日記

sorabou

8/8の日記

 真白い部屋の中では鋼鉄の円柱がぶつかり合っている。2mほどの長さで、甲高く鈍い音を響かせて空間を跳ね回っているから廊下でプロレスごっこをしていた中学の頃の同級生を思い出した。遊びだと割り切って戯れているのか、はたまたプライドをかけた真剣な勝負なのか外から見るだけでは測りかねる。金属だから話も通じない。興行としてのプロレスの仕組みはよくわからない。激しく戦って、一体何がどうしたら決着なのか。そもそも何かを競い合っているのではなく、躍動している肉体それ自体に鑑賞することの快さがあるのだろう。しかし金属の円柱に対してそういう楽しみ方をするのは今のところ難しい。刀鍛冶の作業風景を撮影したドキュメント映像を見た時には感動したけれど、それは伝統的な手法が現代まで継承されていることや真四角の金属塊からあの細身の刀身が形成されていくのが好きだったからで、高熱によって変形、発光するわけでもなければ何の歴史や文脈を背負っているわけでもないただの金属の衝突に感動を見出せる気もしない。休み時間を終わらせるチャイムもない。困った。

 せっかくぶつかり合っているのだから、どうにか勝敗を決められないかと思った。なにせそれくらいしかやることがない。真白いだけの部屋だし。まずぶつかる時の速度やその時に発生する音、その後の軌道、確認できる限りでの損傷や不調などを観察してそこから一回ごとの衝突に対して勝ち負けを判断する。それを規定の回数行った後に勝った回数が多い方を1ブロックでの勝者とする。これを繰り返す。

 けれどこれだと不確定要素が多すぎる。評価項目を細分化するとしても、事実から勝敗を判断する場面では僕の価値判断に依存するしかなくなる。なにせ弱々しい軌道で動いているように見える動きは実はゴールパフォーマンスみたいなものかもしれないし、一定時間の中で自身の体をより破壊した方が勝ちという競技かもしれないし。それならそれでいいじゃないか。別に自分のルールで勝敗を決めればいいじゃないかと言い切ってしまってもいいのだけれど、いかんせんこの空間に僕は一人で金属の円柱は二本あるので、ルールに関する抗議が来たら多数決の原則で自分が意見を覆すしかなくなってしまう。多数決を採用しないことも可能かもしれないが、そもそも外から迷い込んだ自分にそんな権利も資格もないはずで、ルールを強行して暴動が起き、叩かれたり突き飛ばされたりしたら確実に僕は殺される。ここまで来てサッカーや野球のフィールドに立っている審判たちの、数においても身体能力としてもアスリートたちに明らかに劣っているにも関わらず彼ら彼女らを制御することのできる力や、それを支えている制度、制度を維持するための組織の設立やルールの制作、そこに関わったもはや名の知られない人々の築いてきた歴史の厚みの手触りが一挙に手近に感じられて一抹の感動を覚えると共に、そういえばどうして自分はこんなところにいるんだと疑問に思う。元の世界に帰れたらスポーツ観戦にでも行こうと思った。きっと今ならずっと楽しく見に行ける。

 そもそも自分は審判じゃなくて観客でしかないのかもしれない。けれど観客がいなければそれは競技として成立しないのではないか? そうも考えた。プレイヤーがフィールドにいるだけならばそこではプレイヤーの都合で如何様にもルールは改変できるだろう。当たり前だが、人間は個々人の意思によって自由な行動ができる。ルールなんて無視できる。じゃあプレイヤーにルールの遵守を強いるものは何かと聞かれれば、それは観客の存在だろう。観客はある単一のルールの下で、その制約の中でこそ発揮される特異な身体の利用を期待している。もし仮にルールが破られたとして、それによってより高いパフォーマンスが発揮されたとしても、それは単に不正であって、ルールを逸脱してまで勝利を目指した人間のドラマのようなものを見出す人は少ないんじゃないか。

 演劇もスポーツと同じように、戯曲というルールの下での身体操作を複数の観客が観戦する形式であると考えることができるだろう。しかし演劇とスポーツが違う点には、まず演劇には即興という形でルールの逸脱が許されていることがある。これは演劇が観客が事前にルールであるところの戯曲を知らないで鑑賞されることによって成り立つ事態だろう。一回きりの鑑賞においてルールである戯曲が知られない状態で身体が運動していく上に、演劇がある出来事の舞台上での再現という性格を持っている以上、実世界の僕たちと誤差程度の認知傾向の違いしか持ち合わせないことがほとんどである(故に自身の運命を知り得ない)登場人物と重ね合わされる形で肯定された演者の自由意志によって、即興は成立する。それがその程度の逸脱であるか、どれだけ想定外のルールを包摂できたかによって即興の成功/失敗は判断される。しかしスポーツで同じことが起きればゲーム自体の維持が困難になってしまうだろう。

 と、ここまで考えてお腹が空いてきた。真白い部屋なので食料もない。水もない。これはもしかしたらまずいことになってきたかもしれない、審判のことはどうでもいいから早くここから出なければ。いまだに中空でガキンガキン音を立てているのを横目に部屋の中を歩き回るけれど、いくら遠ざかっても終わりがない、この部屋に出口はないのだ! さて、そんなわけで「出口のない部屋」の話なんですけどね。

