第69話 退院
「凜君、退院おめでとう。」
「おめでとうございます。凜君が居なくなると少し困っちゃうかな…。でも、元気になって本当に良かったね。」
「有難うございます。色々お世話になりました。」
今日、僕は退院する。こっちの世界に来て初めて、病院以外の場所を見ることができる。迎えに来ていくれているのは、父さんだ。僕がレミだってことを知っている唯一の人物。
「凛、行くぞ。車は駐車場に止めているから着いておいで。」
「うん。さようなら。色々お世話になりました。検査でまた来るので、その時は、病棟に寄っても良いですか?」
「私たちは、そうしてもらえると嬉しいわ。凜君が検査で来る日はチェックしておくわね。」
「はい。それじゃあ、また。失礼します。」
僕は、父さんと一緒に駐車場に向かった。初めて見るこの世界。車って言うのは凄い魔道具なんだろうな。父さんの後について行くと馬車でも荷車でもない黒い車輪を付けた物がたくさん並んでいる所に着いた。
「レミ、これが我が家の車だ。まあ、なんてことはない普通の乗用車だけど、レミの世界にはなかったんじゃないか?」
「こんなのなかった。馬車はあったよ。それは、荷物を運ぶための物で、基本的に歩くことが主な移動手段だったからさ。僕みたいに体が弱くて歩けない者やとっても長距離を移動する時に使うくらいだったんだよ。」
「そうなんだな。車は、馬車みたいなものだ。安心して乗って良いぞ。あっ、レミは、こっちな。シートベルトはこうやってつけるんだ。覚えたか?」
父さんは、しーとべるとって言うので僕を固定すると、僕が持っていた荷物を僕の後ろの席に置いてドアを閉め、反対側に回ってきた。
「さあ、出発するぞ。今から家に帰る。母さんが退院のお祝いのご馳走を作ってくれるって言ってたから楽しみにしておけ。」
「う、うん。出発ってこれって自分で動くことができるの?」
「父さんが運転しないと動かないけど、動力はあるぞ。エンジンって言うので車輪を回転させて動くんだ。こんな風にな。」
そう言うと車はうなり声のような小さな音を出して動き出した。
「駐車場を出るまではスピードが出せないからな。」
「もう、すごいスピードで走っていると思うよ。普通の人でもこんなスピードで走れないんじゃないかな。」
「そうだな。普通の人が一生懸命走っても平均時速36kmも出したら凄いスピードってことになるからな。でも、今は人が一生懸命走るよりゆっくり走っているぞ」
そんな話をしながら父さんが運転する車は、駐車場の中を進んでいった。父さんが魔道具のようなものに何かを入れると車の前をふさいでいる棒がスーッと上に上がっていった。
「さあ、家まで40分位だ。母さんたちが待っているから寄り道しないで帰るぞ。」
凄いスピードですれ違う車や信じられないくらい高い建物。せんろの上を走っている巨大な乗り物。電車という物なのだそうだ。外の世界には、見たことがない物がたくさんあって家に着くまでの40分なんていつの間にか過ぎてしまった。
我が家は、とっても大きなビルだった。あまりの大きさに驚いていると、我が家はその内の一つの部屋なのだそうだ。こんな家を集合住宅とかマンションって言うのだって教えてもらった。
家に着くと母さんと蘭が出迎えてくれた。
「お帰り。」
「お兄たんオカリなさい。」
「ただ今。」
「何、ボーッとしてるの。上がって荷物を置いてきて。部屋忘れたんじゃないわよね。」
「あのさ。母さん…。」
「まあ、待て。まずは、荷物を片付けてからだ。部屋まで持って行ってやるから。さあ、行くぞ。」
父さんが、話に割り込んできて僕は、そのまま部屋に行った。
「父さん。僕が凜じゃなくてレミだってこと母さんに話さないと…。絶対わかっちゃうよ。その時変な言い訳するより、初めに話していた方が良いと思うよ。」
