第四話 あり通ひ、絶好調。
「ふうーっ。」
先程、
もう秋で涼しい風の吹く午後だというのに、汗ばんでいた。
(おやおや……。)
このオレがここまで緊張するとはな。
三日前、
だからって、あんたが望めば、どんな
そう言われ、オレは驚いた。
だって、
鎌売の両親は間違い無く、石上部君との婚姻を喜ぶはずだ。
違うのか、鎌売には。
なぜ、こんなに反発するのだろう?
とにかく、慎重にいこう、と思った。
オレは、鎌売の愛が欲しいのだから。
手探りで、鎌売の思っている事を探っていくしかない。
オレはこれまで、妻も
オレにとって大切なことは、武芸を鍛え、仁徳を尊び、
日中は、
それでも早朝、己一人で武芸の型をさらう日課を、欠かしたことはない。
主からの
仲間からの信頼。
父上からの信任。
それらに相応しい
それこそが、重要なことだった。
妻は、将来、家が勝手に家柄の良い娘と縁談を組むだろう。それで良い、と思っていた。
あの火事の夜。
鎌売と出会うまでは。
これまで、鎌売を
なので、オレにとっては、火事の夜が、初めての出会いだ。
オレの頬をはたき、広瀬さまの頬をはたき、迷いなく燃え盛る建物に飛び込める女。
あんな事ができる
あの夜の鎌売の姿を思い出すと、まだ、身体が痺れるように感じる。
灰に煤けた顔。
きりりと眦の切れ上がった、意思の強い瞳。
とめどなく溢れる涙。
濡れた衣。
この
この
オレの妻は、この女以外、いない。
オレの
他の誰でもない。
あの日から、
鎌売を向いている。
多少、わがままでもかまわない。
多少、風変わりでも、それは問題ではない。
鎌売が欲しい。
鎌売が良いのだ。
綺麗な
不思議なものだ。
会った初日に、頬を二発はたかれ。
次に会った時には、真剣に
三度目に会った時は、とにかく毎日会いに来い、と、なかなかに難しい条件をだされた。
これからあり
いいとも。
全部呑んでやる。
そして、最後は、必ず、鎌売をこの
そうでなくば、本当に、このオレの
恋しさゆえに───。
* * *
鎌売が洗濯した大きな布を取り込んでいると、風もないのに、ふいに白い洗濯物がはためいた。
がばっと洗濯物の向こうから、
「かーまめっ。」
「うっ!」
にこにこ笑顔の八十敷が顔を出した。
「びっくりするでしょう!」
あたしは額をぴしゃりと叩いてやった。
「あて……。会いに来いって言ったのはそっち……。」
「驚かせろとは言っていません。仕事の邪魔です。」
「ちぇ……。」
八十敷はすねたように唇を突き出すが、すぐに、にこっと笑って、
「鎌売、顔が見れて良かった。また来る。たたら濃き日をや。」
とその場をあとにした。
「ふん……。」
あれから本当に、八十敷は毎日、あたしに会いに来た。
ある日は、
ある日は、炊屋のなかで。
ある日は、湯殿を出た直後。
「ちょっと……、
恥ずかしくなって叫んだが、
「だって、だってよぅ……。今日、会えなかったし……。随分探したのに、すれ違ったみたいなんだよ。」
と八十敷も、これまた恥ずかしそうに身体を小さくして言う。
鎌売はその必死さにぷっと笑って、
「わかったわ。これ以上怒りません。……明日は、もっと早く見つけられると良いわね?」
「ああ。見つける。」
と八十敷は明るく笑った。
八十敷のそばにいた若い衛士が思い悩んだ様子で、突然、声をかけてきた。
「
「やめろ。」
ぼかん、八十敷が若い衛士の頭を殴った。
「それ以上言うな。……鎌売、また明日、会いに来る。
八十敷は若い衛士の首に腕をかけ、ぎゅうぎゅうと締め上げながら、鎌売に笑いかけ、去っていった。
……わかってる。
八十敷だって、忙しい。
期限も決めず、会う場所も決めず、毎日会いに来いなんて、まわりから見たら、なんてワガママな事を言ってるのか、と映るだろう。
……でも、八十敷が、やるって言って、実際、毎日会いに来ているのだ。
ちょっとだけ、今日は、どこで見つかるのかしら、と思いながら、あたしは一人の部屋で朝を迎えるようになっていた。
そうやって、半月が過ぎた。
夜。
あたしは、広瀬さまの
* * *
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