月が墜ちても終わらない話

 月が落ちる頃、やがて朝は来る。

 しかしこの楽園では朝が来ても星は落ちないのだと、目が覚めたシュネルは思う。

 目覚めても、ここでは星が歓迎するかのように瞬いている。


「おはよう、シュネルちゃん」

「おはようございます、ユーリヤ様。……昨晩はお休みになられましたか?」


 シュネルの言葉を聞くや、ユーリヤは少し苦笑した。

 ユーリヤは相変わらず嘘をつくのが苦手な人だ、とシュネルは思ったことだろう。

 この苦笑は困った時に出される苦笑だ、少なくとも、昨日も星詠とユグドラシル相手にそうだった。

 ひらひらり。なんだか魔力の蝶もせわしない。


「嘘が下手だなぁ、ユーリヤは! コイツずっとここにいたくせにな!」

「……星詠様……」


 ケラケラと昨晩のように星詠は笑い、ユーリヤは息をつく。

 そんな様子の星詠の言葉に、シュネルはふと一瞬の引っかかりを持った。


「……あれ、ずっといらっしゃったこと知ってるのなら、星詠様もずっとここに?」

「ああ、そうさ。私だけじゃなく貪欲くん……ユグドラシルくんとオルスくんもね!」

「……寝なくていい身体だからな、俺達は」


 星詠の声をややうるさそうにするユグドラシルと、シュネルに軽く手を振るオルレウス。

 そして、休んでもないだろうにそれを平気としているシュネル以外の四人。

 大丈夫だろうか……とシュネルは心配をするが、それもなんのその。


 今日も箱庭にて賑やかなひとときが始まろうとしていた。


「シュネルちゃん、お腹空いたよね?今ご飯作ってあげるから」

「でも、ユーリヤ様はお休みになられてないんでしょう?」


 シュネルの言葉も軽く受け流すようにユーリヤはシュネルに、朝ごはんは何がいいかと聞いてくる。

 その言葉を、無下には出来ないのでシュネルは素直にベーコンエッグをリクエストしたのである。


 かちゃかちゃ。じゅわ。


 やがてそんな音達が奏でることだろう。ふんわりと肉が焼けた匂いも香ってくる。

 それにくぅ、と腹を空かせていたらいつの間にか目の前にいた星詠にくつくつとからかわれもしたようで。

 やがて、それほど経たないうちにシュネルがリクエストしたベーコンエッグがシュネルの元へと運ばれてくる。


「……あれ、これ私達もかい?」


 星詠はベーコンエッグを目の前に言う。隣にいるユグドラシルも同じ言葉を言いたそうな顔だ。

 星詠とユグドラシルの様子に、少し呆れさせながらもユーリヤはこう答えるだろう。


「……二人とも。シュネルちゃんと一緒に生活するなら少しは合わせてくださいよ」


 なんの話だろう、とシュネルは思ったこと。

 ベーコンエッグの気分じゃなかったかな……とシュネルが思うと、近くの席にいたオルレウスが「シュネルは気にしなくていい」なんて耳打ちをしたのだ。

 きっと大人の事情があるのだな、だなんて考えながらシュネルは三人を見る。

 実際には大人の事情と言えるほどの事情ではないのだが。


「……ま、そうだよね~。我らが姫騎士ちゃんの為ならしょうがないよね~」


 機嫌の良さそうな表情で星詠はシュネルを昨日のあだ名で呼ぶ。

 その間、シュネルは与えられたベーコンエッグをもそ……と食べながら三人を眺めていた。

 仲が良いんだな、この三人はとシュネルはぼんやりと考えていた。

 一方のオルレウスは奔放な星詠とユグドラシルには胃を痛くしているわけなのだが……これはシュネルには内緒の話だ。


「まーまー、この卵料理を食べながらでも昨日わかったことでも話そうじゃないか!」

「ベーコンエッグですって……」


 星詠は各々に向き合う。オルレウスはもう既に食べ終わったようで、シュネルはもうすぐで食べ終わりそうだけれど。

 はぁ、と息を漏らしユグドラシルもベーコンエッグにかぶりつく。

 まだふんわりと、ベーコンエッグの美味しい香りをさせながら、星詠はまるでお伽話のようにでも語るであろう。


「そうだな~、まず此処に私達以外の奴がいる! 背丈からして女の子だったかな? ここよりもっと北に行ったところにいたんだけどさ」

「……そいつが俺達を此処に連れ出した奴だって可能性もあるわけだ」

「ビンゴ!」


 ユグドラシルの言葉に星詠はひとつウィンクをしてみせた。

 シュネルやユーリヤを楽園へと連れ出したかもしれない人物。

 それは、どんな人物であろうか、優しい人物であるといいのだが……と少なくとも三人は思ったことだろう。

 幻想は、たゆたう花弁のように咲かせてはかき消された。


「よし、卵料理も食べたことだし、準備出来たらその子のとこに行ってみるとしますか!」


 その言葉から、いくつか時が刻まれた頃。

 星詠の言う人物がいるであろう方角へと進む一行。道のりは見守るかのように優しかった。

 ひらひら、ひらり。魔力の蝶がどことなく騒がしい気がする。


「確かここら辺にいたはずなんだよね~。どこかな~」

「お前の見間違いだってことは」

「いーや! それはないね!」


 ひらひら、ひらり。

 魔力の蝶が星詠とユグドラシルを過り、その先へと舞う。

 まるで引き寄せられているかのように、舞う。

 その先には、ひとつの影があった。

 魔力の蝶は影に呼応するかのようにひらりと回る。


「……来たかい。『楔の星』たち」


 影は、言った。

 影がゆるりと振り向くと、金の目と視線が交わった。

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