVlogで残す必要がある。

 劣化せずに、思い出は、ずっと残り続ける。

 海外でVlogを撮影して、本質に気づいてしまった。

 

 駅に到着すると、空港に向かって、一泊して、早朝の便で帰国した。

 

「さらば、台湾——」

 忘れることのできない、旅になった。

 

 帰国後、すぐに動画編集に取り掛かった。

 Final Cut Proファイナルカットプロという編集ソフトを使用した。

 プロのクリエイターも使用してるソフトで、一週間ほどで旅行Vlogが完成した。

 すぐにYouTubeチャンネルを開設して、動画を投稿した。

 初めて、自分の作品を世界に発信して、どうなるのか未知数だった。

 投稿を終えて、確認が終わると、疲れ果てて、そのまま寝てしまった……。

 

 2016年6月15日——。

 

 久しぶりに、YouTubeを見てみると、びっくりする現象が起きていた。

 チャンネル登録者数が、ゼロ人から五千人になっていて、コメントは三百件以上。

 世界中の言語で埋め尽くされていた。

 

「これが、動画の世界なのか……」

 

 目の前の光景に思わず息を呑んだ。

 Vlogの可能性を身にしみて感じた瞬間だった。

 台湾Vlogは、世界中でバズっていたんだ。

 バズるとは「主にSNSなどのインターネット上で話題になり多くの人の注目を得ること」

 分かりやすく言うと

「バズる」=「話題になる」

 と置き換えれば、納得できるはずだ。

 この出来事は、宮部の価値観を大きく変えることになる。

 思い出を残すために始めたVlogが、世界中の人にシェアする、クリエイティブ作品に変化した。

 それから、Vlogを作り続け、気づけば、百本目の動画を投稿していた——。

 

 楽しくてしょうがない、充実した日々だった。

 これが仕事につながれば、どれだけ幸せなんだろう……。

 毎日カメラと編集ソフトを触っていないと落ち着かなかった。

 Final Cut Proファイナルカットプロで出来ることに満足すると、もっと表現の幅を広げたい、欲望が強くなる。

 試行錯誤の末、Premiere Proプレミアプロをメインで使うことにした。

 Adobe Premiere Proは、「Adobeアドビ社」が提供している動画編集ソフトで、多くの有名YouTuberも愛用しているプロ仕様の動画編集ソフトだ。

 Adobeといえば、「Photoshop」や「Illustrator」など、クリエイター向けのソフトを数多く提供していることでも有名だった。

 分からないことがあればYouTube動画を見て勉強する。その繰り返し。

 YouTube以外にも、TwitterやFacebook、InstagramなどのSNSを始めてみた。

 特に力を注いでいたのはInstagram。YouTubeに新着動画を投稿すると、必ずストーリーを更新する。投稿は、ストリートスナップで統一感を意識した。

 

 2016年10月1日——。

 

 現代人はスマホを触り続けている。

 その様子はまるで「現実逃避」をしているようだ。

 直視できる光景ではない。

 宮部は、満員電車の中でツイートをした。

 結局、自分も、その中の一人だった。

 現代は、スマホを中心に経済が回っているのかと錯覚してしまう——。

 

 上京から半年が過ぎて、だいぶ東京の生活に慣れてきた。

 相変わらず、満員電車で、人の多さに圧倒されるが、住めば都。

 東京の地理が少しずつだが、分かるようになってきた。

 宮部は、出会いを求めていた。こんなにたくさん人がいるのに、ずっと、ひとりぼっちだった。社会人は、自分から出会いを求めないと当たり前だが、出会いなんてない。だから、行動することにした。

 パソコンで調べてみると、恵比寿にある出会いバー「スイッチバー」と言う存在を知った。

「いつもの日常にスイッチを」をコンセプトとして誕生した、出会えるバーで、偶然居合わせた異性と気軽に楽しみながら、お酒を飲めるお店だ。スイッチャーと呼ばれる男女の接点を結んでくれるスタッフ、所謂いわゆる、仲介役が多数在籍していて、自分の好みやタイプを伝えると紹介してくれるみたいだ。

