終話 夢のきざはし
十八歳の
あたしは、お腹がせり出す頃になっても、きびきびした所作で、
「無理はしないでね?
と
「ええ、無理はしていません。
とあたしは答えた。
「だっ、大丈夫なのか、鎌売??」
と心配顔で訊かれたが、あたしが、かっ、と目を見開いて、
「だい、じょう、ぶっ!」
と告げれば、八十敷は、
「そ、そうかよ……? おまえがそう言うなら……。」
と、すごすごと引き下がるのである。
やせ我慢ではない。
なにせ……、八十敷の子である。
どうやって授かったか。
もう、すんごいのである。
「ああああ、もう、さゑさゑ……っ!※ あたし、さゑさゑ……っ!」
と叫ぶまで許してくれない八十敷は、激しく、濃く、愛を込めて、飽かず
そのなかで授かった
あたしには確信があった。
その年、安産で、
───翌年。
鎌売、十九歳。
八十敷は、
こんなに甘々の顔ができるのか、というほど、とろけた笑顔で、幸せそうに二人の
そして、夜、あたしの許しを得て、期待に輝く目で、いそいそと布団に潜り込んでくる。
普段、額をピシャリと叩かれてもニコニコしている二十一歳の
あたしは万歳をさせられ、され放題で身悶えし、言葉で虐められ、為す
「もう、さゑさゑ───!」
と言わされてしまう。
困ったことだ。
夜が待ち遠しい。
* * *
「良く来てくれたわね、兄上。」
あたしは、遊びに来てくれた兄、
柳の葉が優しく風に揺れる。
「あんにゃ。」
二歳になった娘が、てちてち、と歩きながら、
「わー!
と、
「わぁほーい! うも〜!」
日佐留売はきゃっ、きゃっ、と可愛らしい声をあげる。あたしは、
「日佐留売、ありがとうございます、は?」
下に降ろしてもらった日佐留売に言う。
「あがとます!」
日佐留売は、よいちょ、とお尻が下につきそうなほど、膝をかがめ、礼の姿勢の真似をした。
あたしの腕のなかにいる
「あぶぶぶ、あぶぶぶ!」
かまってほしい、とばかりに元気な声をあげる。
「お〜、
「うふふ、そうよ。八十敷の息子ですもの。逞しい武人になりますわ。」
「おうおう、期待していますよ、
「兄上こそ。その言葉、そっくりお返ししますよ。」
「あははっ、そう?」
倚子に座った兄は明るく笑う。
この兄、なんと
「妻二人を一緒の屋敷に住まわせるなんて、聞いたことがありません。
しかも、一人につき二人の
───だって、
オレが選べないって言ったら、選ぶ必要はない、二人ともまるごと愛してくださいませって言うんだ。
本当に仲良しで、姉妹で一緒の屋敷に暮らしているのが、幸せなんだってよ。
とは、既に聞かされたのろけ話だ。
「あはは! オレもびっくりだよ。二人の美貌の妻、可愛い子供たち。びっくりするくらい、毎日が幸せだ。……おまえも、そうだろ?」
力強くはいはいをして足元にきた
「おめでとう。三人目が、お腹にいるんだってな。」
「ありがとうございます、兄上。その通りです。
とても幸せですわ。」
そう、あたしのお腹には、今、三人目がいるのだ。
机のはじでは、可愛い
「あむ、あむ。」
と夢中でふかした
あたしは日佐留売の側に控える、日佐留売の
「喉につまらせぬよう、お飲みください。」
と日佐留売に促し、日佐留売の口のまわりを
日佐留売は、こっ、こっ、と水を飲む。
あたしは満足し、兄に視線を戻す。
「でも、まだまだ。あたしは望みます。
……
上手くいけば、あたしは
「……まことか!」
あたしは目をらんらんと輝かせ、頷く。
宇都売さまの
その
……ワガママ
「おまえ、生き生きした顔をしてるなあ。」
「あたしの、夢ですから。」
そう、あたしの夢の
あたしはどこまでも登ってみせる。
「
「わかったわ。」
(今日はお帰りが早い。)
瞬時に顔が緩み、あたしは小さく微笑んだ。
向かいに座る億野麻呂が、満足そうに笑い、ゆるやかに庭を見る。
「ちち〜!」
「うう〜!」
と
日佐留売と布多未、それぞれの
「帰ったぞ〜。オレの天女、
庭から、上機嫌な
───完───
* * *
※さゑさゑ──ざわざわする、の意。そこから転じて……意味は恥ずかしくて書けません。以上!
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