「そうだと思うが、玄関先で話すことではないな。ゆっくり落ち着いて話さないと、それに、凜の方が先に向こうで活動し始めたようだからな。今もきっと元気に生きてるさ。レミが元気なのはその証拠だと思うぞ。」
「僕もそう思いたいけどさ…。向こうの世界に戻りたいのかどうかは自信がないんだ。何故か、こっちの世界にいた方が良い気がして…。もしかしたら僕がそんな風に思っているから凜が戻ってこれないのかもしれない。そう考えたら、怖くて…。それで、早いうちに母さんにも知らせておいた方が良いかなって思うんだ。そしてさ。母さんに、こっちにいても良いって言ってもらえたら、どれだけ気が楽になるかって思うと…。」
「母さんはそう言うさ。どれだけでもこっちにいて良いって。もしも、あっちに行くことができるようになっても必ずこっちに帰って来いって。そりゃあ、凜も同じだよ。同時にこちらにいることはできないのかもしれないけど、レミも私たちの子になったんだ。これからも同じだよ。心配しなくてもいい。」
「本当。本当にこっちにいても良いの?」
「別の可能性もあるだろう。もしかしたらだけど、凜が向こうでなくなっているって言う。レミがいるから凜は生きていられるんだっていう可能性も0じゃない。そうだったら、レミが向こうに行ってしまったら、二人とも失ってしまうことになる。それは悲しすぎる。折角元気になって我が家に戻ってきたんだ。15歳まで病気に負けなかったら自然に良くなるんだろう。そうなら、元気に育って欲しい。レミ、君が凜の代わりに。こっちの世界では凛としてしか生きられないけど、僕は、僕たちは君をレミとしても生きてもらう。二人分幸せになってもらわないといけないと思うんだ。それからね。実は、母さんにはレミのこと話しているんだ。君には初めて治療して帰って来た日、深刻な顔で凜じゃないかもしれないなんて言ってきたからさ。」
「それで、母さん、僕がこっちの世界にいても良いって言ってくれたの?」
「玄関で分からなかったかい?」
「前あった時と同じだった。温かい笑顔で迎えてくれた。」
「レミとしちゃあ少し複雑かもしれないけど、レミでも凛でも私たちの子どもであることには変わりないのだから。安心しなさい。」
「こっちの世界にいて良いんだね。」
「勿論だとも。さあ、リビングに行こう。母さんたちが待っているよ。」
「ありがとう。ちょっと待って。嬉しくて。ずっと心配だったから。涙が止まらないんだ。変だな…。どうして、こんなに嬉しいんだろう。」
父さんが優しく僕抱きしめてくれた。僕は父さんの胸の中でしばらくの間泣いていた。
「あっ、そうだ。明後日から二泊三日で温泉旅行に行くぞ。明日は、昼から学校に挨拶に行く。来週から登校しますってな。教室も知らないだろう。担任の先生も。だから、一度挨拶に行くことにしたんだ。」
「…。うん。分かった。」
「さあ、リビングに行くか。母さんがココアを入れてくれるって言ってたぞ。今晩は、ご馳走だから、御飯の前に魔力を出しておかないとな。お腹一杯ご飯が食べられなくなるからな。」
「うん。魔力を出しておかないとね。御馳走だから。」
僕たちがリビングに戻ると母さんは台所で何か作っていた。
「落ち着いた?凛?家の中だけでもレミって呼んであげた方が良いかしら?」
「えっ?」
「レミは凜だけどレミでしょう。凜が帰って来た時ややこしくならないようにするにはどっちが良いのかしら。外じゃレミって呼ばれることは無いと思うけど、せめて家の中だけでもレミって呼びましょうか?」
「うん。じゃあ、レミでお願いします。僕が僕ていて良いって言われてるみたいでそっちの方が嬉しいかも。」
「分かったわ。じゃあ、レミ、ココア飲む?それとも冷たい麦茶が良い?」
「じゃあ、ココアをお願い。」
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