「よし、今週の金曜日、仕事終わりに行ってみるか」

 スケジュールを確認して、スマホをポケットの中に入れた。


「人は出会いによって人生が変わる」と良く言われている。

 このバーで、ある一人の人物と出会ってしまった。

 価値観が大きく変わり、想像もつかなかった事態に発展する——。

 

 2016年10月7日——。

 運命の金曜日——。


 仕事が、定時で終わり、家に帰らず、恵比寿へ向かった。

 時刻は、午後七時すぎ。恵比寿駅に到着後、駅近くで夜ごはんを食べて、二件目は居酒屋へ。お酒に強い人……ではないが、おつまみと、ハイボールを2杯ほど注文した。

 酔いが少しずつまわっているのを実感しながら、駅構内で身だしなみを整える。

 服装は、長袖のシャツ、ジャケットを羽織って、ズボンは、チノパン。

 ジャケパンで、ザ・王道のスタイルだった。

「スイッチバー」は恵比寿駅から徒歩十五分ほど、駅から少し離れた場所にある。

 スマホの地図アプリを見ながら、歩いていた。

「ここが、スイッチバーか……」 

 お店の前に到着すると、少し深呼吸をして、扉を開けた——。

 

 店内は賑わっていた……。そう思いたかった。

 平日の金曜日だと言うのに、人が、まばら。二、三人ほどのグループしかいない。

「あれ? 思っていたのと違う。お店を間違えたか……」

 俺は、周りを見渡してみた。店内の壁面には、ネオンサインが設置されていて「Switch Bar」と書かれている。

「ここで、間違いないよな……」

 すると、近くにいた女性の店員さんに声をかけられた。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「一人です」

「おひとりさまですね。当店は、チケット制度と言うのを設けていまして、あちらから、チケットのご購入をお願いいたします」

 俺は、チケットを購入して、ドリンク・おつまみを注文した。

「ジントニックでお願いします。あと、おつまみは、枝豆で……」

 その後、バーのカウンター席に移動して、目の前にいる女性のスイッチャーに声をかけた。年齢は二十代前半といったところか。茶髪のショートカットだった。

「あの、初めて、このお店に来たんですけど、なんかホームページで見たのと全然違っていて……。普段もこんな感じなんですか?」

「いや、普段はもっと多いですね。今日は、たまたまお客さんが少なくて……。多分、まだ八時過ぎなので、少ないんだと思います。いつも十時ごろからお客さんが増えてますね……。ああ、当店のご説明が、まだでしたね。申し訳ありません。私たちは、異性との交流をサポートしていて……」

 お店の説明を聞き、三十分ほど、スイッチャーと話をしていた。

 上京した話から始まり、映像の話……。好きなタイプなどを伝えた。 

「そうだったんですね……。宮部さん、あそこの、奥にいる女性の方、ご紹介しましょうか?」

 奥のカウンターで、女性が一人、お酒を嗜んでいた。

 黒髪ロングで二十代後半の「大人の女性」だった。素敵な雰囲気の人だった。

 話を聞くと、最近、彼氏と別れたみたいで、出会いを求めて、このバーにきてるみたいだ。

「ん? この展開、なんか見覚えがあるな……」

 同窓会で再会した。アイちゃんと似ている。

 環境が変わったけど、結局、俺は彼氏と別れて寂しい人と出会う運命らしい。

 彼女と、会話を楽しんで、一緒にお酒を飲んで、連絡先を交換した。

 LINEの名前には「エツコ」と書かれていた。笑顔が素敵だった。

 彼女とは、以前会った事があるような……。懐かしい気持ちになった。

 なぜだろう? 不思議と会話を楽しんでいる自分がいた。

「じゃあ、私はこれで、あなたに出会えてよかった……って、何でもないです」

 彼女は、涙目で、そう言うと、午後十時すぎ、お店を出て行った。

「何だったんだ、被害妄想がすごい人だったな。東京には、いろんな人がいるんだな……。思っていたのと、違っていたけれど、きて良かったな。そろそろ帰ろうかな」 

 お会計を伝えようとした。

 

