第66話 アナライズの使い方

 調査2日目、僕たちは下水道の清掃作業と燃料作りだ。依頼料は金貨10枚で清掃依頼としては高額だ。しかも、その時に手に入る汚泥は燃料の素材として使用できる。僕たちにとっては、信じられないほど好条件なんだけど、他の冒険者にとっては、信じられないくらい劣悪条件の依頼に見えるようだ。下水道の清掃なんて公共事業として予算を組まれるような大事だ。冒険者のパーティーが一つや二つで引き受けられるような依頼ではない。そう見えるらしい。


「お前ら、大変な依頼を次々に良く受けるな。まあ、殆どが見習い冒険者のパーティーなんだから仕方がないと言えば仕方ないのだろうけど、とにかく、コツコツと頑張るんだぞ。」


 先輩冒険者が心配して声をかけてくれるが、そんな時は、頑張りますとだけ返事をしている。ロジャーたちのダンジョン調査は極秘で進められているから、見かけ上は僕たちが受けている依頼は、下水道の清掃だけということになる。


 町の外の依頼を受けない冒険者は、殆どが見習い冒険者だ。初級冒険者のランク無しのパーティーも偶に町の中の依頼を受けているけど、以前の僕たちのようにそう大きなお金にはならない。もしも、街中にダンジョンが発見されれば、そのような事情は一変することになる。


 ロジャーが言っていた領主次第ということなのかもしれない。


 みんな一緒に下水処理場に行って、僕とフロルとリンジー、それにダンジョン調査組が中に入る。リニとサラは外で待機だ。


 中ほどまでの汚泥は殆ど除去できた。でも、奥に行けば行くほどにおいがきつい汚泥が壁や天井に貼りついている。魔物の戦いが行われていた場所だからだ。下に溜まった汚泥はフロルが担当して天井や壁に貼りついている汚泥を僕が収納する。一度で収納できる汚泥の量が少なくなってきたから、あちこちに動きながら収納を繰り返さないといけない。全て取り終えていたつもりでも、変なところにたくさんへばりついていたり、物陰に隠れて取り忘れていたりするから余計手間がかかる。


「フロル、この辺りの汚泥は大体収納し終わったみたいだね。」


「凛、こっちの天井にへばりついているのがあるんだ。量は少ないけど目立つ場所だから取ってくれ。」


「分かった。」


 こんな感じで、少しずつ収納を進めていった。午前中いっぱいかかって穴2つ分がやっとだ。進んだ距離は30m程。残りはまだ200m近くある。


「進まないな。」


「うん。こんなにあちらこちらに飛び散ってへばりついているんじゃ収納に時間がかかりすぎるんだよね。」


「なあ、いっそのこと、洗浄のスクロールを使ってダンジョンの中に流し込まないか?流れ込んだ汚泥は、全部吸収されちまうんだろう?」


「間に合いそうになかったらそれも考えの中に入れて良いかもしれないね。少なくとも、こちら側はきれいになるし、ダンジョンの中に流れ込んだ汚泥なんかもそのうちダンジョンに吸収されるだろうからね。」


「だろう。良い考えだと思うんだけどな。そうすれば、俺も清掃作業に参加できるようになるからさ。」


「リンジーも汚泥運びやりたいの?」


「そういう訳じゃないけどな。護衛って言っても魔物がダンジョンから出てくる気配はないし、少し退屈なんだよ。でも、護衛が必要なのは分かっているぞ。今の所、出てくる気配がないだけで、出てこない訳じゃないのは分かっているからな。」


「でもさ。リンジーが言ったみたいに大きな塊だけを先に収納して、壁や天井にへばりついている小さな汚泥は洗い流した方が早いかもしれないな。先に大きな塊だけを取ってしまおうぜ。」


「それもそうだね。じゃあ、午後からは、大きな塊を先に収納してしまおう。」


 外に出ると、一つ目の穴の汚泥の乾燥が終わってリニが燃料作りを始めていた。


「なかなか出てこなかったですわ。サラはすることがなくなってしまったのですわ。」


「ごめん。汚泥が飛び散っているから集めるのに時間がかかったんだ。午後からは、やり方を少し変えてみるよ。」


「お願いするのですわ。サラの名前でサインしているのですから失敗は許されないのですわ。」


「おっ。おう。分かってる。サラの名前のサインじゃなくても失敗したくないからな。」


 そんな話をしながら、午後の一回目の運び出しは、サラが乾燥を終わる前にできた。午前中の最後に2杯の穴を一杯にしていたから、午後の1回目の運び出しで更に1杯半の穴に汚泥を汲み入れ、駆け足で下水道に戻って行った。


 午後は、大きな塊を中心に汚泥を収納して行ったから、100m近く進むことができた。溜めた汚泥も午前と合わせて穴8杯分だ。後1日もあれば、汚泥の収納は終了することができるだろう。


「さあ、乾燥と燃料づくり頑張るぞ。フロル、今までにできた燃料をギルドの倉庫に運んで伝票を貰って来てくれる?」


「了解だ。凜も燃料づくりをしながら一緒に行かないか?」


「錬金しながら歩くと注意散漫になって危ないんだよね。じゃあ、ちょっとだけ待っていてくれる?収納できるだけの分を錬金してみるからさ。」


 僕は一穴半分位の魔石炭もどきを収納して薪型燃料に錬金した。かかった時間は、40分位かな…。もう少し魔力的には余裕がある。


「できたよ。倉庫まで一緒に行こう。」


「もう少し待って欲しいですわ。サラも一緒に行きたいのですわ。」


「どうして?まあ、サラが乾燥を担当していた穴は乾燥が終わるみたいだけど、リンジーが乾燥させているのを手伝ったら?」


「サラは、市場でジュースとおやつを買いたいのですわ。みんなもお腹空いたでしょう。魔力を沢山使うとお腹がすくのですわ。」


「そうだね。でも、ここって臭いきつくない?」


「サラたちが帰ってくるまでにリンジーが乾燥を終わらせていれば臭いはしなくなるのですわ。リンジー、美味しくおやつを食べたいのなら、死ぬ気で乾燥を終わらせておくのです。良いですわね。」


