第29話:思い遣り
僕とサラは20日かけて大司祭領の村々を巡った。
教会の手先になっていた連中をぶちのめし、苦しめられていた人たちを解放した。
解放した人たちの中から代表を選び、彼らだけで村を営めるようにした。
彼らが奪われたモノを全て返す事はできなかった。
聖職者の連中が浪費した量が多過ぎて、1割程度しか返せなかった。
それでも、極限状態で生きてきた村人たちなら、次の収穫まで生きてくのには十分な量だった。
家畜は彼らが元から飼っていた子を探して返す事にした。
普通ならそんな事は不可能なのだが、サラの牧夫スキルは不可能を可能にした。
「みんな、元の飼い主の所に戻りなさい」
ただ、奪われた家畜全てを返してやる事はできなかった。
売られてしまった家畜や食べられてしまったか家畜が多かったのだ。
返せてやれたのは、最近奪われた家畜だけだった。
「ユウジ、飼い主がいない家畜がいるわ、どうしよう?」
教会の牧場から連れてきた家畜には、街道を封鎖して領外の村人から奪った子や、牧場で生まれた子がいたのだ。
親の持ち主が分かっているのなら、子供も親の持ち主に返せるのだが、代替わりの早い鶏や鴨だと、もう元の飼い主が分からない子もいたのだ。
「元の飼い主が分からない子は、教会にいる孤児の物にする。
僕が助けた子の中には、親が殺されてしまった子や、親に売られた子がいた。
そんな子たち、子供たちだけで食べて行けるように、残しておく」
飼い主がいない家畜を、村の人たちに分配しようとしていたサラに言った。
「そんな子が教会にいたのなら先に言ってよ!
教会に残して大丈夫なの、ヘルメースの庭に匿ってあげた方が良いんじゃない?」
「それは駄目だ、ヘルメースの庭に僕たち外の人間を入れてはいけない。
神の怒りに触れたら、助けようとした子を死なせてしまうかもしれない!」
「えええええ、大丈夫だよ、ヘルメース神はとても優しかったじゃない」
「確かにヘルメース神は僕たちには優しかった、それは間違いない。
だがその優しさが全ての人に与えられないのは、サラも知っているだろう?」
「ヘルメース神が殺せと言われたのは教会の聖職者たちだけだよ。
被害者の、それも子供たちなら匿っても大丈夫だよ」
「前にも言ったが、こんな世界、こんな教会領で暮らしていたら心がすさむ。
お金と穀物を分けている時に、同じ村の仲間を押しのけて、自分だけが少しでも多くもらおうとする奴が何人もいただろう?
僕が脅し睨めつけていても現れるんだ、何もしなければもっと多く出た。
教会にいる子供たちも心がすさんでいる」
「それはしかたがないよ、こんな世界、こんな教会領で生きてきたんだもん。
だから、少々汚い人間でも、ヘルメース神は許してくださるって!」
同じ世界にいて、同じ状況を見ていても、考えが同じにならない。
サラの優しく強い心は、常に罪深い人を受け入れ許そうとする。
僕とは正反対の性格で、少々うらやましく、眩しい存在だ。
その思いを優先して全部受け入れてあげたい気持ちもあるが、それで何かあったら、傷つくのは俺では無くサラなのだ。
「サラの気持ちはわかるが、駄目だ、子供たちを危険な目には会わせられない。
ヘルメース神を優しいと言うが、それはサラの願望なだけだ。
本当に優しいのなら、この世界がこんなになるまで放っていない」
「それはそうだけど、私たちは使徒に選ばれたのよ、大丈夫、少々のお願いは聞いてもらえるわよ」
「聞いてもらえるかもしれないが、聞いてもらえない可能性もある。
聞いてもらえなかった時、子供たちが殺されてしまうんだ。
子供たちは僕たちだけで助けよう、いいね、サラ」
「分かったわ、危険を避けたいと言われたら、これ以上は何も言えないわ。
でも、僕の前で子供たちが襲われるような事があったら、ユウジが何を言ってもヘルメース神の庭に逃がすわよ!」
「サラに覚悟があるのなら、それで良いよ。
子供たちの命を背負う覚悟があると言うのなら、もう何も言わないよ」
「ありがとう、大丈夫よ、僕も徐々に強くなっているよ」
確かに、サラは徐々に強くなっている。
最初は愚かな両親を傷つけないように自分を犠牲にするだけだったが、弟妹のために両親を切り捨てる強さを身に付けた。
愚かではあるが、とっさの時には命懸けでサラを助けようとする父親を、弟妹を助けるためなら見捨てるようになれたのだ。
助けようとした子供たちが、自分の判断間違いで殺される事になっても、耐えられる強さを身に付けるかもしれない。
ただ、自分勝手なのは分かっているが、そんな強さは身に付けて欲しくない。
サラにはいつまでも傷つきやすく優しい心を持っていて欲しいと思ってしまう。
身勝手だと分かっているが、どうしようもない願望がある。
「サラが強くなっているのは知っているよ。
分かったよ、もう何も言わない、サラの判断、決断を尊重する。
だから無理はしないでくれ、サラの苦しむ顔は見たくないんだ」
「ありがとう、大丈夫、後悔するような愚かな判断はしないわ」
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