月よりも秘密の多い人

 星々に応えるかのように瞬く花々。

 そこにユーリヤ達に手を振る影が、一つ。

 その影はユーリヤにとってはよく知る者だった。


「星詠様!」


 ユーリヤが名を言う。星詠、と呼ばれた影はユーリヤの声ににこやかに笑う。

 ひらひら、ひらり。ユーリヤの蝶が彼の周りにも舞う。


「ユーリヤじゃん。お前もここに来てたんだ?」

「はい、星詠様はここが何処かは」

「いいや、知らないね。貪欲くんとオルスくんも知らないってさ」


 二人は言葉を交わす。一方のシュネルは見知らぬ人にきょとん、とさせた。

 シュネルの様子に星詠と呼ばれた青年はあれ、と声をあげた。

 金の長い髪に黄昏を思わせるような赤と紫の瞳。

 黄昏を細めては星詠はじぃっとシュネルをおもしろおかしそうに見つめる。


「……キミ、もしかしてシュネルちゃん?」


 その言葉にシュネルは目を丸くさせた。まさか知っていようとは、と。

 頷くと同時に星詠はアハハ、と声に出して笑った。


「やっぱり。ユーリヤから聞いてるよ、いっつも心配だーだのなんだの言っててさ」

「ほ、星詠様……!」


 楽しげな星詠と恥ずかしげなユーリヤ。それにシュネルはあはは……と苦笑い。

 ケタケタ笑ながらそうそう、とシュネルに向かって星詠は言う。


「姫騎士ちゃんはあっちの二人とは初対面だっけ」


 姫騎士、とはシュネルのことだろう。あだ名を訂正することなくシュネルは視線を向ける。

 星詠の後ろにも、シュネルにとって見知らぬ影が二つ、あった。

 一つは夜のような黒く長い髪に青と緑の瞳、もう一つはユーリヤと同じような銀の髪に金の瞳をしていた。

 黒い髪の青年はどこか不機嫌そうで、銀の髪の青年は左目があるであろう場所に、薔薇があった。


 星詠が言葉を言う前に、黒い髪の青年が口を開いた。


「……アルフォズル。ユーリヤからは聞いている」

「あれ、ユグドラシル、とは名乗らないんだ? 貪欲くん」


 アルフォズル、と青年は名乗った。それだけ言うとふいと視線を逸らしてしまったようで。

 それにユグドラシル、と言う名を星詠が出すと、シュネルは一瞬困惑する。

 一体何故アルフォズルと名乗ったのであろうか……そちらで名乗るのなら、そっちで呼んだ方がいいのだろうか、とか。

 そして何人の人相手に自分の話をしたのだろう……とユーリヤに向けて思いながらも今度は銀の髪の青年に視線を向ける。

 こちらも、アルフォズルと名乗った青年と同じく無愛想に見える。

 しかしそんな予想に反するかのように青年はシュネルに向かい微笑んだ。


「オルレウス・オヴィリビオン。オルスでもオルレウスでも、好きなように」


 オルレウスの方は優しそうだ、とシュネルは思い。

 笑みに笑みを返し、行儀良くシュネルは二人に向かってお辞儀をした。

 シュネルに釣られてオルスもお辞儀をしたのをユーリヤと星詠は微笑ましそうになんかもして。

 そこから、ユグドラシルは咳払いして言葉を投げかける。


「……それで、本題なんだが。ユーリヤも知らないのか、この場所は」

「そう、ですね。私も知らない場所で……」


 ユーリヤの言葉を聞くや否やユグドラシルは深く息をつき。

 それから、ちらりとシュネルに視線を回したが、これもまた逸らしてしまった。

 何かしてしまっただろうか、と思う前に星詠が気にすることないよ、とシュネルに耳打ちをする。

 きっとそういう人なのだろう、とシュネルは思うことにした。


「星が綺麗なところだよね。仮にこの場所を星の箱庭と名付けようじゃないか! 洒落てて良いだろう?」


 声高々と星詠がその言葉を言う。それに、ユグドラシルは好きにしろ、だなんて言って。

 こんな時でも星は瞬き、花は呼応するかのように揺れる。

 ユーリヤもオルレウスも異論はない。

 というよりも星詠にどんな言葉を言っても聞かないだろうといった様子であった。

 一人と二人の様子を見て、シュネルも星詠の言葉にうなずいた。


「そうそう。本題はそれじゃなかったんだ。キミ達に朗報だぜ? なんとここは、寝泊まり出来るところがある」

「……俺は別にそんなところなくてもいいんだがな」

「貪欲くんってばツれないな~」


 ニヤリとする星詠の言葉をユグドラシルは一蹴する。

 それはシュネルにとっては朗報であった。なにせよシュネルは野宿なぞしたことがなかったからだ。

 シュネルは、言うなればお嬢様だ。それも世間知らずの。

 だからこそ、日頃からユーリヤが心配していたわけなのだが。

 ユーリヤもさぞかしその言葉を聞いて安堵したことであろう。

 初めてのお泊り。そんな場合ではないのだろうがシュネルはその言葉が過った。


 それはなんだかそわそわするようで、同時に胸が高鳴る。

 なんだか大人の階段を上ったかのような少女心をときめかせた。

 そんなシュネルの様子はいざ知らず。ユーリヤとオルレウスはシュネルのことを心配していたよう。

 