 次の瞬間、運命の相手が入店する——。

 

 男性二人組が入店した。常連みたいで、スマートにチケットを購入した後、お酒を飲みながら、お店に置いてある、ビリヤードとダーツをしていた。

「なんだか、面白そうな二人だな……」

 二人組は、はしゃいでいて、お酒が結構、まわっているような雰囲気だった。

 数分、観察した後、スイッチャーに声をかけた。

「すみません、あの男性二人組がいる席に一緒に行きませんか?」

「え? 宮部さん、もしかして、なんですか……」

「違うよ」と苦笑しながら、俺とスイッチャーは移動した——。

 

「あの、すみません。ビリヤード楽しそうですね。俺も混ざっていいですか?」

 俺も、お酒がまわって、大胆になってきた。シラフなら絶対声なんてかけない。

「なんだ、こいつ……。俺、男だぞ。もしかして、か……」

 ロン毛の方が、話して、もう一人のパーマの男は苦笑している。

 パーマの男はどこかしら、俺に似ているような気がした。いや、気のせいか。

「いや、違いますよ。ただ、久しぶりにビリヤードしたくなって……」

 数分ほど話をした後、結局、男二人組とビリヤードをした。

 ビリヤードは「ナインボール」を選択した。「ナインボール」とは一番ボールから順番に狙って、最後に九番ボールを落とせば勝ちというルールだ。

 上京前に、何度か遊んでいたので、それなりに形になっていた。

 パーマ男は、ゲームに強くて、その後のダーツ勝負で対戦したが、俺は惨敗した。

 ロン毛男の名前は「ユーキ」と言い。パーマ男は「Q」と名乗った。本名を伝えたくなかったのだろうか。俺は「Q」と聞くと何故か知らないけれど「探偵学園Q」を思い出してしまった。漫画が原作でアニメ化もされた大人気作品だ。面白いので是非一度見てほしい。いや、誰に向かって話しているんだ……。

 そうこうしているうちに、気づけばあっという間に時間は過ぎていき、十一時をまわっていた。パーマ男は話が上手くて、近くにいた女性と仲良くなり、その女性と、俺、ロン毛男、Qは、お店をでた。

 ロン毛男、ユーキとは、恵比寿駅で別れた。

 俺とQは女と一緒に、もう一件だけお店に行こうと提案したが、女は大胆にも自宅に誘ってきた。少し恐怖を感じたが、近くのコンビニで買い出しを済ませた後、俺たちは彼女の自宅で、宅飲みを開始した。深夜のテレビを見て、盛り上がったり、ゲームをして遊んだり、とにかく楽しい時間だった。そして、いつの間にか、俺たち三人は寝ていた。部屋は暗くなっていて、テレビの音だけが微かに聞こえる。隣には、女が横たわっていた。彼女もまた、彼氏と別れていて、寂しい気持ちを抱えている人だった。現実逃避をしていたんだ。誰もがみな孤独を抱えて生きている。それを痛感した一日だった……。目覚めた彼女は、俺のペニスをズボン越しに触ってきて、激しくキスをした。

「もう、我慢できない……」

 欲望に忠実になろうとした瞬間。隣で寝ていたQは目を覚ました。

 俺は慌てて、彼女と距離をとり、何事もなかったかのようにした。

 数分後、彼は、女を無言で抱きしめ激しくSEXをした。

 俺は、なんだか分からない、複雑な気持ちで、喘ぎ声を聞いていた——。

 

 翌朝——。

 

 女と別れた後、Qはタクシーを呼んでいた。

 俺は、電車で帰るから、良いと伝え、駅まで歩くことにした。

「昨日は、すごかったよな。お前、起きてただろ? なんとなく、表情でわかるよ。でも、まあ、これも良い思い出だと思えよ……。あ⁉ そうだ一応、連絡先を渡しておくわ。何かあったら、いつでも連絡して。それじゃあ、また機会があれば一緒に飲もう」