「えっ?俺だけ?」


「勿論ですわ。リンジーだけ今日一日殆ど魔力を使用していないのですから。使わないと強くなれないのですわ。だから、頑張るのです。」


「分かった。頑張るよ。任せておけ。俺は、リチエリジュースな。蜂蜜も入れてもらってくれ。」


「俺も同じものを頼む。クッキーも忘れず買って来てくれよ。まあ、凜が作った物でも良いけどな。」


「新作のクッキーがあったら買ってくね。なかったら僕が作るよ。沢山食べたい人もいるみたいだから。」


「終わりましたわ。行きましょう。」


 僕、フロル、サラの3人でギルド倉庫に向かう。リンジーとリニは、作業の続きだ。何か、少しだけ余裕ができてきたように感じる。やっぱり休憩は大切だ。


 ギルドの倉庫で持って来た燃料を出して査定してもらう。12036束だ。僕たちの数えた数とぴったり同じだった。いつもの値段で伝票を書いてもらってそのまま市場に向かった。


「まず、新作のお菓子を探すのですわ。ジュースはいつもの店にあるはずですが、休みじゃないかを確認しておく必要がありますわ。」


 サラは、そう言うとお店の確認とお菓子探しを始めた。僕たちも新作お菓子をがしてみる。この町で一番賑わっている市場だけど、甘味はそう多くない。それでも、果物などの収穫物が多い秋だからいつもよりも多いということだ。


「フロル、あれはどうだ。」


「果物がたくさん乗っていて美味しそうだぞ。」


 僕とフロルが見つけたのはフルーツタルトみたいなお菓子だ。


 材料は、何種類かのフルーツと小麦やバター砂糖かな…。値段を確認しないといけない。味もだ。


「まず1個買ってみよう。」


「おばさん。そのお菓子いくら?」


「ああ、フルーツタルトかい。これは、王都で最近話題になっているお菓子で1個銅貨2枚だよ。でも、値段の分の価値はあると思うよ。家の人が王都で修行していた時に教えてもらったものなんだよ。」


「じゃあ、フルーツタルト3個頂戴。ここに乗っているフルーツって市場で売ってるの?」


「ああ、向こうの果物屋で売ってるんじゃないかと思うよ。どうしてだい?まさかこれを作ろうってのかい?無理無理、すごく難しいお菓子だし、調味料もたくさん必要だからね。」


「へぇ。そうなんだ。調味料って何を使っているの?」


「本当に作る気なのかい?まあ、無理だと思うけど教えてあげるわ。砂糖っていう白い調味料に風味付けの薬草。それに蜂蜜も使っているって言ってたわ。あっ、まさかどこかの職人から聞いてくるように言われたわけじゃないわよね。」


「違うよ。僕もできるとは思わないけど、あんまりおいしそうだから、どうやって作るのか気になっただけだよ。でも、教えてくれてありがとう。」


「フロル、サラを探してきてくれる?もしも、果物屋さんを見つけたらこれに乗っかっている果物も買っておいて。僕は、砂糖と薬草を探してみるね。」


 買ったばかりのフルーツタルトをアナライズして術式構成をやってみた。一応できたけど、同じ果物はないわけだから、上手くいくかどうか分からない。


 市場の中をウロウロして何とか香りづけの薬草や砂糖、蜂蜜を手に入れた。小麦粉は前回買ったものがまだ残っている。その他ミルクプラントの汁も必要みたいだった。


「サラを見つけたぞ。果物も探して買ってきた。これでどうだ?」


 フロルは大量の果物をストレージの中に入れていた。何人分のフルーツタルトを作るつもりなんだ…。


 市場の中にあるイスに座ってフルーツタルトを食べてみた。少し酸っぱい果物が甘いクリームとサクサクとした生地にとってもあっている。美味しい。作れなかったら、みんなの分買って行こう。


「美味しいですわ。これいくらだったの?」


「一つ銅貨2枚だぞ。」


「やっぱり高いな。凛、これ作れると思う?」


「材料は買ってきたから、作ってみるけど、どうかな…。」


「念のために、このタルトをもう一個買って来てくれないか?」


「どうして?」


「食べる前にやっておけばよかったんだけど、フルーツを外してアナライズしてみようと思ってさ。」


「クリームと生地の所だけの錬金術式を作るってことね。」


「そう。そして、クリームだけの錬金術式も作って、生地を作った後からフルーツとクリームを乗っけてみようって思うんだ。そうしたらうまくいかないかな。まあ、フルーツ乗っけた形のタルトが出来たら一番いいんだけどね。」


 やっぱり、フルーツを外した錬金術式しかうまくいかなかった。何となくアナライズの使い方が分かってきた気がする。そして、フルーツとクリームを後から乗せたタルトは、買ってきたタルト以上に贅沢で美味しい物になった。サラもフロルも遠慮なしにクリームと果物を乗せるから少し不格好になったけどね。












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