第14話


 僕の姿が見えるのは、どうしてか、和希だけで。

 こうして1日中張りついても、葉佑が僕の姿に気づくことはなかった。

 見えたなら、今すぐにでも和希の居場所を指し示すのに。

 ただ見守るしかできないことを、こんなにも歯がゆく感じたことはない。


 自転車をこぐ彼の姿はあまりにも危なっかしすぎて、周囲を伺うあまりにふらつく車体に、肝を冷やされた。

 彼が向かう先は、僕たちの最後の思い出の場所で。葉佑が母に問いただして聞いた、河川敷だった。

 和希を見つけて、葉佑は自転車を放り出す。


「こんなとこで何してんの…」

「別に。お前には関係ない」

「そうかもだけど…だとしてもだよ! 俺には和希に聞きたいことがたくさん」

「信じないだろ!何を言っても!」


 葉佑の言葉を待たずして、和希は声を荒げた。


「俺は財布なんて盗んでない! 兄さんを殺してなんかない!」

「殺したなんて思ってない!」

「だとしても、財布は盗んだっておもってるんだろ!」

「思ってない! 和希はそんなやつじゃないだろ!」

「お前が、俺の何を知ってるって言うんだ」


 和希は空を仰いで、溢れるように言葉を紡いだ。


「和希が話してくれないんだろ…」


 和希につられて、葉佑も語気を和らげた。


「俺は」


 そう言って言葉を区切った和希が作った沈黙を、葉佑はただじっと待っていた。


「兄さんが、拾えって言うんだ。落とし物を。それで、届けろって。人に親切にしろって、言うんだよ」

「親切…?」

「なのに、なんで」

「和希? 大丈夫?」


 和希の耳にはいつの日からか、気遣う言葉も優しい問いかけも、届かないようになっていた。


「兄さんはいつだって、僕と一緒にいたのに」

「今だって、一緒にいるんじゃないの……?」


 葉佑を睨む和希に、違うよと言うこともできない。


「信じてないくせに」


 いっそう卑屈になって、いっそう孤独になっていく和希の姿を、ただ見ているのは辛かったんだ。


「信じるよ! じゃなきゃ、分からないことばかりだ!」

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