 私はこの手の部屋に閉じ込められた時ってだいたい壁とか壊して脱出しちゃうんですよ。

 だってそれしかないじゃん? なんでわざわざ狭い空間に閉じこもる必要あるんだよ。広い世界の方が絶対楽しいだろ。

 それにほら、あれですよ。こういう密室では犯人は必ず密室で犯行を行っていますよ。

 まあ、それはそうなんだけどさぁ……

 じゃあ逆に聞くけど、あなたはどうやって脱出するの? もちろん私なら扉を壊したりしないで普通に出る方法を知ってますよ。

 教えてくださいお願いします。

 はい。いいでしょう。

 では私の言うとおりにしてください。

 まずは目を瞑りましょう。

 次に両手を前に出して指を組んでください。

 そしてそのままゆっくりと深呼吸をしましょう。息を大きく吸ったあと大きく吐いてみてください。

 もう一度同じようにやってみましょう。

 はい、もう大丈夫です。

 今あなたの頭の中に何が見えていますか? そうですね。見えていませんよね。

 でも安心してください。それで正常です。本当にそうですよ。本当です。本当です。

  じゃあ逆に聞くけど、あなたはどうやって脱出するの? もちろん私なら扉を壊したりしないで普通に出る方法を知ってますよ。

 教えてくださいお願いします。

 はい。いいでしょう。

 では私の言うとおりにしてください。

 まずは目を瞑りましょう。

 次に両手を前に出して指を組んでください。

 そしてそのままゆっくりと深呼吸をしましょう。息を大きく吸ったあと大きく吐いてみてください。

 もう一度同じようにやってみましょう。

 はい、もう大丈夫です。

 今あなたの頭の中に何が見えていますか? そうですね。見えていませんよね。

 でも安心してください。それで正常です。本当にそうですよ。本当です。本当です。本当なんですってば! 信じてくれないなんてひどいじゃないですか! ああ、失礼しました。ちょっと取り乱してしまいましたね。

 えっと、どこまで話したんでしたっけ? そうそう。頭が真っ白になるところでした。あぶないあぶない。気を取り直して続きを話します。ここからが一番重要な部分ですよ。しっかり理解しておいてくださいね。

 

 なぜならそれは競技者個人の能力ではなく競技全体による勝敗の問題になるからだけれどここで注意しておきたいことはこの世界自体がある種のシミュレーション空間でありかつその中で繰り広げられている行為はある種仮想的な遊戯に過ぎないという事実なのだからなぜならそれは競技者個人の能力ではなく競技全体による勝敗の問題になるからだけれどここで注意しておきたいことはこの世界自体がある種のシミュレーション空間でありかつその中で繰り広げられている行為はある種仮想的な遊戯に過ぎないという事実なのだからそもそも現実世界に何の関係もないし、仮に関係があるとしても現実がそうであるなら夢で見たものはそれとは異なるものだということだけはしっかりと頭に叩き込んでおかなくてはならない。たとえばオリンピックを例に挙げるまでもなくアスリートという生き物を目にすることがあればそいつらは基本的に自分のやっていることに関してだけはとても強い関心と愛情を持つ傾向があるようだということはわかるはずなのでそういった輩の邪魔をするなんて行為は極めて愚かしい愚行だということができるのだそうだそうですそうなんですわかっていただかないといけませんよね まぁいいけど……


ふらり


 今の質問でおわかりになりませんでしたか? それじゃあもう一度だけ説明します。今度はよく聞いておいてください。絶対忘れないようにメモをとった方がいいかもしれませんよ。特に記憶力に自信のない方は要注意。きっとすぐに忘れてしまいますから。さて、いきますね……

 はい?……あれ、どうかされましたか? 急に立ち止まっちゃったりなんかしちゃったりしちゃったりなんかしちゃったりなんかしたりして……まあいいか、進め。このまま進め! そういえば言い忘れてたことがあったんだけどいいかな? あーよかったまだいたんだね、良かったよー ん!

 何かあったの!?どうして震えてるわけ!!ねえ君もしかして僕のことを怖がっているのか?それは仕方がないことなのか?この恐怖は拭えないということだといいなおれにはわからないだってしょうがないだろこれは怖いことなのだどうにもできないことなのだわかってくれとも言わないが頼むだから気にするなって俺は別に何も考えていない考えてはいないただここに在るだけだ俺を見つめるものたちが勝手に意味をつけてくれるそのおかげで俺は存在し得るお前たちはそういう存在であり続けて欲しいなぜならそれが楽しいからだつまりおまえらが悪いと責任転嫁しておくことにするすまなかった申し訳なく思っており許してくれるとは思ってはないけれどごめんなさいありがとう以上おしごとちゅー終了(棒読み)……よし準備完了☆

 **:**:456

 :1413322774998999.jpg |д゚] <コワクナイヨ!!! 14153723655989867599

 

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