 Qは清々しい表情で、名刺を渡してきた。

 名前と連絡先が書かれている、偽名かもしれない。彼は偽善者かもしれない。ただ、ただものではないなと言うのが、昨日、一緒にいただけで痛感した。なんだろう、オーラがあるからだ。

 彼は、タクシーに乗って、自宅に帰って行った。

「破天荒な人だったな……」

 これがQとの初めての出会いだった——。

 

 翌週——。

 

「既読……。無視か……」 

 俺は、ベッドで横になりながらスマホをじっと見ている。

 スイッチバーで、連絡先を交換したものの、LINEのやりとりが続かなかった。

 バーでは、あんなに楽しく会話ができていたのに、メッセージのやりとりが続かないなんて……。

 俺は、小さくため息をついて、Qの名刺を眺めていた。

 スイッチバーでの出来事が、どこか他人事のような気がしていた。

 忘れたくても、忘れることができない。

「連絡してみるか……」

 俺は、Qと会うことにした——。

 

 数日後——。

 

「お待たせ。まさか、本当に連絡がくるなんて、思わなかったよ」

 ブランド物の服だろうか。Qはジャケパンコーデで、シンプル。高級感のある服装だった。芸能人のようなオーラがある。やはり、ただ者ではない。

 六本木ヒルズ前で、待ち合わせをして、喫茶店で会話をした後、ある場所に向かった。

 時刻は、午後七時をまわっていた。

「宮部……。いや、孝之でいいか。今度から下の名前で呼ぶわ。東京きて、半年くらいだったよな。なら、一度は、この場所に来た方がいい。夜景、最高に綺麗だから。マジで」

 そういうと、チケットを購入して、エレベータに乗って屋上へ向かった——。

 六本木ヒルズ森タワーの屋上に位置する「スカイデッキ」は「都内で最も高い屋外展望台」として知られる絶景スポット。都心に位置する六本木ヒルズ森タワーの海抜二百七十メートルの高さを誇る最頂点から、東京のビル群を一望することが出来る。

 幻想的な光に包まれながら、三百六十度パノラマの東京の夜景を眺めていた。

「美しすぎる、これが東京か。そうだVlogを撮ろう……」

 俺は、カバンの中から、カメラを取り出して、RECボタンを押した。

「孝之、動画撮影するのはいいけど、俺の声は使わないでくれよ。モザイクとかなんなりして、ちゃんと編集してほしい」

「大丈夫です。音声は使わないんで……」

 プライバシーに配慮しつつ、俺は、この絶景をカメラに収めることにした。

 

 その後、Qと別れて、来週、また会う約束をした。

 東京で、初めて信頼できる人に出会ったのかもしれない。

 俺は、嬉しい気持ちで一杯だった。

 

 2016年12月1日————。

 

 Qと数回会って、信頼関係ができ始め、ついに、自宅に遊びに行くことになった。

 この日は、平日だったけど、仕事を休み。夕方頃から、六本木で待ち合わせをして、Qの車で自宅へ向かった。

 車の車種は、レクサス。カラーはホワイト。

 一般の会社員ではないはずだ。会社員が乗る車には、到底思えない。

 数十分じっぷんほど車を走らせて、自宅のマンションに到着した。

 話を聞くと、ここは「二番目」のマンションで、もう一つは、六本木にあるタワマンらしい。

「え? マンション二つ?」

 俺は、驚きを隠せなかった。

 周りを見渡してみると、見覚えのある光景が目に映る。

「あれ、ここ中目黒じゃないか」

 宮部が住んでいる場所から、中目黒までは、自転車で行ける距離だった。

「あれ、孝之って、目黒駅の近くに住んでるの? なんだよ、早く言ってくれよ。家まで迎えに行ってたのに」

 Qは、笑っていた。俺も、笑っていた。この前、LINEで教えたのにな……。

「237」と書かれている表札を見て、玄関ドアを開けた。

 部屋は、すごく綺麗で、1LDKだった。

 ミニマリストと行った方がしっくりくる。とにかく無駄なものが一切なかった。ここで一人暮らしをしているらしい。グレーのソファ、木製のローテーブル、五十インチほどの大きなテレビ、テレビ横には空気清浄機が置かれていた。

