第16話:救命と救助

 賭けに勝った僕は、直ぐに脳と髄膜の間にある出血を右手で盗んだ。

 盗んだ血をそのまま左手を通してお婆さんの右手首から返した。


 1度成功すれば自信がついて少しは大胆になれる。

 他人の命を背負うのは嫌だが、ここで逃げても一生重荷になる。

 同じ重いモノのなら、助けられる方を選ぶべきだ。


 僕に盗賊王スキルをくれたのがヘルメースだと信じる。

 ヘルメースの信徒だから医術にも応用が利くと信じ込む。

 破れている脳の血管に魔力をまとわりつかせて出血を止める、止められる! 


 勝った、ヘルメースのお陰なのか、他の神なのか、普通に誰でもできるのか?

 僕には分からないが、お婆さんの中に入れた僕の魔力で血管を治せた!

 これで大丈夫、お婆さんは大丈夫だ。


 お婆さんは、このまま寝かせてあげていた方が良いのだろうか?

 寝かせておいて、子供たちだけで逃げるように言った子たちを探しに行くか?


 いや、まて、腐れ外道がここにいた3人だけとは限らない。

 山の夏家にいるサラを攫いに、他の連中が行っているかもしれない。

 そうだ、元々の狙いはサラだったのだ、まず間違いなく他の連中がいる。


 今直ぐサラを助けに行きたいが、そんな事をしたらサラに蔑まれてしまう。

 小さく弱い子供や衰えて弱くなったお年寄りを優先しないと、人として認めてもらえなくなるかもしれない。


 できるだけ早くサラを助けに行くためにも、お婆さんと子供の安全を確保する。

 そのために最初にする事は!


「お婆さん、起きてください、お婆さん!」


 申し訳ないが、お婆さんには起きて働いてもらう。

 大切な愛する孫たちを助ける為だ、お婆さんも分かってくれる。


「うっ、うう、あ、ここは?」


「教会の手先は殺しました。

 今からお孫さんたちを助けに行きますから、この子を見てやってください」


 気がついたばかりのお婆さんには悪いが、一分一秒を争うからしかたがない。

 お婆さんに子供を押し付けて冬家の外に出た。

 暗い場所から急に明るい場所に出たので目が眩むが、無視!


 ざっと周囲を見回して、子供たちがいないか確認する。

 逃げろと強めに言ったが、相手は子供だ。

 1人で逃げるのが怖くて、冬家の周りに隠れているかもしれない。


 うれしいような悲しいような、僕の言った通りに逃げたようだ。

 更に残念な事に、見える範囲に馬はいない、いたら捕まえて駆けさせられたのに。


 しかたがないから自分の脚で走る。

 僕の言う通りにしていてくれていたら、子供たちは街道の方に逃げている。

 山の上にいる両親の方に逃げていたら、また腐れ外道に捕らわれてしまう。


 街道の方に逃げていてくれと願いながら全力で走る。

 目に魔力を流して、普段でも良く見える目を、更に良く見えるようにする。

 いた、逃げた馬がいた、4頭かたまっている!


 溜めに溜めた魔力を身体に流して早く強く走れるようにする。

 赤血球の量を増やして、酸素などをたくさん運べるようにする。

 筋肉を動かすのに必要な物をできるだけ早くたくさん運ぶ!


 成長ホルモンもたくさん流して、筋肉の量も増やしてしまう。

 身長も伸ばして、歩幅が大きくなるようにする。

 身体に蓄えてあった材料を惜しみなく使って少しでも早く強く走れるようにする!


 僕に気付いた馬たちが逃げようとするが、絶対に逃がさない。

 素早く手綱を取って馬に飛び乗る、残る3頭の馬も絶対に逃がさない!

 脚と左手で乗っている馬を操り、右手で3頭の手綱を確保する。


 一瞬の早業と誇る気はない、必要だからやっただけの事だ。

 そのまま街道に向かって馬を駆歩で走らせ、少しでも早く子供たちを確保する!


 腐れ外道3人は直ぐに殺せたが、お婆さんを助けるのに時間がかかってしまった。

 その間に子供たちがどこまで逃げているかだが……


 本当に街道に向かったのか、山の夏家に向かっていないよな?

 確率は低いと思うが、街道にも夏家にも向かわず、どこかに隠れているのか?

 子供の脚でここまで来られたのだろうか?


 いた、強化した視力が2人の子供を捕らえた。

 間違いなくサラの弟と妹だ、確保できればお婆さんに預けてサラを助けに行ける!


「お~い、もう大丈夫だ、腐れ外道は叩きのめした、家に帰っても大丈夫だぞ!」


 必要なかったかもしれないが、大声で叫んだ。

 わずかな時間だが、ここまま呼び止めずに追いかけるよりも、声をかけて止まってくれた方が、1分でも2分でも早くサラを助けに行ける。


「あ、お兄ちゃん!」

「うっわぁ~ん、えぇ~ん、おとうさん、おかあさん、うっわぁ~ん」


 サラのすぐ下の弟は気丈に振舞おうとしている。

 必死で涙を止めようとしている姿がいじらしい。

 3番目、サラの妹は大声で泣きじゃくっている。


「もう大丈夫だぞ、何も心配いらない、冬家にお婆さんと弟が待っている」


「ほんとう?!」

「うっわぁ~ん、えぇ~ん、おとうさん、おかあさん、うっわぁ~ん」


 僕は声をかけながら馬から飛び降りた。

 両手に手綱を持ちながら飛び降りるのはなかなか難しいが、ここで馬に逃げ出されて、もう1度集めるのは時間の無駄だ。


「弟君は馬に乗れたか?」


「うん、5歳から乗っているよ、駆歩で走らせていたよ……」


 大切な馬を持って行かれたのを思い出したのだろう。

 物凄く悲しそうな表情を浮かべる。


「サラの所にも、あいつらの仲間が行っているかもしれない。

 助けに行きたいから、2人を冬家に連れて行く」


「え、あいつら、サラ姉ちゃんの所にも行っているの?!

 僕たちは大丈夫だから、お兄ちゃんはサラお姉ちゃんの所に行って!」

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