月猫恐怖譚

月猫

第1話 深夜の学校

 こんな時間に学校に来てほしいなんて、あいつは何を考えてるんだ?


 気持ちとは裏腹に自転車を漕ぐ足は軽快だ。

 好きな男子から呼び出されたとあれば、そりゃあアレを期待してしまう。あぁもう、さっきからニヤニヤが止まらない。呼び出された時間が、深夜11時っていうのが引っ掛かるけれど……


 校門前、懐中電灯を片手に大都ひろとは待っていた。私を!


 自転車から降りて、シャンプーしたばかりの髪をかき上げる。

 この匂いで私の虜になれ! なんて思いながら、大都をキッと睨む。そして、怒っていないけれど怒った口調で言う。


「大都、こんな時間に呼び出して何の用? 私、もう眠いんだけど!」


 本当は嬉しくてたまらないけれど、そんな顔をしちゃいけない。それが、高校生の恋の駆け引きというものだ。


「悪い悪い。教室に忘れ物しちゃってさ、一人じゃ取りに行けなくて……」

「——えっ? ちょっと待って。用事ってそれ?」

「あぁ。学校に近い奴っていったら、お前しか浮かばなくて……悪いな」


 ウソでしょ? 学校の近くに住んでいたから、呼び出されただけなの?


「今から教室に行くのは無理だよ。玄関の鍵かかってるでしょ」

「それがさ、親父から黙って拝借してきた……」


 あっ、大都の父さんって、ここの教頭だったわ。

 マジか、鍵あるのかぁ。


「俺さ、明日の朝イチの新幹線で東京まで行くんだ。オーディション受けに。親父に内緒でさ。さっき、荷物をまとめていたら履歴書を机に入れたままだって思い出して。こんなことに突き合わせて本当にごめん。埋め合わせはする! 一緒に取りに行ってくれ‼」


 イケメンの大都に頼まれて、断る女がどこにいるのよ! 

 ふっ、これはチャンスよ。ここで、大都に恩を売っておけば、私はアイドルになった大都の彼女になれるかもしれない。いや彼女になれなくても、大切な友だちぐらいにはなれるかも――


「わかった」

 素っ気なくそう答えた。


「ありがとう!!!」

 そう言って、大都は私をギュっとハグしてくれた。


 えっ? 

 嘘のような展開。

 マジ、鼻血出そう。

 くらくらする。

 ヤバい、ヤバい。

 心臓飛び出す!


 こうして、暗い校舎の中を歩く私と大都。

 大都が、私の手を握ってくれている。

 あぁ、ここは天国?

 暗がりの中、時どき何か動いた気もするけれど恐怖より恋のドキドキが止まらない。


 二年一組。

 教室の扉を開ける。

 懐中電灯に照らされた大都の机の上は、なぜか祭壇のように飾られていた。


「……えつ?」


 驚く私に、大都は囁く。

「ごめん。俺の夢を叶えるためには、生贄が必要なんだ」


             完


     



 

 

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