「今日は、彼女がいないから、ゆっくり過ごせそうだわ。さて、孝之、今日はじっくり話を聞くよ」

 そう言うと、Qは冷蔵庫にあった、お酒を取り出して、グラスに注いだ。

「たまには、男二人で話をするのもいいな。孝之、お酒飲めるだろ? 高級なお酒だから、嗜んでくれよ」

 Qは、たまに、上から目線で話すときがあるが、悪い人ではなさそうだ。

 俺はお酒を味わいながら、Qと会話をした。

 彼との会話は抜群に楽しかった。話がうまくて、聞き上手。そりゃ、モテるよなと痛感する。俺が投げた球を確実にキャッチして、良いところに投げてくれる。会話のキャッチボールがここまで上手い人と、俺は、今まで出会ったことがなかった。

 改めて、俺のことを話した。田舎から上京して、Vlogを始めたこと。映像の仕事をしたくて、頑張っていること……。話せることは全て話した。

「なるほどね。孝之の生い立ちだったり、現状について、よくわかった。じゃあ、次は、俺について話そうか。どう言う人間で、どう言うことをしているのか……」

 空気が変わるのを肌で感じた。

「俺は、大学を卒業して、就職して、数年ほど、会社員だったんだよ。孝之と同じで、田舎から上京してきて、夢に向かって努力をしていた。映像ではないけどな。IT系の仕事をしてたんだ。けど、夢を諦めた。気づいたら、あっという間に三十代になっていたんだよ。本当に一瞬だった。周りは、結婚、子育てをしていて、人生と向き合っていたよ。独身は俺だけだった。友達は一人もいなかった。そのとき、後悔した。挫折した。辛かった……。なんで俺だけ、取り残されたんだろうってね。現実逃避をしたよ。自分なんて生まれてこなければ良かったと毎日まいにち、思っていた……。後悔しても時間は戻らないのにな。俺は、時間の恐ろしさを感じたよ」

 宮部は、疑問に思った。じゃあ、なぜ、今、お金持ちなんだ?

「え、ちょっと待ってください。じゃあ、なぜ今、お金持ちなんですか?」

「ふふ、嘘だよ。仕事を数年してたのは本当だけど。すぐに辞めたんだ。行動しないと、今、話をした結末になるってのを孝之に伝えたかった。実は、株式投資を大学生の頃から始めていたんだ」

 _Q_は笑みを浮かべながら、話を続けた。

「投資手法はデイトレードを中心とする短期売買で、投資信託、FX、ビットコインなどの仮想通貨……。なんでもやったよ。まあ、詳しくは話せないけど、色々あって、今、三十五歳で資産三百億円の個人投資家になった。それが俺の正体だよ」

 俺は、彼のワードの意味を理解する事ができなかった。投資家? デイトレード? 投資信託? なんなんだ、それは?

「投資家? それってなんなんですか?」

 俺は、素直に聞いてみた。

「投資家っていうのは、さまざまな金融商品に資産を投じて、売買益や配当金などで生計を立てる人のことをいうんだよ。まあ、俺はその中でも、日本で一番有名な人って感じかな。有名人だよ」

