お酒とアイス

夏と言えばビールだろ。

夏と言えばアイスでしょ。


8月中旬、ギラギラとした太陽が今日も容赦ない暑さを地上まで届けている。とはいえ、クーラーの効いた家の中は快適だ。

テレビの中では高校球児たちが肌を真っ黒にして汗をかきながら白球を追いかけている。

カキィンとした金属音がしたあと、わあっとした歓声が上がり、ヒットを打ったときに流れるファンファーレが流れた。

画面が切り替わり、観客席のチアガールや応援団の姿が映る。


ほうっと思わず息が漏れる。


クーラーの効いた部屋。閉めきった窓の外からでも聞こえてくるセミの泣き声。テレビから流れてくる甲子園の音。

そして斜め前には、Tシャツに短パン姿の夏モードの彼。


「夏だなぁ」


床に敷いている座布団の上に座りながら、斜め前のソファーに座って、「あぁー」とか「おぉっ!」とか言いながら甲子園を見ている彼を見ていたら、なんだかしみじみと今が夏であることを実感して思わずそう呟いてしまった。


彼と恋人同士になって迎える初めての夏。

それは、いつもの夏のようで、いつもとは違う夏。

いつもひとりで見ていた景色に彼が加わった。

それだけで、今までとは違う色の夏になった。


「どうした、急に。もうとっくに夏になって1か月経つぞ」


ははっと目を細めて笑いながら彼は言う。


「いや、なんかこうやって甲子園見てると夏だなぁって思ってさ」


甲子園と見てるの間にあなたが入るのだけれど、恥ずかしくてそれは口にできない。


「そうだな、夏だよな……あ!!」


しみじみした顔をしたかと思えば、彼は急に大きな声を出してソファーから立ち上がった。


「な、なによ!急に大きな声出さないでよ!びっくりするじゃん」

「あ、ごめんごめん」


ごめんと言う人は、そんなに目をキラキラさせながら言わないと思いますけど。

彼が澄んだ川のような目をキラキラさせているときは、だいたいなにかいいことを思いついたときだ。


「夏、クーラー、甲子園といえば……」


子どものように目をキラキラさせている彼が何を言おうとしているか察しがついた。


「言いたいことが分かった。せーので言おう」


私はそう言って、彼にストップをかける。


「せーの」


ふたりの声が重なる。

そのあとに言う言葉もきっと声が重なるだろうと思ったが、一文字も重ならなかった。


「夏と言えばビール!!」

「夏と言えばアイス!!」


お互い顔を合わせてぱちぱちと瞬きを2回繰り返す。


「え?夏と言えばビールでしょ!」

「いやいや、夏と言えばアイスでしょ」


彼が求めていたのはビール。

私が求めているのはアイス。


私は引くつもりはない。

けれどそれは彼も一緒だったようで、しばし無言で見つめ合う時間が続いた。


「はい!!プレゼンさせて!」


彼は勢いよく挙手すると、私がいいよと言い終わる前にビールのよさについて饒舌に語りはじめた。


「ビールがいっちばんうまいのは夏なんだよ!暑い夏、キンキンに冷えたビールを喉に流し込む……。喉を通ったあとに感じるあの独特の麦の苦みとしゅわっとした爽快感!もうそれだけで普通は最高なんだよ!けどな、そこに甲子園とクーラーが重なると、ビールの美味しさは増すんだ!」


ごくり。

私の口の中がビールに傾いていく。


「……たしかにビールも美味しそうだけど」


「だろ!?」


「でも待って!!私にもプレゼンさせて!!」


「お。こいこい」


なんだその余裕の笑みは。

すぐにおまえの口の中をアイスに傾かせてやる。

そう思って、私は口を開いた。


「涼しい部屋でセミの声をBGMにアイスを食べれるのは今だけなの!!いい?その状況で食べるアイスにはね、安心感と開放感を得ることができるのよ!!

口に広がる甘さと冷たさが、暑い外から守られている安心感と、暑さから逃れることができた開放感、そしてなんとも言えない贅沢感を感じさせてくれる。

サウナに入ったあと水風呂に入るような効果がアイスにはあると私は思ってる。

さらにそこに甲子園が加わると、アイスを食べるときの幸せ感が加速するのよ!」


彼の舌がぺろっと唇を舐めたのを私は見逃さなかった。


「……たしかにアイスもうまそうだけど。食べたあとに冷えた身体で外に出るのもオツだし」


「でしょ!?」


私たちは、どちらからともなく吹き出して、笑いあった。


「じゃ、買いに行く?ビール」


私がそう言うと、彼はにんまりと笑って言った。


「アイスもな」


オレンジ色に染まりはじめている空の下、ふたりで手を繋いでコンビニへと向かった。

アスファルトにふたつの影が伸びる。

りりりりりり…………とひぐらしが鳴いた。


毎年ひぐらしの鳴き声を聞くと、どこか寂しい気持ちになっていたけど、今年は違う。


「明日は、ビールとアイスで甲子園観戦で決まりだな」


にっと笑う彼の顔が夕陽に照らされた。その姿があまりにも綺麗で、胸のあたりがきゅうっと締め付けられた。


きっと、来年も、私の心はひぐらしの泣き声を聞いても寂しくはならないだろう。


夏と言えばアイスだった私の夏に、彼の夏が混ざっていく。


「な、ビールとアイス混ぜてみる?」


キラキラした目で彼が問いかけてくる。


「ふふ、案外美味しいかもね」

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