おまえのことなんか愛してないんだからという旦那様(12歳)と私。
あかね
第1話 婚姻及び初夜について
「お、おまえなんか、愛してないから、こ、こんなことできないだからなっ!」
結婚式夜のいわゆる初夜というときに乗り込んで旦那様は真っ赤な顔で宣言して出ていきました。
「あらあらぁ」
夜の身支度途中に乱入してきたので、周囲には侍女がいました。そのうえ、おばあさま代わりという家政婦長も。
「まあ、坊ちゃまときたら。後でしかっておきますわ」
引きつった微笑という器用な表情に私は鷹揚に頷いた。元々、初夜などする気もなかった。白い婚姻という以前に。
「反抗期真っただ中のおこちゃまに期待しておりませんのよ」
いきなり5つも上の嫁を取れと言われて同情はしていますのよ。
……あら、本音が逆転していましたわ。
天を仰ぐ家政婦長には悪いことしてしまいましたね。
先ほどお前を愛してないと宣言したのは、昼に婚姻の儀式をした旦那様です。
当年12歳。なお、私は今年18になる予定の17歳。婚期ギリギリ辛うじて18前に嫁に行けと送り出された手前、そう簡単に離縁されては困るのです。
離縁されて困るのは、この嫁いだ先、ロン家でもなのですが。
政略結婚、というのはもうちょっと古いんじゃない? という風潮も出てきますが、無駄に血統が良いと逃れないものだったりします。
周辺国が共和制や議会制をとるなかまだ王政が残っているこの国の貴族の娘。しかも私の母が先代の王の妹ともなれば仕方ない気がします。現国王の従妹でもありますし、これ以上の血統となれば従姉の姫様方といった具合ですからね。
それだけでなく5大候の一人グラン候の末娘。国外に嫁ぐ可能性もある姫君たちとよりはまだ目があると狙われるのも言わずもがなでしょう。
この次、我が家から娘が婚活市場に出品されるのは十数年後くらいとなればなおさらです。変人の難あり姫と言われる私ですら争奪戦が発生。
ということらしいです。私は全部終わった後に、こいつ婚約者、と出されただけです。上の姉たちと同じような対応でしたね。
ただ、闘志あふれる姉たちは、はぁ!? と静かにブチ切れて、婚約相手に喧嘩を売ったり、駆け落ちしたり、婚約破棄したりとお騒がせをしておりました。
いやぁ、あれを見てるとそこまでのバイタリティを持ち合わせていない私は、はいそうですか、と大人しく受け取りたくなります。
その対応に意外そうな顔で父に見られたのが心外でしたけど。
おっかしいなぁと首を傾げられているのを見て確信を持つことに至りました。
あ、この人、怒らせる前提でやってやがった。と。
さすがにイラっとしたので、婚約の代わりの要望は容赦なくねじ込むことにしました。嫁入り道具は多いほうが見栄えがします。そうですね。荷馬車10台くらい要求しましょうか。
まあ、中身までの精査はされないでしょう。花嫁行列は長いほうが箔がつきますし。
それが15のころ、16の春には顔合わせをし、正式に婚姻時期などを決めていたのです。翌、17の春に婚約者が失踪しました。
今も消息不明、ということではないのですが外聞が悪く、公式には病死したことになっています。結婚する前に未亡人、いかず後家というやつですねと思っていたのです。もう結婚しなくていい?と。
しかし、そこは必死に獲得した嫁です。弟に引き継がされて、その弟が12歳。現在の旦那様です。
私としてもそれなりに友好的になろうとしていた相手が急にいなくなり、代わりに子供が出てきたら思うところはあります。
ですが、政略結婚ですので異を唱えるつもりはないのですが……。
初対面がよろしくありませんでした。
普段はものぐさで、髪は櫛通しすればよいだろう、服は見苦しくなければよかろう程度の認識で生きています。侯爵家のご令嬢がと嘆かれる段階は過ぎ去り、自由にやんなさいと生暖かい視線を向けられています。
しかし、そんな私でも婚約者との初対面です。それなりにするつもりはありました。髪を結ってドレスを着るくらいの。
私の気持ちを察して周囲が気合いが入りました。入りすぎたと言っても過言ではありません。
初対面の日の私は、旦那様の身長を超えていました。だから、その靴の踵の高さはやりすぎだといったのです。
旦那様に愕然としたような表情で見上げられたのを覚えています。少年のプライドというのは傷つきやすいものです。本にそう書いてありました。
顔を覆って、違うの、私大きくないのと言ったのもますますよくありませんでした。
反省してます。これ以後、周囲も弁えたのか常に用意されるのはぺたんこの靴でした。これがより一層、プライドを傷つけてしまったようで……。