 宮部は、また、驚きを隠せなかった。

「そうだったんですね、三百億円。額が凄すぎて、正直、想像がつかないな……。それだけお金があったら、一生遊んで暮らせますね。働かなくていい。羨ましいな……」

「そうだろ、羨ましいだろ。孝之、お前も目指してみろよ。まあ、俺には敵わないだろうけどさ」

 Qは自慢げに話をした後、ポケットの中から、スマホを取り出して、俺に画面を見せた。

「孝之、これが、何かわかるか?」

 画面の一番上には、日本とアメリカの国旗のアイコンとグラフ? があって、中央に「売り」「買い」「損益」などの文字が書かれていた。

「いや、わからないです。なんだこれ、初めてみる画面だ……」

「そうか、今からお金を稼いでみるよ」

 彼は、そう言うと「新規注文」画面から「数量」を設定して「買い」をタップした。

 数分ほどで、取引が成立した。

「よし、注文成立したわ。これはチャートって言ってな’、価格の動き、つまり値動きを表したグラフのことで、これを見ながら、相場の動きを認識・予測してる」

 それから、彼は真剣な顔をして、チャートの動きを見ていた。

「そうだな……。そろそろ、利益確定しようか、これが、ポジションの損益な」

 数分後、利益が確定した。

「よし、利益は百万円ってところか……。驚いたか、孝之。これが投資の世界だよ」

 時間にして、三十分ほどだろうか、まるでゲームをしてるような感覚だった。

「信じられないな……。すごい世界だ。理解できない」

「まあ、最初は、そう言う、反応だよな。無理もない。これが、俺のいる世界で、孝之は、会社員の世界。どっちが良いと思う? 普通に考えて、前者だよな。でもな、これを実現するためには、孤独と行動、そして運が必要なんだ。俺はたまたま、才能があった。そして、才能を磨き続けたから、今の俺がいる。別に俺は、お前を脅したり、強制してるわけではない。お前の人生なんだから、お前が決めればいい。ただ世の中には、いろんな世界が、無数にあるんだと言うことを伝えたかった。ただそれだけだ」

 Qは、目の前にある空のグラスに、お酒を注ぎ、飲みながら話を続けた。

「孝之、お前、仕事のことで悩んでいるって、話していたよな。俺から言わせれば、あまちゃんだよ。お前は、社会について何も理解できていない」

 彼は、強い口調で言った。

「いいか、孝之。今、お前は会社員として働いて、お金を稼いでいるだろ? 殆どの人が好きでもない事を八時間以上。好きでもないやつと一緒にいる。そりゃストレスも溜まるしイライラするわ。皆んな口を揃えて同じ事を言うよな。「社会人だから我慢しろ! 常識だろ!」とか。俺から言わせれば「Why? なぜ?」誰が決めたんだそんなルール? 嫌いな奴は、嫌いで良いよ。はあ……。孝之は、資本主義の仕組みを全く理解できてないな……」

 Qはニヤリと笑った後、ため息をついていた。

「資本主義社会では、富を得る者と得られない者。二つに分かれているんだよ。孝之は、富を得られないもの。俺は、富を得る者。違いが分かるか? 株式であれ、不動産であれ、運用する資産があるか、ないか。これが大きな違いを生むんだよ。大きな成功を収めた人たちは、みな起業家か投資家なんだ。会社員じゃない。会社員は、働いてお金を稼ぐ。資産家は、資産を運用して、お金を稼ぐ。これが決定的な違いなんだ。労働ってのは、時給で働いているんだ。だから、どんだけ頑張っても稼げる額に限界がある。一方、資産家・投資家は、稼げる額に限界がないんだ。つまり、お金に働いてもらうんだ。今のお前には、理解できないかもしれないけど、必ずいつか、わかる日が来ると思う。俺は、お前に投資してるんだ。なぜだか、わかるか? お前は、まだ二十代。なんでもできる、無限の可能性があるんだよ。俺は、高校生の時に、この仕組みを完璧に理解して、そして、世界中を旅した。行動したんだ。おそらく、世界で数えるくらいの人しか経験できないことを、俺は二十代で経験する事ができた。これは、俺にとって、財産だ。お金で買う事ができないものなんだ。一生かかっても使いきれないほどの資産もあるけどな。資産家は、ピラミッドの頂点。最高だよ。