「シュネルちゃん、大丈夫かな?もし部屋が分かれてなかったら私達は外で寝るから」


 頷くオルレウスをよそにえ、とシュネルは声をあげ、そして言う。


「それだとユーリヤ様たちが……私だったら大丈夫ですので!」


 先程のユグドラシルのように、ユーリヤはそうじゃないんだけどな……と深く息をついたそう。

 オルレウスもそこはかとなく苦い表情で、星詠は変わらず笑みを浮かべていて。

 星詠がオルレウスに面白い子だね、なんて耳打ちしたのはユーリヤには内緒の話。


「よし!それじゃあ四名様ご案内といこうじゃないか!」


 あるべきであろう場所に歩む星詠。それに四人はついていくことにしたよう。

 少し不安もあるけれど、ユーリヤもいるしこの人達ならきっと大丈夫。

 シュネルの浮ついた、警戒心のない心がそう思った。


 一方ユーリヤは、星詠がシュネルに良からぬことを吹きかけないか。

 ユグドラシルがシュネルに対し冷たくしてシュネルが落ち込まないか、などと心配事は尽きなかったそう。

 ひらひら、ひらり。歩む足音と共に蝶が舞う。


 星の花々も遠ざかる頃。シュネル達にあるものが目に入る。

 

「あ、見えただろう? あそこがそうさ!」


 星詠の指さす方向には、建物。それも屋敷と言えるほどの広さの建物だ。

 屋敷のすぐそばにも、先程と同じ花が咲いているのが見える。

 外見はそれほど真新しくなく、されども古びた様子もない。


「やー、中に入ったんだけれどね、これが中々良くってさ。キミ達も気に入るだろうさ!」


 なんてケタケタ笑って星詠はドアに手をかけ、開ける。

 きい、と音を立てて開かれた先には、四人で使うには余るくらいの広さの部屋だった。


「……うん、この広さなら大丈夫かな。ちゃんと寝室もあるみたいだし」

「だろう? 普通に暮らせるよね、これは」


 ひらり、蝶が先に入ってからユーリヤが一歩入ってみる。

 ユーリヤの言葉に星詠はさぞかし得意げにした。

 シュネルも入るときょろきょろとしだし、心を躍らせる。

 正直な話、シュネルは家族のことは何も心配してはいなかった。むしろ――


「シュネルちゃん?」


 いつの間にかユーリヤの顔がそこにあり、シュネルはユーリヤの言葉に意識を戻される。

 なんでもないです、なんて言ってはシュネルはぶんぶんと顔を振る。


「……はい! せっかくのお泊り、楽しんでいきます!」


 聞くや否や、星詠は笑いが溢れだし、腹を抱えた。ユグドラシルは更に眉をひそめた。

 楽しむものでもないんだけれどな、とは思うものの、変に悲観的よりはいいか、なんてユーリヤは思いつつ。

 浮足立って室内をうきうきと見て回るシュネルを、四人はしばらく見守って。

 それからして、一番大きい部屋に五人は集まり、部屋の真ん中に座っていた。

 シュネルは小さく、ユグドラシルはどっしりと。他の三人は至って普通で、座っている。


「えー、私ちゃんと自己紹介してなかったよね。私は星詠。なんてことない占星術師のお兄さんさ!」

「せんせいじゅつし……?」

「言うなれば、占い師!」

「え! 占い師さんなんですか!? すごいです!」


 星詠の言葉にぱあっと表情を明るくさせるシュネルと、何か言いたげな様子の三人。

 星詠の、正体は知ってるのだがまあ黙っておこう……と三人は目線を合わせる。

 なにせいつものシュネルの様子、ユーリヤの話を知っている者としては星詠の正体はシュネルには黙らずを得ないからで。

 気が向いた時にでも占ってあげようか、なんて星詠は三人の様子なぞ知らずにシュネルに言ってしまう。

 シュネルもこくこくと疑わずに頷くものなのだから、これには流石にユグドラシルも心配になった。


「はい、是非お願いいたしますね!」


 笑顔と、苦しい表情。

 楽しげな星詠とシュネルをよそに、ずっと三人はなにか言いたげな様子を続けていたよう。

 それから、いくつかの時間が経った頃であろうか。


「シュネル。そろそろ休んだ方がいいのではないか」


 オルレウスが言う。その言葉にユーリヤもその方がいい、と賛同し。

 時間はあいにくわからない。

 それに加え外はいつも満天の星空。変わらない景色に不思議な感覚に蝕れるのも無理はなかった。

 言われて初めて、身体に疲れが出ているのに気付き、苦笑の笑みを浮かべるシュネル。


「そうですね、そろそろお休みしますね」

「じゃあ、シュネルちゃんの寝室はわかるよね? さっき言ったところだからね」

「はい、おやすみなさい!」


 入った時とは元気のない足取りで、シュネルは自分の部屋へと向かっていった。

 シュネルの姿が見えなくなると、ユーリヤは深く息をつく。


「……星詠様もユグドラシル様も、くれぐれもシュネルちゃんの悪影響のないように」


 その言葉を飲むかどうかは、二人の気分次第ではあったが。

 そして当のシュネルはいうと、もう既にベッドでぐっすりと眠りに落ちていた。

 希望と不安と、心配を抱え物語が今始まろうとしている。

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