その旦那様もいつか成長期が来ますと乳母の娘に励まされて、真っ赤になって逃げて言ったりしたのも目撃しました。
ああ、それは追い打ちと慄きましたね。ポジティブな人間怖すぎます。
幸いなことに婚姻の儀式をする頃には同じくらいの大きさになりました。成長期に無事入ったようでなによりです。大きくなりましたねと言うと顔をしかめて、親戚のおばさんかよと悪態をつかれました。
おばさん? お姉さんでしょうと笑顔で壁際まで追い詰めたら怯えられたのは、婚姻の儀式の直前でしたね。何か変な性癖に目覚めそうなくらいいい怯えっぷりで、うふふふ……。いえ、それは闇葬っておきましょう。
さて、今回の婚姻は逃亡されてはかなわないとアリも逃がさないような包囲網の中、略式で終わりました。新郎新婦と親族のみの参列。所用時間小一時間ほど。神父様のありがたいお話のほうが長いくらいで。
乙女があこがれる婚姻とは遠いものでした。こうなると結婚の意義というより、意地になっちゃってるという感じの何かですね……。
お披露目の会は日を改めてと簡単な昼食会後、解散となりました。私の姉たちも来ていたのですが、ご家庭の事情でサクッとご帰宅されています。
本来ならお泊りしていただきたいところなのですが、その夫が狭量で許さないということなのです。
なんというか、甥姪に懐かれるのですが、姉たちの夫たちにはなぜか敵視されていまして……。貴様がいなければこんな苦労はしなかっただの、悪魔とか、情がないとか言われています。
こんな人畜無害の娘に地位も名誉もある大人が言いがかりをつけるとは嘆かわしいと姉たちにチクっておきました。
あんたが人畜無害? といわれたのは気にしないのです。少なくとも、普通は本の虫で本に埋もれて生きていきたいのです。
現実的には難しいわけですが。
あなたの死因は本で圧死に違いないわ、と別の姉に言われたこともあります。本望です。
それはさておき、無事婚姻を終えて、昼食会及び親族のお見送りも終わり、夕方には諸々の後処理も済みました。婚姻当日は死ぬほど忙しいと言われていたことを考えれば拍子抜けするほど余裕があります。
そこから旦那様と二人で夕食を済ませました。その後、長いお風呂を超えて、寝る準備をしているところにやってきたのが旦那様でありまして。
まあ、政略結婚ですし、兄の代わりの結婚ともなれば、愛してないなんて言われてもおかしくないですし。
そもそも12歳に愛してると迫られるとか怖すぎですよ。
「坊ちゃんも奥様の前だけポンコツになるんです。
本当はもうちょっとちゃんとして大人してます」
「そうじゃなきゃ困ると思いますよ」
12歳で当主代行させられている、というのは不憫です。
元婚約者失踪、当主が気落ちして病気、領内が大荒れ。これじゃダメだと指導役が王家からやってきて、当主は強制病気療養、残っている12歳の息子に代行させているというのが現状だそうです。
これが今年に入ってからのこと。その事情は私には伏せられていました。ここにきて、初めて知ったわけです。つい一週間ほど前のことですね。
はい? という状況でしょう。そう言えば父が不穏なこと言ってたなぁと思い出したのですけどね。当主の妻になるから、がんばれよ、と。
次期ではなく? と問い返さなかったのが悔やまれます。
そして、今に至ってしまうわけですが。
……面倒なことになりましたね。
まあ、難しいことは一時棚上げです。私はただの貴族の娘です。そして、今は貴族の奥方です。お飾りでも仮でも別に構いません。
私が私であることを阻害されないのであれば、なんでも。
旦那様、どうしようと思わなくもないですが私にできることはありません。
「ふぁっ。もう、寝ますね。
おやすみなさい」
そう言って部屋から侍女たちに出て行ってもらってからが、私の夜の始まりです。
花嫁道具の本の山から一冊を選びます。気がついたら積読が増えましてね。家の床が抜けると言われていて泣く泣く別の倉庫を建てました。
ここにも建てる予定で、出来たら実家から持ってきます。花嫁道具もありますが、愛蔵本はまた別格です。
読み終わった本は貸本屋でも作って貸しだしましょうかね。私の本は私のものなので永劫私が所有権を主張するのです。
楽しそうな妄想でふへへと笑いながら寝落ちしていました。
あとでしょんぼりした旦那様がやってきて、謝罪しようと思っていたらしいですが、本に囲まれ幸せそうに寝ている私に、言いようのない何かを感じて帰ったらしいですよ。
翌日の侍女情報です。
「なんか、可愛いところあるじゃない」
知ってましたけど。
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