これは資産家にならないと理解ができない事実なんだ。リスクをとらないと成功者になれないんだよ。だから、お前はいつまでたっても奴隷なんだよ‼」

 そして、彼は、世界の真実、経験を全て俺に教えてくれた。

 俺は、ただただ話を聞いていた。価値観が変わる瞬間だった。

「水を奪い合う戦争、パンデミックが近い将来、必ず起きる……」

 頭が痛くなってきた。たくさんの情報を処理しきれない。

「そりゃ、そう言う反応になるよな。学校じゃあ教えてくれない事だから。まあ、これに気づけただけで他の人よりだいぶ先を行ってるよ」

 Qは予知能力者みたいだった。だから資産三百億円の投資家なのだろう。

 理解できない部分もあったが、とにかくすごい人物と言うのを身に沁みて感じた。

 

 それから、幸せ、愛するということについて、壮大なスケールの話が続いた。

 

 俺は、独り言のような、小さい声でボソボソと言った。

「でも、愛はお金で買えないじゃないか。俺はそんなことをしてまで、お金を稼ぎたくない。ただ、愛する人と一緒に幸せな家庭を築きたいな。それって、幸せじゃないのかな……」

 

 Qは厳しい口調で言った。

「愛はお金で買えない。確かにそうだと思う。でもな、お金がないとスタートラインにすら立てないんだよ」

 

 俺は、胸が苦しくなった。世界は、そんなに単純じゃないみたいだ。

 

「俺にはできる、こうなりたいと、理想の自分を強く思い続ければ、いつの間にか夢は叶ってる。実体験だから間違いない。なあ、孝之、二十代ってだけで百億円以上の価値があるんだよ。お前にお金を渡して、二十代に戻れるなら、俺は迷わず、全財産渡すよ。それだけ、お前は、奇跡のような時間を過ごしているんだ。こっからは、お前次第だよ、人生が変わるか、変わらないか。いろんな話をしたけど、結局、夢を叶える為には何かを犠牲にしないといけないってことだな」

 

 Qの話は面白くて、ずっと聞いていても、退屈に感じる事がなかった。

 天才とは、彼のことを言うのだろう。


「話変わるんだけど、Vlogだっけ? YouTubeに投稿してるやつ。あれみたわ。編集ヘタクソだけど、コンスタントに投稿していけば、まあ、チャンネル登録者一万人は軽く超えるかな。旅動画って割と需要ありそうだし。俺ならビジネスにするけどな。それから……」

 話の途中で、チャイムの音が鳴った。

「あ⁉ 孝之、ちょっと、待っててな」

 Qは慌てて、玄関へ向かった。

 二十代だろうか、女性の声が聞こえる。

「孝之、ごめんな。こないって言ってたけど、急遽、彼女がウチにきたわ。目黒駅まで送るわ……」

 俺は、急いで、帰る準備をした。

「友達、送るわ。俺の部屋で待ってて。すぐ戻るから……」

 玄関で、彼女さんと出会うと、俺は、会釈をして外に出た。

 ちらっとしか、見てないが、テレビで見た事がある顔でスタイルが抜群に良かった。

 おそらく、有名な女優。モデルっぽかった。

 

 気づいたら、街は真っ暗になっていた。

 時刻は午後十一時。そんなに話をしていたのか……。

 

 車内で、Qは疑問に思っていたことを口にした。

「そういえば、孝之。お前、自分のスマホの画面をよく見てるよな。SNSとか、ネットニュースとか……。俺には、理解できないな。確かに、俺もスマホは触るけど、孝之ほどではないな。お前は、スマホを触りすぎだよ。スマホがそんなに大切なのか? スマホに支配される人生って楽しいのか? これがあるから、人生つまらなくさせてるんだよ。デジタルデトックス? だっけ、試してみたら? 案外、効果あるかもよ」

 思い出せば、俺は、スマホばかり触っていた。デジタルに依存していた。

 一方、Qは株の取引で、数分ほど触る程度で、それ以外は殆どスマホを触らない。 

 俺は、目黒駅でQと別れた後、自宅に帰るまでの道のりで、人生について色々と考えていた——。

 Qのマンションで会話をした日から、宮部の思考は大きく変化した。

 本をたくさん読むようになり、とにかく、自分で考えて、行動するようになった。

「たった一度の出会いで、ここまで人生が大きく変わるのか……」

 俺は、人との出会いの大切さを学んだ。

 

 とりあえず、投資の第一歩として、積み立てNISAを始めることにした。

 積み立てNISAとは、少額からの長期・積立・分散投資を支援するための非課税制度のことで、通常、投資で得た利益には税金がかかるが、つみたてNISAを利用すると分配金と譲渡益を非課税で受け取ることができる。投資初心者でも始めやすく、コツコツと資産形成を行えるので人気の制度みたいだ。

 ネットで証券口座を開設し、非課税の限度額、いっぱいまで利用することにした。

 

 YouTubeも定期的に更新して、チャンネル登録者は「五千人」を超えて、収益化を達成した。

 

 そんな、ある日——。QからLINEがあった。

「俺もVlogを始めてみたい。だから、動画編集を教えてほしい」

 メッセージの最後に「お前には才能がある」と書かれていた。

 

「編集下手クソって言ってたのに、どういう風の吹き回しだ……」

 けど、彼には感謝している。恩がある。断るに断れなかった——。

 

 2017年6月1日——。

 

 Qと出会って、半年が経っていた。

 QはYouTubeチャンネルを開設して、Vlogを撮影していた。

 自分は、カメラに映らず、テロップで状況を説明する、日常Vlogをメインに投稿していた。

 チャンネル登録者は「千人」ほどで軌道に乗り始めたような感じだ。

 彼は、海外によく行っているみたいで、なかなか会えなかったが、ZoomやLINEなどを利用して、俺が動画編集を教えていた。

 あのLINEの後、俺は、Qの自宅にいき、直接、動画編集ソフトの使い方を教えた。

 資産三百億円の投資家、そんなすごい人を相手に、なぜ俺は動画編集のやり方を教えているのだろうか?

 お金があるのだから、スタッフを雇って、Vlogを作ればいいじゃないかと、疑問に思いつつも、なんとか最後までやり抜いた。

 俺が一ヶ月で身につけることを彼は、数日でマスターした。

 やっぱり、飲み込みが早くて、とんでもない人だった。

 

「孝之には、感謝してる。ありがとな。おかげで思い出を作品にできて、嬉しいよ。そうだ⁉ 孝之、俺が企画を考えて、カメラマンになるから、お前は、カメラの前で演じてくれないか? ほら、今、YouTubeで人気のジャンル、心霊スポット動画、一緒に撮らないか? 結構、再生されると思うぞ。どうだ、やってみないか?」


「心霊スポット動画?」

 彼の発想は、天才で、唐突すぎて、理解ができない時がある。

 心霊スポット動画とは、YouTuberと呼ばれる動画クリエイターが、心霊スポットと言われている場所に行き、心霊体験を検証するコンテンツのことだ。臨場感があるとても恐怖を感じる動画もあるし、中には編集で怖さを紛らわせて、怖いというよりも面白いという視点で見ることができる動画もある。

 一千万回ほど再生されている動画もあって、俺はこのジャンルに可能性を感じていた。なかなか、チャンネル登録者数が伸びない時期が続き、そろそろ、日常、旅以外の動画を撮りたいなと思っていた所だった。

 Qの天才的な発想と、俺の動画センスが組み合わされば、鬼に金棒な気がした。

 俺は、迷わず、二つ返事でその提案を引き受けた。

 早速、Qは関東付近の、心霊スポットを調べ始めた。

 すぐに候補が決まり、準備に取り掛かった。

 

「記念すべき、一ヶ所目は、ここにしよう——」

 

 まさか、あんな事になるなんて……。この時の俺たちは知るよしもなかった——。

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